表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
バレンタイン回想録―My lost 27days
88/162

V-5 H2O殺人事件【解答編】&小休止

「は? えっ? ほえ?」


 いきなり疑問符が飛び交った。

 尋ねられた楢崎が答えるより先に、莉麻が日向に詰めよる。


「『Hくん』がどんな格好をしていた――って。愚問ですよ水無月先輩! ジャージ(・・・・)に決まってるじゃないですか」

「どうしてそう思う?」

「犯行現場に〈溶けた(あと)〉があったでしょ!?」


 

挿絵(By みてみん)



「違うよ」

 奇術同好会の女子が、ツインテールを揺らしながら会話に入ってくる。笑いを堪えながら、

「塙くん……じゃなくて、『Hくん』はね――『全裸』だったよ!」

 と教えてくれた。

「全裸って……何も着てなかったってことですか……?」

 こめかみを押さえていた莉麻の、つぶらな瞳に鋭さが宿る。

 こくり、と白い喉が鳴った。


「わかりました。そもそも、あれは――‟死体”じゃなかったんですね?」


 夕闇と下校時刻が迫っている。

 さあ答え合わせの時間だ。



「推森が利用したのは、“先入観”だよ」

 水溶性宇宙人。加えて、うつぶせに並べられたジャージ。

「あれを見れば誰だって、被害者の死体――〈溶けた跡〉だって思い込む」

 演出があざとすぎる。

 日向は内心グチった。ジャージを使ったのは、制服を濡らすのは気が引けたからだろう、程度に考えていた。計算ずくだったら大したものだ。

「僕はこれ(・・)を指して一度も、『Hくん』や『死体』と描写してないんだから――フェアだろ?」

 出題者が大見えを切った。

 七条原が髪を振り乱しながら、床を拭いている。掃除を手伝いながら莉麻がまとめに入る。

「目撃者によると、『Hくん』は裸だった――ジャージを着ていなかったことが判明しました。だから、ここに在るのは、ただの(・・・)濡れた(・・・)ジャージ(・・・・)です」

 犯人はいかにして水を現場に運んだのか?


「吸水性の良いジャージに水を含ませて運んだ――これが解答ですね」


 ジャージは最初から水浸しだったのだ。

 現場で水浸しにされたのではなく、それ自体が、凶器を運ぶ道具(ツール)。答えは初めから目の前に晒されていた。『Hくんがジャージを着ていなかったこと』を目撃者から聞き出すのは容易(たやす)いが、発想に至るまで、罠が幾重いくえにも仕掛けてあった。


「ミスリードが酷すぎですよ」

 莉麻は泣き笑いのような表情をしている。

「水溶性宇宙人なんてデタラメ過ぎるし。目撃証言も、どうせフィクションだろうって思いましたもん」

及第点きゅうだいてんかな」

 まんざらでもない様子で推理研の部長は頷く。

「気付いたのは水無月先輩です。それにしても、塙くん、よくこの役を引き受けましたね」

「とんでもない。彼は光栄の至り! と喜んでいたよ。ジャージも快く貸してくれたしね」

 役目を果たした後は塾があるから帰ったけど、と微笑む推森を日向は疑う。本当か? たしかにジャージの赤は一年生のカラーだが。

 青ざめていると因縁をつけられた。

「おいおい水無月くん。まさか僕が後輩を全裸で歩かせた、と本気で考えているんじゃないだろうね?」

 ブレザーのポケットから、秘密兵器のように何かをとりだす推森。

 タスキだった。〈私は水溶性宇宙人H。全裸です〉とマジック書きしてある。推森の〈犯人は私です〉と揃いのタスキだった。

「な、なるほど……」

 日向は脱力ぎみに唸る。たしかに伏線は張ってあった。推森はどこまでもフェアだった。ひねくれ者だが。


「そこまで徹底しているなら、別の疑問がわきますね」

 さりげなく莉麻がいう。

「なんだろう。中間テスト学年トップの東雲さん」

「数Aのトップは逃しましたが――‟水滴”です。犯人が辿った階段や廊下には、一滴の水も落ちていませんでした。何の痕跡も残さず、あれだけ濡れたジャージを現場までどう運んだのでしょう?」

「そのオチも多分ついてるよ」

 腕組みをした日向は窓辺に近づいていく。

「窓の断熱シート(・・・・・)

