Dysmorphophobia
武崎かなめは、東京で最も歴史の深い百貨店で、外商見習いとして働いていた。外商の仕事は、百貨店の仕事の中で、バイヤーの次に花形である。かなめは、美しい顔を買われて、この仕事に選ばれた。
だが、かなめは、自分の武器は美しさだけではないと信じている。顧客の求めるものを、瞬時に読み取り、選びぬけることが、外商に求められることだった。顧客の購買意欲をくすぐり、時に、自尊心をくすぐり、見栄を張らせることで、高い商品を売る。
この仕事についてから、お金というものが、お金のあるところに集まり、ないところには永遠に集まらないことを知った。勝者は勝者のまま、そして、敗者は敗者のままだ。
だから、ファストファッションに身を包んだ車椅子の女性への違和感がぬぐえなかった。篠山製薬の社長である篠山正臣が連れてきた、いかにも貧しい女性は、どこか大きな違和感を抱かせる。
正臣への憧れから、この女性に嫉妬心を向けた愚かな同僚に代わり、フィッティングを手伝いながら、かなめは、違和感の正体を探していた。すずめと呼ばれる女性が、求めているものを探りながら、怪我した足を気遣い、体のサイズを測る。スカートを履かせながら、用意した下着の中で、サイズの合うものを思い浮かべる。
「……お嬢様」
「はい?」
「何か、お困りごとはございませんか?」
かなめの質問に、すずめは硬直した。明らかに、違和感のある態度だ。目を見開き、唇を開けて、そして、怯えたように閉めた。
「私にできることでしたら、お手伝いいたします」
何に困っているのか、そこまで予想は出来なかったけれど、すずめは、惑うように視線を泳がせた。先ほどから着替えの際に、すずめは肌を隠そうとしていた。DVを受けている女性特有のサインだ。かなめは、経験上、そう思った。
あの温和そうな篠山社長が、DVをしているとはにわかには信じられなかったが、DVをする男性の大半が、社会的に認められ、そして、世間的には優しい男性として見られるものだと知っている。
「わ、わたし」
すずめが小さく震えだしたのが見えたが、ここで、確信なくすずめを保護することは困難だ。かなめの顧客は、あくまで篠山であり、すずめではないからだ。
「お嬢様、これが、私の名刺です。お困りごとがありましたら、ここにお電話ください。全力でお助けいたします」
「でも」
「このスカートのポケットに入れておきます。見つからないように」
一見して名刺だと分からないように半分に折ってから、チュールスカートのポケットにねじ込む。これが、かなめの勘違いであれば、それで構わない。だが、そうでなかった時、この名刺が、すずめを助けるかもしれない。
すずめの震えが収まるまで待って、フィッティングルームを出る。篠山は機械のように美しい微笑みを浮かべて、また、いくつかの服を選んでいた。この感情すら見せないアンドロイドのような男は、支配者の顔をしている。生まれながらの支配者が、すずめの何を支配しようとしているのかは分からなかったが、かなめには篠山がすずめの全てを求めているように見えた。




