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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
連続××事件でお別れです―Mystery for you
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10-5 教室ディスカッション

 卒業式二日前、チョッキーの首が切断された。

 同一日前、チョッキーの頭が持ち去られた。


 どことなくマザーグースめいてきた事件は、好奇心が強い日向の頭を、すっかり占拠してしまった。



 五時間目は、担当教諭の不在で自習になった。教卓にいる教頭先生のはかない毛髪の頭が、こくりと舟をいでいる。監督がこれなので、生徒たちも好き勝手にお喋りしたり、席を立ったり、教室を抜け出したり……自由満開だ。

 日向の斜め前に座る宮西カナは、参考書を広げているものの、心ここに在らずといった様子。

「カナさん」

 彼女の横、欠席したクラスメイトの席を拝借する。

「……カナさん?」

「ほえっ?」

 ぴくりと肩を震わせた後、なんだヒナタくんか、と小さな胸をなで下ろす。

「さっきのことなんだけど。――カナさんと縫野さんはどうしてあの場にいたの?」

「……うん」

 幼馴染の少女は浮かない表情になって、セミロングの髪を耳にかける。

「昼休みが始まってすぐ、縫野先輩がここに来たの。部室に入りたいから、家庭科室を開けてくれって」

「縫野さんが?」

「私が料理部だからって、家庭科室の鍵を持ち歩いているわけじゃないし。『自分で鍵を借りて入ればいいじゃない』って思ったんだけど」

 日向は同情するように頷く。

 手芸部の部室である家庭科準備室の扉は故障中で、出入りするには、家庭科室を経由しなければならない。――が、カナが毎回鍵を開けてやる道理はないだろう。



挿絵(By みてみん)



「でも、昨日のこと(・・・・・)もあるから断れなくて……」

 やっぱりそうか、と日向は思う。はじまりは昨日にさかのぼる。

 演劇部の依頼で手芸部が作成した人形――“チョッキー”が首を切断され、腹に包丁を突き立てられた姿で発見された。その際、施錠せずに家庭科室を空けた料理部が悪い、とカナたちが責め立てられたのである。


「今考えてたんだけど、料理部が責められるのっておかしくない!?」

 怒りがよみがえったのか、興奮してまくしたてる。 

「私たちが家庭科室を空けたのは、ほんの数分のことなんだよ。

 誰かが侵入してチョッキーをあの場に置いたのは間違いないだろうけど、その間に、首切り(・・・)が行われたとは限らないじゃない。もっと前、午前中にされた可能性もあるよね! どう思う日向くん?」

「……可能性としては低いと思う」

 なんでよっ、と腕を掴んできたカナを押し戻す。

見たんだよ(・・・・・)。昨日の昼休み、無傷(・・)のチョッキーを」

 日直の雑用で、光と家庭科準備室に入ったときのことだ。

 どこからか物音がして、音源とおぼしきロッカーを開けると、チョッキーがそこに収納されていたのである。直立状態で。不気味だった。実際悲鳴を上げたのは日向だけで、光は平然としていたが。

「顔を近づけて見たりはしなかったけど。綿がはみ出たり布がほつれたり、あんな酷い状態ではなかったよ」

 ふうん、と相槌あいづちしたカナは口元を緩ませている。

「日向くん。休み時間ごとに雷宮先輩と何処かに消えると思ったら、特別棟にしけこんでいたんだね」

「し、しけこむって……?」

「隠さなくていいよ。その、ときどき……キ、キスマーク付いてるの見えちゃってるし……」

「……うぅ」

 互いに頬を染めてうつむく。恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに、と日向は内心カナに毒づく。でも、それがカナが天然ドSたる所以ゆえんなのだ。

 ふたりで赤面していても仕方がない。頬をぺちっと叩いて、カナが話を進める。

「昼休みの段階では、チョッキーは無事だったのね。――でも、午後からは? 料理部が家庭科室を使う前に、誰かが入った可能性はないのかな」

「さっき職員室で調べてきたんだけど。その間、鍵を借り出した生徒はいなかったよ」

「鍵の『貸出管理簿』を見てきたの?」

 カナは呆れたように口を開けて、「でも、アレって管理がいい加減じゃない? 本人確認もされないし。適当な名前を書いてもバレなさそう」

 特別教室の鍵を使用するときは、常駐する事務員に申し出て、貸出簿に名前を記入する仕組みになっている。

「確かにいい加減だし、偽名を使ってもバレないと思うけど。事務員さんの手前、記入(・・)はしなきゃいけないから痕跡(・・)は残るよね。それが一切なかった」

「……じゃあ、やっぱり私たちが家庭科室を空けたときに、チョッキーが襲われたってわけね」

 カナは深刻な顔に戻る。根が真面目なので、責任を感じているのだろう。

 だが――。日向は首をかしぐ。

 偶然の隙を狙ったイタズラにしては、度が過ぎている。かといって、計画的だとしたら、犯人は、家庭科室が無人になるタイミングをどのように知り得たのだろう? 


