13:伝えたいこと
薄暗い闇の中で自らの呼吸する音だけが静に響く。
昼間のうちに掃除された洞窟の中、しかし現在この場所にはエルセ以外誰もいない。
否、人間は誰もいない、というべきか。
エルセのすぐそばには、エルセに寄り添うように大型の犬が座り込んでいて、今のエルセはその犬の体温によって、夏だというのに感じる寒気をどうにか和らげている状態だった。
別に好きでそうしているわけではない。
夜になり、食事をとるところまではかろうじてできたものの、そこで限界を迎えて力尽きたところをこの場に寝かされる羽目になったのだ。
(――ッ、ぅ、ぅぅ……)
心臓が鼓動を打つたび、頭の中と負傷した右腕がそれぞれの形で痛みを放つ。
頭の方は内側から殴られているかのような。
右腕については熱を伴い、傷口を割いて飛び出そうとするかのような。
自身の胸の鼓動なのに己を追い詰めるかのように、規則的な痛みがエルセの中で繰り返し、身動きすら取れないほど疲弊した体でどうにか熱を帯びた呼吸を繰り返す。
(なん、で……。昼間は、少し、治ってたのに……)
薄暗い洞窟の中で世界が回る。
自分は設けられた寝床に横たわっているはずなのに、狂った感覚はまるで床が実は天井で、エルセの体が狂った重力の中で天地逆転して磔られているかのように錯覚させてくる。
重力の感覚がおかしくなって、自分の体が真上に落ちていかないのが不思議で仕方ない。
自分の体が今寝かされているのか、磔られているのか、あるいは逆さにつるされているのかがまるで分らなくなり、頭の中と腕の内側から響く痛みばかりが確かな存在感を主張して、不快と苦痛だけがエルセの感じる世界を見る見るうちに食いつぶして埋めていって――。
「――ぁえ……?」
ふと至近距離で、先ほどまでなかった新しい気配を感じて我に返った。
「――ああ、悪い。起こしたか」
「…………戻って、たの」
「まあな。やっぱり夜になると熱が上がりゅな……」
いつの間にか洞窟内のエルセのそばまで戻ってきて、額にその小さな手を伸ばしたり、何やら腕の近くを触るなどしているトーリヤの姿に、エルセは働きの鈍い頭でようやく目の前にある現実を認識し始める。
今自分が、用意された寝床に確かに横たわっていることを。
熱を帯びて、重くて動かない自身の体、その感覚を。
そして何より、そばで手を握ったトーリヤが、何らかの魔法を使用したのを。
「――そ、れ」
「おう。薬とかないから、その代わりに体の中の調整をな」
軽い口調で言われるその言葉に、ようやくエルセは昨晩もトーリヤに、何やら同じようなことをされていたことを思い出す。
あの時も、今と同じかそれ以上に意識がおぼろげでろくに覚えていなかったが、どうやら昼間調子が良かったのはこのトーリヤが何らかの手段でエルセの体調を回復させていたかららしい。
「無理に動かそうとするなよ……。それができるような体調じゃないだろ」
「放って、置いて――」
無理に手を振り払おうとするエルセに対して、トーリヤはその手をつかんだまま離さず、結局何も変わらないまま魔法による治療が継続される。
逆に言えば、今のエルセは肉体年齢四歳の女児でしかないトーリヤの手すら振り払えない状態ということだ。
それが心情的なものにせよ体力的なものにせよ、今のエルセは自分の半分の年齢の子供の手すら振り払えぬほどにまで弱っている。
「どうして、そうまで他人の助けを嫌がるんだ?」
「なに、よ……」
「いや、話を聞けるなら聞いておきたいと思ってさ」
「――別、に……。ただ『借り』を作りたくないだけよ」
実のところ、聞いたトーリヤも答えが聞ければ儲けもの程度の考えで問いかけていたのだが、そんなことなどつゆ知らず、エルセはしぶしぶ『借りたら返さないといけないから』と、そう言葉を告げる。
そう、これはいわば借りを返すための行為だ。
今まさに治療を受けている身の上で、ここに来るまで借りを作り続けてしまった今のエルセは、後々のことを考えるならなるべく早い段階で、その借りを少しでも返しておく必要がある。
