Oneirophobia
地下への扉を、正臣は開けて静かに階段を下りる。眠りの浅いすずめが、反応すると思ったのに、全く動かない。正臣は、動かないすずめの隣に膝をついて、呼吸を確かめた。
小さく唇から吐息が漏れるが、それが、常のものよりも熱いことに気づく。すぐに額に触れると、その熱さに手を引っ込めそうになった。
「すずめ」
返事のない体を抱き上げる。すずめは、ぐったりとしたままで、声も上げなかった。本当は、このまま死を待てばいいのだ。地下に閉じ込めたまま、飲み物も食べ物も与えずにいれば、すずめは死んでしまうだろう。
正臣は、罰するためにすずめを地下に閉じ込めたわけではない。殺すためだ。
気まぐれに生かしたすずめの裏切りを、正臣は嬉々として探していたのだ。死に値する理由を探していたはずだ。
すずめが倒れていた傍の側溝に、モノクロの映画の白を反射するものを見つけて、正臣はそれに手を伸ばす。
「……鍵」
明らかに、この別荘の鍵に酷似している。抱きしめている、すずめを見つめる。
これも、正臣が探していたはずの罰する理由に値するはずだ。それなのに、正臣の手はすずめを罰しようとはしなかった。
すずめを起こさないように、音を立てずに地下から上がる。すずめの細くて華奢な首には、正臣の手の痕が残っていた。自分でつけた傷であるにもかかわらず、正臣はその傷にひどく腹を立てている自分に驚いた。
すずめの体の至るところに残された傷跡に、正臣は衝撃と怒りを感じた。首の痣に、正臣は似た感情を抱いたのだ。
罰するべきだ。殺すべきだ。そう思う自分がいる反面、すずめを傷つけた全てに怒りを抱く自分もいる。その矛盾に正臣自身が一番驚き、そして恐れを抱いた。
正臣一人が眠るには少し大きくて、そして二人で眠るにはわずかに狭いベッドに、すずめを寝かせる。汗で張り付いたすずめの髪を、指で払って、正臣は幼子をあやすように背をリズミカルに叩いた。
その手の大きさが、すずめの華奢さを強調する。この小さな体に、いくつの罰を与えられてきたのだろうか。罰せられるに値するのは、すずめではないはずなのに。
「すずめ」
「正臣、さん」
すずめは静かに目を開けたが、熱のせいで意識は朦朧としているようだった。甘えるように両手を伸ばす。それに、正臣は抱き寄せることで応えた。
目を閉じて眠ると、いつも不条理な現実を突きつけられた。夢はいつも正臣を責め立て、決して忘れるな、決して許すなと囁いた。でも、すずめを抱きしめて、眠ったこの日、はじめて正臣は夢を見なかった。
もし、忘れていい、許していい、そう言われているのなら、これほど救われることはない。正臣は、高すぎる体温を握りつぶさないように、自分の手のひらを強く握った。




