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Philophobia

 



 足も手も重い。

 すずめは、体の重さに耐えかねて目を開けた。この床の冷たさを、すずめはよく知っていた。暗い中で、白い光だけが点滅して見える。

 地下だ。

 すずめは、瞬きも忘れる。涙が流れていくが、これを拭おうとは思わなかった。

 すずめは間違えたのだ。正臣を怒らせた。生き残るために、言葉を使って、いい子に従順にしていよう。すべては、生き残るためだ。そう思っていたのに、本当は違ったのだ。

 すずめは、初めて与えられた優しさに酔っていた。

 正臣は、大切にしたと言っていた。すずめが与えられたことのない愛情を、正臣は確かに傾けてくれていた。それが、どんなに歪んだものであろうと、すずめの初めて触れた愛情だった。

 すずめは、それが嬉しかったのだ。

 たとえ、この後、正臣がすずめを痛めつけて殺したとしても、すずめにとって正臣は初めて大切にしてくれた人だ。

 自分の間違いで、すずめはそれを手放すことになった。それが、苦しくて、悲しくて、胸が締め付けられるように痛かった。




「うぅうううううう」




 小さな鳴き声が次第に嗚咽に変わっていく。唇に触れた自分の吐息が熱かった。頭は泣いたせいだけじゃなく、ひどく重たくて痛かった。




「……正臣さん」




 小さく声を出す。小さく名前を呼ぶだけで、来てくれて抱き上げてくれる。そうどこかで信じていたのだろうか。開かれることのない天井の扉を見上げて、すずめは今度こそ声を上げて泣いた。

 父がすずめに触れるときは、殴るときか、蹴るとき、あとは、おぼつかない足で歩くとき。母がすずめに触れるときは、抱き着いたすずめを突き放すとき、化粧を盗み見たすずめを叩くとき、おざなりに髪を撫でるとき。

 正臣がすずめに触れるときは、殴るとき、蹴るとき、お風呂に入れるとき、髪を乾かすとき、抱き上げるとき、眠るまで頭を撫でるとき。

 こんなに胸が痛むのは、優しく触れられることを知ったからだ。父と母から与えられる痛みしか知らなければ、こんなに胸が痛むことはなかったのだ。




「あっちに行きなさい」




 母の声が聞こえた。叫び声と許しを請う声しか思い出せないはずだったのに、確かに母の声だった。録音した自分の声に、ひどく似ている気がした。




「あっちに行きなさいっ!」




 また母の声が聞こえた気がして、すずめは、小さく謝罪する。小さなごめんなさいの声は、いつも母には届かなかった。




「ごめんなさい」




 誰もすずめを許してなどくれない。誰も愛さないすずめを、誰も許してくれるはずなどない。







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