それだけの理由で、エルセは半ばもうろうとした頭で、投げかけられた問いに答えを返す。
自身が他人に借りを作らないと誓ったきっかけを、右腕に怪我を負った、その時に起きたことの顛末を。
エルセの両親が事故と病で死んだあと、彼女を引き取ったのは父親の兄にあたる叔父の男だった。
理由は単純、叔父が世話していた畑の広さに対して働き手が不足して、幼いエルセ程度でも最低限の労働力になるならば必要としていたからである。
この世界において、児童労働など忌避されるどころか、むしろ必要不可欠といっていい当たり前の価値観だ。
そもそも識字率すら低いこの世界において、子供は一定の年齢を超えれば立派な労働力であり、わざわざ教育のために時間を使わせるくらいならば日々を生きる糧を生むために仕事をさせるべしという価値観が多数派のものとして息づいている。
エルセの叔父もその実例に漏れぬ人物で、エルセの両親が病で亡くなった後、自身の畑が人手不足に陥っていたことも相まって、すでに最低限の仕事が可能な歳となっていたエルセを労働力として引き取った。
『親父の代わりに借りを返せ』と、そう言って。
とはいえ、その話自体はエルセにとって、なにも悪いばかりのものだったわけではない。
叔父の畑は、もともとエルセにとっての祖父に当たる世代が開墾した畑で、祖父の妻やその妹、叔父夫婦や末の弟だったというエルセの父を含めた兄弟など、多い時には八人ほどの一家で切り盛りしていたような面積だった。
ところが、エルセの父など一部の兄弟が家を出たり、祖父の世代の三人が相次いで死亡した結果、畑を世話できる働き手の人数が激減、叔父夫婦にはエルセより二つ年上の息子がいたものの、エルセが引き取られる直前に娘が生まれてしまった結果働き手が三人で赤子の面倒まで見なければならない事態となってしまい、働き手の確保は叔父にとって半ば死活問題だったのである。
そんな環境だったこともあり、引き取られたエルセの家庭内での扱いもそこまで悪いものというわけではなかった。
仕事こそ多かったものの貴重な労働力であるエルセは無碍に扱われるようなこともなく。
生きるのは大変になったものの耐え難いというほどではなく、ただ肉親の情によるつながりはないまま、ただ利害の一致しただけの関係が続いていった。
だがそんな関係性と生活も、つい二週間前に唐突に破綻することとなる。
人間の勢力がまだそれほどの発展を見せていないこの世界において、その生活圏内に人間以外の生き物が踏み入ってくるという事態はさほど珍しくもない。
一応村落に危険な獣が近づけばそれを退治する役割の人間が駆り出されることもあるが、実際にはそうした獣と遭遇した村人が自分でそれに対処しなければならない事態もザラだ。
この時エルセが直面したのもまさにそうした事態で――、けれど実際に遭遇したのは厳密な意味ではエルセ自身ではなかった。
その日、畑で雑草を狩るいつもの作業をしていたエルセは、その日珍しく聞きなれた相手の聞きなれない悲鳴を聞いた。
声の主は叔父の息子でエルセよりも二つ年上の従兄弟にあたる少年で、けれど声そのものは何かに恐怖したような悲鳴。
何事かと思って振り向けば、まだ十歳の少年である彼を後ろから野犬のような生き物が追っていて、そしてそんな両者が今まさにエルセのいるその場所へと迫っているところだった。
すぐさま危険を察して、慌ててエルセ自身も野犬から逃げるべく走り出す。
野犬とはいっても、その体躯はどう考えてもエルセはおろか従兄弟よりも大柄で、子供でしかないエルセ達では二人がかりでもまともにやっては勝てないことは明らかだ。
ゆえに、この時のエルセに取れる選択など大人に助けを求めるか、あるいは家屋に逃げ込んでやり過ごすくらいしかなかったわけだが、一つ重要だったのは、エルセの従兄弟である少年にはもう一つ別の選択肢があったという点だ。
「――カリを返せよ――」