 今回のために用意したのか、いったん剥がしたのかは分からないけど――シートを利用して、即席のビニール袋にしたんだと思う」

 ああ、と莉麻は小さく手を打った。引き違い窓を覆うシートを二枚も使えば、ジャージは包めるだろう。

「使用後、シートに水気が残っていても、窓の結露けつろと判別がつきませんしね」

「断熱シートは元々ここに貼ってあったのさ。寒いだろ、って用務員さんが気遣ってくれてね。――言ったろ? 犯行前の状況と何ら変わっていない、って」

 ハンチング帽を脱いで、推森は肩をすくめた。


「満点とは言い難いが、君たちは正解にたどり着いた。しかたない。負けを認めよう」

 あらかじめ打ち合わせていたように、七条原が後を引きつぐ。

「今回の勝負、宇宙研の勝利として、東雲ちゃんはゆずります」

 おお。そういうことになるのか。

 これで良かったのだろうか? 日向は戸惑う。出逢ってから二か月も経っていないが、東雲莉麻と推理研(ここ)の相性は悪くない。そんな気がしたからだ。

 目が合うと、莉麻は丸い唇をひらいた。

「予想外でした、水無月先輩……こんなメチャクチャな問題を解くなんて、メチャクチャですよ」

 高揚した声音でつぶやく。


「やっぱりアナタは、私が予想した通りの人でした」




「――正木先生に聞いたけど。白志山高の生徒が黒志山高の同好会に入るのはダメだって」

「兄弟高じゃんかよ!? 正やんめ、白志でも物理教えてるくせに!」


 白志山高校二年、空野そらのふうが怒りで白い歯をきしませた。

 まあまあ、と日向はなだめて、

「でも、宇宙科学研究会に入りたいなんて。意外だね」

「オレだって、宇宙のロマンに浸ることがあるさ。他校の女子とも交流したいし」

「…………」

 本当の目的は後者だろう。

「なんつたっけ? 新入部員の一年生、東雲莉麻だっけ?」

「空野くん、同じ桃山(ももやま)中学出身だよね。知らない?」

「いや、覚えてないな。どんなに可愛くても年下はダメなんだオレ。妹がいるせいで。同い年か年上じゃないと受け入れられない。ああ……年下と恋愛なんてゾッとする!」 

「そうなんだ。意外だね」

 自分の両腕を抱いていた楓が、んっ? と首をひねる。

「東雲って……もしかして、東雲里香(りか)の妹か?」

「東雲りか?」

「いや、一個上の先輩で。結構な美人で、白志(うち)の三年生だった」

だった(・・・)?」

「学校辞めたんだよ、結婚するとかで。相手は大学生だか社会人だか知らないけど、でも、すぐに別れたって聞いたな」

波乱万丈はらんばんじょうだね」

 お固いイメージの莉麻とは、正反対のタイプだ。赤の他人か。

「水無月くん、限界か?」

 呼吸が荒くなってきた日向を、からかうように楓が伺う。

「まだ平気だよ。でも――なんでサウナ?」


 サウナ室の木戸が開いて、老人と一陣の風が入ってきた。

 砂時計をひっくり返して老人は入口の傍を陣取る。日向は濡れタオルで顔を拭いた。拭いた後から汗が噴き出してくる。


「この健康ランド、トレーニングルームがあるじゃん。オレ、そこで鍛えてるんだよね」

 ぐっと上腕二頭筋のコブを強調する楓。

「ほんとだ。筋肉ついてきたね。スゲえや」

 肉体改造する、と夏に誓っていたが、有言実行しているらしい。

「体を鍛えると、精神も高まった気がするぜ。今のオレの信条(ポリシー)教えてやろうか。友情、努力、勝利」

「それジャ〇プの三原則だよね!? やめて軽々しく使うの!」

「オレも君に聞きたいことがある」

「ん?」

「今日は白志山高の創立記念日だ。ゆえに、オレは平日サウナに入っているわけだが」

 楓に連絡すると、健康ランドにいる、と返信があったのだ。

「なぜ黒志山高のお前がここにいる? 黒高の創立記念日は来月だろうが。サボりか?」

 日向は汗ばむ眉間にしわを寄せた。

「べつに今日だけじゃないよ……昨日も、一昨日も午前中サボったし」

「いつからそんなアウトローになったんだよ!? サボって何してんの? どっか行ってんの?」

「黒志山大学」

「はあ? 何のために」

「…………」

「おい、泣いてるのか? いったい何があったんだよ」


 話してしまうとスッキリした。

 楓はくるくるした瞳を閉じて、静かに腕組みをする。

「ふうん……で、放課後は東雲莉麻と約束があるから、午前中に学校をサボって、師範代を見るため大学に潜入していると」

「はい……」

 以前は、会えない日々が続いても平気だったのに。

 雷宮光とケンカして、殴られた痛みがひいた頃からか――光に逢いたくてたまらなかった。電話もメールもする勇気がなく、まして正面から話す勇気もなく、取った手段が『遠巻きに眺める』。

 60番教室、大型スクリーン設備がある34番教室。光は大抵前に座っているので、最後列から姿勢の良い背中をうっとり眺める。気付かれないように。横顔でもおがめれば満足できた。

 はあ~と楓はバカでかい溜息を吐いて、

「君みたいのを世間で何というか知ってるか? ストーカーだよストーカー! ったく、フラれてストーカーになる典型てんけいの男だな」

「ストーカーじゃないよ! 付き合ってんだから」

「だったら彼女を遠くから見てニヤニヤすんなや! ケンカ別れしそうなんだろ!?」

「…………」

「泣くな、って」

「違うこれは汗だ。疑うんなら舐めていい」

「汗も涙も成分的には変わらねえし! ――まあ、たまには良いんじゃねえの。どうせ今までフラれたことなんて無いんだろ。苦しめ」

 けけけっ、と意地悪く笑う楓。日向は下唇を噛む。

「嫉妬したりはあるよ」

「何ねぼけたこと言ってんだ。嫉妬と失恋じゃ全然違うぞ」

「……?」

 うつろな目をしている日向を、楓はさらに攻撃する。

「おまけに、可愛くて胸が大きい後輩にしたわれて、ほだされきているんだろうが。最低だな」

「ほだされてなんか……」

「時間の問題だと思うけど?」

 めまいを感じた。

 サウナは得意じゃないのに、楓に付き合って長く入り過ぎたのだ。腰を浮かせたところで、楓が妙な声を上げた。

「変な噂思い出した」

「……うわさ?」

「さっき話題に出た東雲里香。離婚して、今は教師と付き合ってるんだって」

 先生と?

 日向はつい、養護教諭の田雲と野巻アカネのことを思い出した。高校を出た生徒が、教師が付き合うことはよくあることなのだろうか。

「その教師ってのがさ――。嘘か本当かわかんないけど、正木先生なんだとさ。冴えないオッサンにしか見えないのに、やるね~」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