「許せねえな、まったく。オレが演じるチョッキーを滅茶苦茶にしやがって」

「本当よね。おかげで私と乃々(のの)まで怒られるハメになって……」

 頬杖をついていたカナが、はたと顔を上げる。

 学ランの上を脱いでシャツ姿になった空野楓が、腕組みしてふたりを見下ろしていた。

「空野くん、なんで教室にいるの? 授業中だよ」

「皆自由に出入りしてるじゃん。廊下でサボってる奴も見かけたぞ。てかさ、碧ちゃん見なかった?」

「え、碧ちゃんが来てるの?」カナが廊下側を見渡す。

「いや、校内で鬼ごっこしてたら見失っちゃってさ。――あの子、本当は妖精(フェアリー)か何かじゃないかな。あれほど可愛い女の子が現実にいるなんて信じられねえよ」 

 妖精でもないし、女子でもないが。

 陶然としていた楓は、ぜはぁと変な息を吐いて、濃い眉を寄せた。

「それにしても、黒志山高こくしの奴らも困ったもんだな。人形をいたぶるなんてガキかよ。アカネさんすっかり諦めて、代わりに使える人形が無いか探してくるって、家に帰っちまったぜ」

「そうなんだ。大変だね」

 頭部が消失してしまった今、明日の本番までに、人形を修復するのは難しいだろう。即座に対策をとるアカネはさすがだ。

「今日のことに話を戻していい?」

 過ぎたことを考えても仕方ないのかもしれない。

 でも、気になるものは気になるのだ。

「カナさんは職員室で家庭科室の鍵を借りて、縫野さんと一緒に入った。それから?」

「……縫野先輩が準備室に入ってぐ、叫び声が聞こえたの。呼ばれて行ったら、チョッキーの頭が無くなっていて……」

 人形用のベッドに横たわっていたのは、胴体のみだった。その異様な光景は、日向も目撃している。

「最初に準備室に入ったのは、縫野さんだけ(・・・・・・)だったんだね」

 日向は人差し指で唇をなぞる。カナははっとした表情になって、

「――もしかして、縫野先輩を疑ってるの?」

「だって、あの人怪しいんだよ。昨日、首切りされたチョッキーを発見したときのこと覚えてる? 手芸部の先輩、ええと」

「衣田先輩ね、三年生の。乃々のお姉さん」

「乃々って誰?」

「私と一緒にいた料理部の子よ! 衣田きぬた乃々(のの)

 昨日会話してたのにっ、と息巻いて叱られる。

 衣田乃維と乃々。それぞれ手芸部員と料理部員だが、姉妹だったのか。言われてみれば、面差おもざしが似通っていた気がする。……閑話休題。

「その、衣田先輩がチョッキーに近づこうとしたとき、縫野さんがそれを押しのけて(・・・・・)チョッキーを抱き上げたんだ。部外者の俺にだったら理解できるけど、部の先輩にそんな態度をとるなんて不自然だと思わなかった?」

「自分が苦労して作った作品だからじゃねえの?」楓があいの手をはさむ。

「チョッキーは、衣田先輩と縫野さんの合作(・・)だって聞いたよ。あのときの縫野さんは……どうしても自分が最初に触れなきゃいけない理由があったみたいだ」

 その場面を思い返していたのか、黙りこくっていたカナがかぶりを振る。

「――でも、チョッキー(・・・・・)()頭を(・・)持ち去った(・・・・・)のは(・・)縫野先輩(・・・・)じゃない(・・・・)よ」

 ぽかんとする日向と楓に、力強い語調のまま話し出す。

「野巻先輩に連絡する前、私たちは家庭科準備室を探したの。

 チョッキーの頭がどこかにないか。床も、棚やロッカーの中も。部屋中くまなく探したけど、見つからなかった」

 カナは探し物が得意だ。うっかり部屋を掃除してもらうと、見つけられたくないものまで見つけられたり……。きっと目が良いからだろう。

「縫野さんが持ってたバッグの中身は?」

 今日の縫野は、小さな身体に不似合いな〈スポーツバッグ〉を持っていた。チョッキーの頭部が余裕で入る大きさだった。

「無かったわ」

 意外にもすぐ否定される。

「開けてみたの?」

 突っこんできた楓に、カナはぶんぶん首を振って、

「わざとじゃないのよ。見えちゃったの……チャックが全開になっていたから。裁縫セットと、手芸用の綿しか入ってなかった」

「綿の中に紛れて隠していたのかも」

「だとしても――。綿の間から、チョッキーの髪の毛とか少しは見えるはずでしょ。派手なオレンジ色の毛糸を使っていたし。人形の頭といっても、結構な大きさあったしね。綿の中に丸ごと隠すのは無理だと思う」

 日向の追及にも動じることなく答える。

「じゃあ、その場で分解したとか。布と綿と糸に」

「そんな時間なかったわ」

 きっぱり否定して、カナは華奢な肩を上下する。


「だから、あのとき、チョッキーの頭を持ち去ることは、誰にも出来なかったはずなのよ」


 日向は首の後ろを掻く。

 密室状態から頭部が消失した――となれば、いよいよ推理小説めいてくるではないか。

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