表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
脱出ゲームで××なご褒美あります―Where's the Key?
65/162

9-8 エピローグ―過去からの脱出【解決編】

 漆喰壁に掛かった鍵は、三色のライトに照らされて、鈍色にびいろに輝いている。

 今までの素っ気ないシリンダー錠と違い、アンティーク調の装飾が美しい。


「ホントにあった――」

 探し当てた日向ほんにんは、驚きと喜びが混じった複雑な表情をしている。

 背後では、皆が固まっていた。目を輝かせるアカネの他、唖然とした楓とカナ。【E】の部屋からは、光と陽太が顔を覗かせている。

「え、いや……どういうこと?」

 表情豊かな楓が表情を失っている。

「“かつて扉が在った場所”――が、どうしてそこ(・・)なんだよ!?」



挿絵(By みてみん)



「言葉通りの意味よ」

 元女優のよく通る声が響く。

 高校生たちの間をすり抜け、玲於奈は突き当たりの壁に到達する。

「ここに」壁をノックして、「在った(・・・)のよ、“扉”が。一瞬(・・)だけどね」 

「……あ」

 小さな目をしばたかせ、カナが両手で口を覆った。

「もしかして、あのとき(・・・・)――!?」

 玲於奈が微笑む。無言の肯定だ。一呼吸置いてから、日向が話し出す。

「じつは、最初から違和感があったんだ。

『脱出ゲーム』っていうのは、閉ざされた空間から出ることが目的だよね?」

「そのままの意味だな。脱出=クリア、だ」

 いまさら何を、とでも言いたげに楓が答える。

「今回のゲームも、扉の鍵を探して脱出することが目的――なのに、その肝心の“扉”を暗幕で隠してしまうなんて。『ゴールの標』である扉を、プレーヤーの視界から閉ざしていることに違和感があったんだ。それに」

 日向は暗幕に挟まれた空間を見渡して、「扉側だけでなく、突き当たりの壁にも暗幕が掛けられている。なぜか?」

「ナゼっていうかさ……」ウンザリしたようにアカネが愚痴る。

「どちらを向いても暗幕で、同じような部屋を行ったり来たりでしょ? 方向感覚が変になりそうだって。どっちがどっちだか分からなくなるっていうか」

「いや分かるでしょ!」

 童顔の頬を紅潮させて、楓が反発する。

「部屋の“色”が違うんだから。少しくらい混乱したって、並びで分かるさ。手前から赤、黄、青の部屋って」 

「じゃあ、その“並び”が変わったとしたら――?」

「は?」

「赤、青、黄は塗装されているわけじゃない。ライトで(・・・・)照らされて(・・・・・)いるだけ(・・・・)だ。

 ライトの色(・・・・・)が変わって(・・・・・)しまえば(・・・・)、“並び”自体が変わるよね。内装はそれぞれに違うけど、外から見る分にはわからない」

 すぐに反論したのは陽太だ。

「それでも分かるって!! だって――」安全旗を手にした玲於奈を指して、

扉側には(・・・・)案内係(・・・)がいる(・・・)んだから。玲於奈さんだけじゃなくて、机も置いてあるし」

「そう」日向は両の口端を上げる。

「“〈案内係〉が立っているのが扉側”――いつの間にか、僕らはそういう判断をしていた」

「だったらハッキリしてるだろ? 玲於奈さんがいる方が扉側だって……まさか」

 そこまで言って、陽太は沈黙した。日向によく似た大きな瞳が限界まで見開かれる。


移ってた(・・・・)の!? 逆側に!?」

 

「うん。一瞬だけどね」

 素っ気なく玲於奈が答える。

「……ウソだろ。いつ!?」

「【黄の部屋】を往復させられたときだよ」

 世界主マスターの言葉に従い、【D】→【C】→【D】。無意味な移動を強いられた。

「二度目の肩透かしをくらって、テレビが在る部屋へ戻るとき――玲於奈さんは逆の壁側に(・・・・・)移動していた(・・・・・・)

 【C】→【D】間のことである。

「覚えてるそれ!」カナが興奮気味に続ける。

「『頑張って!』って声かけしてくれたとき。逆の方から声が聞こえたの」

 思い出すように左耳を触る。「玲於奈さんの声、キレイでよく通るから。印象に残ってるんです」

「ほえ~、スゴイね。アタシなんて、ゲームに夢中で全く気づかなかった」

 両手を上げるアカネに日向が、「そういう演出がされていたんだと思います。黄色の部屋を何度も往復させたり、プレーヤーを挑発するような世界主マスターの語り、とか」

「マジかよっ、くそ!」楓がいきどおる。

 日向は、すっと人さし指で下唇をなぞった。

「玲於奈さんだけでなく、“色の並び”も、その瞬間だけは左右逆になっていた筈です。

 つまり、その間、この世界は(・・・・・)左右が(・・・)逆転していた(・・・・・・)――」

 