そもそもにおいて、従兄弟の少年がわざわざエルセのいる方に向かって逃げてきていた時点で気づくべきだったのかもしれない。
なんにせよ、結果としてエルセの元まで追いついてきた少年は前を逃げるエルセの襟首をつかんで自身の後ろへと放り出し、去り際にそんな父親をまねたようなセリフを残して自分一人だけ逃げていった。
その判断は実に合理的で、そして合理を外したエルセがそのあとに迎えた結末は、ある意味ではどこまでも必然的なものだった。
追いすがる野犬にぶつけられるように投げ出され、置き去りにされたエルセがその後一人で逃げられるわけもなく。
右腕にかみつかれて重傷を負い、食いつかれる激痛と恐怖の中で、それでも左手に握ったままだった草刈用のナイフを死に物狂いで振り回して、結果エルセは重傷を負いながらも、大人たちが駆け付けるまでの間に野犬の目へとそのナイフを突き立て、かろうじてその場を生き残ることには成功していた。
生き残って、けれど結局のところそこまでがエルセにできた限界だった。
大人たちが駆け付けた後、エルセが垣間見たのは息子の無事を喜び、咎めることもなく抱きしめる叔父たちの姿と、右腕を負傷し、雑な手当だけをされて発熱し、寝込み苦しむエルセに対して向けられるどこまでも冷徹な計算に満ちた視線。
果たしてエルセの怪我は治って元通り働けるようになるのか、なるとしたらそれまでにかかる時間は、働けるようになるまでにどの程度手をかけねばならないのか、医者に見せるならその費用は。
骨の髄まで理解させられた。
他の人間はどうだか知らないが、少なくとも自分には都合よく助けてくれる誰かなどこの世のどこにもいないのだと。
かくしてエルセは、村で起きた事件のあと渡りに船とばかりに差し出され、生贄の名目で海に流される三人目の子供となった。
これで親の代からの貸しはチャラにしてやると、恩着せがましく船に乗るエルセに告げた叔父のその言葉につくづく痛感させられた。
叔父の言う貸し借りというものがどういうものだったのか、その自身と相手に与える作用、意志に働きかける力の、そのほどを。
「--なるほどな。要すりゅにお前は命の危機の中で、ある種の真理を見たわけか」
「しん、り……?」
意識をもうろうとさせたまま、それでも吐き出すように語り終えたエルセの話に、トーリヤは内心を押し殺し、あえて難しい言葉を使ってそう語りかける。
「そう、お前という人間が実際に経験して見出したこの世の真実。この先生きていくにあたって考え方の軸になりゅ強烈な教訓。そんな感じのもの。
今回の場合は、『自分が困っているときに都合よく誰かが助けてくれるとは限らない』、あとは『貸し借りの効能』とか、そんなとこりょか」
客観的に見て、エルセの陥っている精神状態はお世辞にも良好とは言えないものだ。
命に係わる重篤な負傷を抱えたまま生き延びねばならないという切迫感と、そうなるに至った経緯によって背負い込んでしまった人間不信。
利害によるつながりしかなかった相手からその尺度によって切り捨てられ、恩着せがましい物言いと共に命に係わる巨大な負担を押し付けられてしまったことで、彼女は他人から差し伸べられる手を将来の搾取のための準備、あるいはその際にその行いを正当化するための言い訳づくりとしか受け止められなくなってしまった。
それゆえに、エルセ自身、客観的に見れば独力どうにもならない危機的状況に陥りながら、その経験故に他人の助けを拒絶せざるを得ない袋小路に陥ってしまっている。
このままではこの少女は、遠からず他人の助けを拒絶したまま、一人傷の悪化で死に至る。
そしてこの問題の厄介なところは、彼女が到達してしまったその『真理』が、この世の中において決して間違っているとばかりも言い切れないところだ。
人間が危機に際して他人を見捨て、犠牲にすることは、残念ながら往々にしてありうることだ。
