表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

Parthenophobia

 



 「社長」




 篠山正臣は、社長室の椅子で、並べられた書類を順番に見ていた。今季決済による株価の動向予測だったが、どう転んでも悪いようにはならないだろう。この分であれば、もう少し、開発事業に予算を回してもよさそうだ。正臣が篠山製薬の社長になったのは、4年前だが、メディアへの露出は一切ない。広報は、ぜひともと、しばしば言うが、正臣は、自分をマスコットにするつもりはなかった。

 呼びかけてきた秘書は、中途採用の女性だ。トリリンガルの志筑汐里は、とても魅力的な女性で、街を歩けば、声をかけられるタイプだ。志筑はそれを知っている。真っ赤な口紅が、また動いた。




 「休暇はいかがでしたか?」

 「ああ、悪くなかったですよ。久しぶりにゆっくりさせてもらった」

 「どちらに?」

 「このご時世だからね。少し、別荘に行ったくらいです」

 「まあ、どちらの?」

 「山の方の。祖父が趣味に使っていた別荘ですよ」




 正臣は、微笑んだ。志筑が、自分に向ける感情は、分かっていたが、応えるつもりは全くなかった。

 いつか、ご一緒したいわ

 そう、目が語っていることも知っていたが、正臣は微笑むにとどめた。

 志筑が部屋を出て行ってから、正臣は社長室の鍵のかかる引き戸から、手帳を取り出した。

 生年月日と写真、それから罪状の書かれた一覧表に、二重線をひく。生きたまま女性の臓器を取り出して売買した男、サークルで女性を集団レイプし動画を売り払い自殺に追い込んだ男、その二つを消して、正臣は、止まる。

 一覧表はまだまだ続いている。何度、この作業をしても、先が見えないほど続いていた。ここに、あの女性の生年月日を書き足すべきだろうか。あの別荘に、忍び込んだ名前も知らない女性の瞳は、志筑のものとはまるで違った。怯えと恐怖と、仄暗い澱みは、美しい。

 正臣は、あの女性が別荘に入り込んだことに、すぐに気づいていた。歩き回るその姿は、目的があるように見えたが、彼女は黙秘を続けている。彼女は怯えてはいるが、その実、どんな暴力にも屈しない強さがある気がした。




 「社長?」




 ノックと共に入ってきた志筑に、正臣は微笑んだ。




 「これから、開発部門と会議です」

 「ああ、そうでしたね」




 空間除菌に関する開発は、難航を極めていた。他社の従来品は、噴霧による空間除菌が可能だとしているが、科学的な根拠はない。

 鍵をかけて、立ち上がる。志筑は、隣に立った。

 あの女性は、約束を守るだろうか。逃げ出さないだろうか。正臣は、楽しくなって、笑った。志筑は不思議そうに正臣を仰ぎ見て、赤い唇が弧を描いた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