結末
「今の推理だと、梯子を使われた《2回》は――犯人がバルコニーから下りた1回と、アカルが三階から下りてきた1回ってことっすね」
「私の推理と近い気がする。これで正解だったら、ちょっと悔しいかも」
黙っている推森の代わりに、飯田とカナがつぶやき合う。傍観していた光は半ば呆れたように差し挟む。
「――結局、犯人って誰なんだ?」
うつむき加減だった日向は、「え」と小首をかしげる。
さっきまでは堂々と話していたのに、自分の仕事は終わった、とでも思っているのか、すっかり気が抜けてしまったようだ。
「さあ……死体を動かすほどの力がない人、というと、子供やお年寄りとか」
「あっ!」とカナ。「証言した村人たち、『森の探検隊の子供たち、魚釣りが趣味のアヒル爺さん、リハビリのため散歩するキツネ婆さん他』だって。この、キツネ婆さんってメチャ怪しくない? 何のリハビリをしているのかわからないけど足が悪いとか」
「“犯人当て”ではないのよね? 推森くん」
そう、このクイズは、犯人当てではない。
いかにして殺したか、が問題になっている。そして、たった今、日向がひとつの答えに至った。
野巻アカネは、ミステリ研の会長へ鋭い眼光を浴びせる。
「――で、どうなの水無月君の解答は? 黙ってないで答えなさい」
場は一瞬で静まりかえった。
さすが演劇サークルの主演役者というべきか。凄んだアカネの迫力は圧倒的だった。当事者の澪は、ハラハラしながら、彼女と推森を交互に見つめている。
「ひとつ指摘したい」
念仏を唱えるような低い呟き声で、推森は反論する。
「防音室にいたアカルについてだ。君たちは、彼女が事件に全く気づかずピアノ練習をしていたような想定で話していたが、はたしてそうだろうか?
“防音”室といっても、百パーセント音が遮られるわけじゃない。ヒグマ・パパとママが襲われた際の騒動に気付かなかった、なんてあり得るか? 断末魔の悲鳴も、床に倒れたときの振動も?」
思わぬ指摘に、呆けていた日向がはっとしたように顔を上げた。推森はニヤリとした。
「最初に僕はこう言った。――論理的に矛盾のない解答はすべて正解とする、と。答えがひとつとは限らない。
今、指摘した点を考慮すれば、“別の解答”も得られるはずだ。梯子が使われたのは2回、この条件を満たした上でね。つまり――」
「つべこべうるさいっ!」
言葉を継ごうとした推森の前に、アカネが立ちはだかる。
「往生際悪いわね。いい加減、気づきなさいよ。あんたのやってることは最低なの! そろそろ床に頭を擦りつけて土下座でもしたらどうなの!?」
鼻息荒く、どやしつける。
頭の中が真っ白になって、オープンキャンパスの来訪者がいることなどすっぽり抜けていた。こんなに怒ったのはいつぶりだろう。我に返ったときには、光と澪に背後から身体を押さえられていた。推森の怯えた表情が、ほんの一メートル先にある。
「おい!」
展示会場の入口から、緊迫した怒号が飛んできた。
「何があったんだ? 外まで聞こえてたぞ」
文化総務部役員の根岸だった。騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。唖然として、その場にいるメンバーを見渡している。
「根岸君。ごめんなさい。もう大丈夫」アカネは澪に目配せして、「こっちの問題は片付いたから。ねえ、推森?」とわざとらしく語尾を上げた。
推森は神妙な面持ちで頷く。アカネはフンと鼻を鳴らす。ブチギレた甲斐があったというものだ。
「……だったらいいけど」
推森を不審そうに見やる根岸。
快活な彼にしては、様子がおかしい。心なしか顔色も悪いし。アカネは、他人の微妙な変化によく気づく。
「根岸君こそ、どうしたの。何かトラブルでも?」
「あ、いや」
図星をつかれた顔だった。根岸は溜息を吐き、おもむろに口を開く。
「ついさっき気づいたんだが、昨日集めた会費が足りないんだよ。探しても見当たらないんだ」
「……会費って、打ち上げ用に各サークルから集金したやつ?」
オープンキャンパス展示会お疲れ様、の名目で、文科系サークルで打ち上げを行う予定になっている。アカネも澪も出席予定だ。総務部が幹事となり、前払い制であらかじめ費用を回収していたのだが……
「昨日、会議室の金庫に保管していたよね」
澪が思い出したように言う。
「ああ……でも、サークル代表会議の前、資料の準備をしているとき、電話がかかってきて。五分くらい会議室を空けたんだ」
「あそこ、やたら電波悪いからね」
「俺、うっかりしてて」弱ったように告白を続ける根岸。「会費が入った封筒を机に出しっぱなしにしていたんだ。金額を確認するため……もしかしたら、そのタイミングに盗まれたのかも」
「自己責任だな」
冷たく言い放った推森に、根岸はむっとして返す。
「こんなこと言いたかないけど……推森じゃないよな?