挿絵(By みてみん)



 軽く天を仰ぎ、小さく息を吐く。

 これまでの問題、解答のパターン。おそらく間違いないはずだ。

「左右逆転していたということは、擬似的だけど、“扉の位置も逆転していた”――とみなすことが出来るんじゃないだろうか。それが――“扉が在った場所”が意味するところなのでは?」

 こつり。鍵が隠されていた壁を叩く。


 黙って聞いていた玲於奈は、首を下に向けた後、小さく頷いた。

「私の仕事は、あなたたちが【黄の部屋】にいる間に、私自身と机を移動すること――そして、その為のスペースを作ることだった。作業自体は簡単よ」

 【E】と【F】の部屋を順に指して、

「机は小さくて軽いものだし、壁のパーテーションはキャスター付きだから、すぐに移動できる。でも、ひとつだけ懸案していたことがあったの。プレイ中に思い付いて、予定外の行動をするハメになったんだけど」

雷宮先輩(・・・・)ですか?」

 単刀直入な日向の指摘に、玲於奈は瞠目する。

「何でもお見通しなのね。このトリックを発動するには、6人が一緒に(・・・・・・)行動してもらわなくちゃいけない。誰かひとりでも横断歩道に留まられたら、作業が出来なくなってしまう。だから、遅れて来た光ちゃんにお願いしたの」

 一身に視線を受けた光は肩をすぼめる。

「全て種明かしされてたわけじゃないよ。『部屋間を移動するときは、皆で行動するように取り計らってくれないか』って頼まれただけ」

『こういうのは皆で行動しなきゃ。誰の閃きが正解に繋がるかわからないし』――。先走りしようとした楓を止めた光の台詞である。そんな裏が在ったとは……。

「じつは、最初の気付きも雷宮先輩がきっかけでした」

 青いライトが漏れる【E】の部屋から、カレンダーを取ってくる。

「空野くんが壁にぶつかったとき剥がれて、()の部屋まで飛んできたみたいで」

 紙片を掲げて、〈12月〉の2を片手で覆う。

「雷宮先輩が、一番最初に見たときと次とで、見え方が変わっていたそうです。こんな風に、()が、パーテーションと床の隙間に隠れていたせいで、〈1月〉のカレンダーと錯覚した」

 それがどうした、と言わんばかりの一同をゆっくりと見回す。

「一応確認しておきましょうか。この中で、カレンダーを動かした、という方は?」しん。

「はい。誰も触れていないのに、そんな変化が起きたということは、どういうことでしょう? 動いたのは、カレンダーじゃなく、パーテーションの方では――? と僕は疑いました。それをキッカケに考えを進めてみました」

 玲於奈がちろりと舌を出す。

「皆をやり過ごした後、元の位置に戻したつもりだったんだけど……戻しが甘かったか。本番では、バミっておいた方が良さそうね」

 いやいや、とアカネがおもむろに首を振る。

「カレンダーが隣の部屋に飛んでる、なんて誰も想定できないから。そもそも、あれは楓くんの不埒な行いのせいで」

 途端に楓が慌てだす。

「アカネさん、それはもういいから!!」

 