複数の人間を天秤にかけて近い身内の方を選ぶことも、他人に恩を着せることで思い通りの行動をとらせようとすることも、いざ相手に損を押し付ける際に、かつての貸しをおのれを納得させる言い訳に使うことも、人間という生き物、それが形成する社会の中では往々にして起こりうる。
加えてもう一つ。
仮に彼女の真理を他人が否定したところで、彼女にとってその真理は自身が過去に経験した、確固とした根拠のある真実なのだ。
彼女の中には、今の解答を導き出すだけの計算式がきちんと在って、その答えが望ましくないからと言って別の答えを押し付けたところで、押し付けられた彼女自身は到底納得などできようはずがない。
かといって、前提となる計算式の方を否定したとしても、それは回答後に問題文の方を書き換えて、すでに出された答えにバツをつけるようなただの理不尽だ。
どちらにせよ、他人がとやかく言ったところで当人がそれを受け入れられるわけがない。
もしも彼女に変節を促せるとすれば、それは――。
「――けどそれなりゃ、昼間お前がシルファを助けてたのも、なんか計算があってのものだったのか?」
「――シル、ファ……?」
「ほら、水路で洗いものしてた時。あいつが落っこちかけた時に手を貸してたのは、あれは何か打算があってのものだったのか?」
「――そんなの、は……。――おいおい、考える……」
「――まあ、そうだりょうな。
ついでだ、俺がお前たちを助けた理由、あるいは動機についても話しておこうか。
俺がお前を助けたのは親心、というよりも大人としての甲斐性みたいなものを意識したかりゃだ」
「かい、しょう……?」
「俺はいい大人なんだから、お前りゃみたいな子供を助けりゅべきだと考えた……。
前世から引きずった価値観――。
――いや、違うな。実際のところ俺は、お前らを助けりゅことで俺はこんなになっても大人なんだって思いたかったんだよ」
「……?」
話していてふと思いついたその言葉に、エルセは意味が解らないと首をひねりながらも、どこか興味を惹かれた様子を見せる。
先ほどから話していて思っていたが、どうにもこの少女、年齢に似合わず人間の心理や哲学的な思考に一定の関心があるらしい。
先ほど彼女が話していた真理も、今にして思えば人間の行動原理について、彼女なりに考えての結論だった。
だからだろうか。トーリヤの方も下手に虚勢を張って隠そうとせず、正直に己の胸の内を晒しておくことにする。
「だって見てくれよ、今の俺なんて、どんだけ大人ぶったって肉体年齢的にはお前りゃより年下の四歳の女児なんだぜ?
背とかはまだまだ小さいし足も遅けりゃ力も無い。こうして話していても時々発音に舌が追い付いてないことがある」
自分ではキチンと発音しているはずなのに、時々舌足らずになってしまう自身の言葉を自嘲して、トーリヤはせめて態度くらいはと虚勢を張って肩をすくめる。
他にも子供の体故の弊害など上げ始めたらきりがない。むしろ最近はようやく慣れてきたくらいで、詳細こそ語らないが赤ん坊のころなどそれこそ尊厳を砕かれる経験のオンパレードだった。
「前世の俺の姿は分身の形で何度か見せたと思うけど、ああいういい年まで生きた大人の男だった俺がさ、今は性別も違う子供になってりゅって思うと、こう――、なんつうかくるものがあるんだよ。
アイデンティティ……、自分はこういう人間だっていう認識が揺らぐ……、って言っても伝わりゃないか――。
本当の俺はこんな子供じゃなかったのにって、自分で自分がどんな人間だったかあいまいになって、不安になるっていうか、そんな感覚が常にどっかにありゅ……」
それはこの世界に転生してから今日にいたるまで、確かにトーリヤの中で幾度となくよぎっていた感覚だった。
深刻な人格障害のようなものを引き起こしているというわけではない、現状何らかの実害があるわけでもない、けれどトーリヤの中で確かに存在し続けている一つの憂慮。
違和感、齟齬、あるいはそれ以外の、なんと形容していいのかもわからないどうしようもない不安感。
「今にして思えばお前りゃを助けときも、俺が思い描く大人らしい行動をとりたかったのかもしれない。