電話が終わって戻るとき、会議室の方からお前が歩いてくるのを見かけたんだが」
「根拠のない言いがかりは止めて欲しいね」
「そういえば――推森君。今日、受付当番が当たっていないこと、どうして知ってたの?」
その問いかけをしたのは、アカネの、第六感のようなものだったかもしれない。
「あたし受付席に居たけど、一度も確認しに来なかったでしょ?」
オープンキャンパスは二回催されているが、展示会の受付当番からミステリ研究会を外したのは、今回が初めてである。イレギュラーが起こったのに、推森はそれが当たり前のように振る舞っていた。
まるで、自分が当番に当たっていないことを、予め知っていたかのように……。
「磯部さんに聞いたんだよ。雑学研の展示の手伝いをしているときに」
「私、言ってない!」
自己主張が苦手な澪が、ぶんぶんと首を振り、はっきりと否定した。
「そうだっけ……や、思い出した。たまたま会議室で見かけたんだよ。冷蔵庫に貼ってある受付当番の表を」
「お前、会議はサボったくせに」
「悪かったね用事があったもんだから。それに、僕が見かけたのは会議が終わった後のことだし」
あくまでも横柄な態度を崩さない。
「ちょっと待って……推森君。会議が終わった後に、当番表を見たっていうの?」
アカネは赤フレーム眼鏡の奥の目を見開いた。それがどうした、という風に、相手は応じる。
「見た。受付当番表が冷蔵庫の扉に貼ってあるのをね」
束の間、「あっ」と澪が口許を押さえた。一拍遅れて、根岸の表情も硬くなる。
「――嘘ね。会議後の冷蔵庫に当番表が貼ってあった、なんて」
「なに?」
「会議をサボったあんたは知らないでしょうけど。会議の最中に、新しい冷蔵庫が搬入されたのよ。
新型の冷蔵庫の扉はガラス製でマグネットは付かないの」
あたしも昨日まで知らなかったけどね。アカネは心の中で呟き、こっそりと舌を出す。
すっと蒼ざめる推森。語るに落ちるとは、このことだ。今までいちばん追い詰められた顔つきになっている。
「あんたが冷蔵庫に当番表が貼ってあるのを見たとしたら、それは古い冷蔵庫で、会議前のことでしかあり得ないのよ」
「推森、お前……」
拳を握った根岸が一歩前に出る。
形勢逆転を悟ったのか、追い詰められた推森はジーンズのポケットからいそいそと一万円札を出し、軽く頭を下げた。
「ごめん。ちょっと手持ちがなくて、借りただけなんだ。ほら、返すよ」
「――借りた、だと? ふざけんなよ、てめえ!!」
その後、推森は見苦しく泣き言を漏らしたが、根岸は一切相手にしなかった。当然のごとく、誰ひとり助けようとしなかった。
後日談になるが、ミステリ研究会の部室は剥奪され、オープンキャンパスでの展示が好評だった雑学研究会へと受け渡されたのであった。
【おしまい♪】
ここまでお読みいただきありがとうございました!誤字脱字報告もありがとうございます。
推理クイズ、作者としては怖々投稿しました。どうして投稿後、矛盾とかに気づいてしまうのでしょう(;´Д`)
10月1日まで池袋シネマ・ロサで映画公開中です!! レイトショーで寄りにくいかもしれませんが、お近くの方はぜひお寄りいただけたら幸いです。観ていただいた方、全力で感謝です!!
(チケットをご購入の際は、『階段下ください』で大丈夫☆ですよ)
よりたくさんの方に来ていただければ、地方(私なんて北海道ですが)でも公開されるかもしれません。
どうかよろしくお願いしますm(__)m