 外界に出ると、窓から射し込む自然光が柔らかくも眩しかった。

 一時間ほどの体験だったが、実感としてはその2倍にも3倍にも長く感じた。

「脱出おめでとう」

 黒ひげ社長――野巻清兵衛が拍手で迎えてくれる。

「結構かかったねえ。どうだった?」

「なんか全体的にズルいっす」

 負け惜しみっぽく楓が言う。傍らの陽太も唇を尖らせている。

「ははっ。()にハマらない問題ばかりを揃えたからねェ」

「ちょっと、パパ」怒気をはらんで詰め寄るアカネ。「なんなのよっ、あの〈アカネちゃんの部屋〉は!?」

「面白かっただろ?」まあまあと娘を制して、「至らない部分については、アカネから聞いておくことにするよ。それより、ゲームクリアしたからには賞品を出さないとね」

 楓と陽太がパッと表情を明るくする。

 野巻氏はスーツの懐から水引袋を出し、読み上げた。

「目録、脱出ゲームをクリアした賞品としてお贈りします。賞品はなんと――『たこ焼き一年分』!!」

 さあどうだ、とウインクする社長。

 しらけた空気が充満していく。

「ちょっと、パパ」アカネが清兵衛の脇を突いて、「それ、前のゴルフ大会で貰った冷凍食品じゃないの? ブービー賞の」

「いいじゃないか別に。家にあっても誰も食べようとしないし」

「そういう問題じゃなくて!」

 力なく項垂れた楓と陽太を、「いいじゃないたこ焼き」とカナが慰めている。日向にいたっては、深くうつむいたまま動かない。固く握った拳が震えていた。

「あの……ご、ごめんね? 水無月くん」

「…………」

「こんな賞品のために知恵を絞ってくれて……。ほんとごめんなさい!!」

「ぃやったああああああ!!」

 茫然とするアカネの前で、日向は野巻氏の手をぎゅっと握る。「訊き間違えじゃないですよね!? たこ焼き『一年分』ですよね!? どれだけの量なんだろう。うわ~っ楽しみだなーっ!」

「じゃあ、君に全てあげよう。持っていけそう?」

「――僕が運ぼうか」

 野巻氏の背後から登場した人物に、アカネの態度が一変する。

「田雲先生、なんでこここに!?」

 颯爽と現れた田雲は、ちらと光を見やる。

「光ちゃんを送ってきたんだよ。うちの道場に寄ったせいで、約束に遅れてしまったみたいだから。そうしたら、野巻さんのお父さんに会って」

 野巻氏は快活に笑って、「田雲先生とはゴルフ友達なんだよ。つい長話に付き合せてしまってね。ちょっとアカネ」景気の良い笑みを浮かべたまま、娘に何事かを伝言している。

「――じゃあ、そろそろ僕、失礼するよ。もともと直ぐに戻る予定だったし。日向くんの家に、たこ焼きを届けないとね」

「あ、わざわざスミマセン」

 保冷箱をひょいと持ち上げると、恐縮する日向に手を振って、踵を返した。

「あっ! 先生帰っちゃったの!? パパにお小遣いをもらったから、皆でカラオケにでも繰り出そうと思ってたのにぃ」

 アカネが未練がましく叫ぶ。

「ありゃ、光もいない?」

 いつの間にやら、日向の横にいた光も消えていた。

「水無月くん、ふたりを連れ戻してきて!」

「野巻先輩、奢って貰っちゃっていいんですか」

「いいのいいの。モニターになってもらったお礼よ。さあ、楓くんも陽太くんも来る来る!」

 背後に喧噪けんそうを聞きながら、命じられた日向は、光と田雲を追う。

 献血ルームを通り過ぎたところで、見慣れた後ろ姿を発見した。

「あ、せんぱ」

「政宗」

 呼びかけようとした声は、光の叫びにかき消された。

 光のさらに5メートル先にいる田雲が立ち止まる。保冷箱を抱えた彼は、半身だけ振り返った。

「さよなら」

 短い言葉に、田雲は目を細める。そして、いつもと変わらず柔和に応酬おうしゅうした。

「バイバイ。光ちゃん」

 大きい歩幅で去っていく。光は動かない。肩が小刻みに震えているのに気付いて、日向は遠慮気に声をかけた。

「……先輩、野巻先輩が皆でカラオケに行こうって……どうかしました?」

 光の次の行動は唐突だった。日向の胸に飛び込んできたのだ。

「えっ?……あ、あの」

 訳が分からず戸惑う。

「大丈夫ですか……?」

 胸に顔をうずめて表情を見せない光。弱った。ほとんど本能的な衝動で、日向は、その頭を撫でていた。小さな子にするように、2度、3度。

 猫のような目をぱちくりさせて、光が顔を上げる。

「ああ、スミマセン」ぱっと手を退けて、「調子に乗り過ぎました!」

 そこでようやく光は表情を緩める。

「どうしたんです。ほんとに……」日向はおそるおそる、「もしかして、カラオケが下手なんですか?」

「違う」

 目尻を拭って、くすりと笑う。

「……たこ焼き一年分を独り占めなんてズルいだろ。私にも半年分よこせ」

「えっ!? 半年分はちょっと……三か月分で手を打ちませんか?」

「ケチだな」

「先輩こそ。意外と食い意地が張ってるんですね。駄目です、三か月のラインは譲れませんから!」

「うん……」嫌々するように、胸元に額を擦り付けられる。「わかったから」

 そういえば。

 『私たち、さ――』青い部屋でのやり取りを思い出す。

 あのとき何て言おうとしてたんですか――? 尋ねようとした瞬間、遠くからふたりを呼ぶ声が近づいてきた。

「皆が来ますよ」

 体を離そうとすると、磁石みたいに引き寄せられる。

 抱きあったゼロの距離で、おそらく、出逢ってからはじめて純粋に、光は日向にあまえた。


「もう少しだけこのまま――お願い」


 


【end】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