なにせ、今の俺に大人らしい部分、それを証明できるものがありゅとしたら、自分の行動くらいしかないわけだから……。
特に俺の場合、下手に普通の子供を装おうとして失敗したばっかりだかりゃ、なおさらその反動みたいなものがあったのかも――」
もっとも、前世のトーリヤは子供を持っていたことも無ければ命懸けで誰かを助けるような劇的な経験もなかったため、よくよく考えればその行動はトーリヤらしいとは言えないものだったわけだが、それでもトーリヤが考える大人としての理想的な行動だったことは確かだ。
少なくともトーリヤ自身、己のその行動と選択にさほど後悔もしていない。
むしろ何も知らないまま今生の両親と死に別れてしまったことに比べれば、三人の子らを助けられたこの状況はまだしも『良かった』と思えているくらいだ。
「――とまあ、話が脱線したが、人が人を助ける理由なんて実のとこりょその時々で結構まちまちだ。
そもそも考えてる余裕なんてなくてとっさにってパターンもあれば、俺みたいに個人的な事情による場合もありゅ。
それこそ、お前を助けたレイフトなんて、結構純粋にお前を心配してたみたいだしな」
「――あ、れは……。悪かったと、思ってるわよ……」
「だったら次の機会にもきちんと謝っとけ。あっちの怪我はもう治ってるかりゃ、理由も話して謝れば多分許してくれるだろ」
どうやら怪我をさせてしまったことを内心後ろめたく思っていたらしいエルセに対し、トーリヤは軽い口調で、けれどやったことの清算はしておくようきっちりと釘を刺しておく。
そして同時に、多少なりとも張りつめていた態度が軟化していることにひそかに安堵する。
やはりというべきかこの少女、心身ともに追い詰められて余裕がなかっただけで、決して分かり合えない狂犬という訳ではないらしい。
「確かにお前は、そのけがを負った時に一つの、この世の真理を見たんだりょう。けど前世を含めてそれなりに長く生きてる俺に言わせれば、お前の真理は正しいが、その手の真理は別に一つだけじゃないんだ。
世の中にはお前が見出した真理とはまた別に、それと真っ向から対立するような真理がそれこそ山ほどに存在してりゅ」
貸し借りの感覚を、相手に要求をのませる手段に使うというのは善かれ悪しかれ割とよくある手法だろう。
自身の窮地に必ず誰かが助けに来てくれると信じるのは、この世界では生存率を下げかねない危険な思い込みには違いない。
無論、そうした教訓に固執して他人の助けを拒んだ挙句死んでしまうようでは元も子もないが、それでも彼女の経験に基づく真理、その根底にある考え方は決して間違っているとはいえないものなのだ。
故に今、トーリヤがやるべきことはエルセの見出した真理の否定ではなく、それとは異なる別の真理を追加で提示することだ。
この世の中は一つや二つの真理に至ったくらいですべてを説明できるほど単純にはできていないのだと。世を言い表す真理には常に例外が存在し、相反する矛盾した理屈が同時存在することすらザラなのだと、長く生きたトーリヤが知っていて、幼いエルセが知らないことを大人として教え、示して見せる。
故にトーリヤはエルセの見てきたものを否定しない。
否定せず、けれどそれだけではないのだとその事例と共に教え伝える。
元あった計算式を否定するのではなく、新しい数値を示して、新しい計算で別の数値を導き出させる。
それこそが、エルセに変節を促すためにトーリヤが出した結論だった。
「あとはそうだな……。どうしてもただ助けられるのが不安なら、きちんと体を治して、気が向いたらでいいから俺がこれからやることに協力してくれ」
そうして、どこか落ち着いた雰囲気を取り戻したエルセに対してトーリヤはそう申し出る。
「なにを、させるの――」
「ああ――。まだ確認の必要はあるが、これから俺は――」
拭いきれぬ疑念と、同時に興味が入り混じったエルセに対し、トーリヤが求めること、それは――。




