亡霊の町
会合場のある杭西の町を後にし、全 思風たちは國の東側にある蘆笛巌という洞窟を目指していた。
杭西の町は國のほぼ中心に位置している。そのため、仙人の力を持つ彼らからすれば距離に関しては、それほど苦にならなかった。なぜなら彼らは仙道しか扱えぬ術を使い、空を飛んだからである。
全 思風は帳色の羽を重ねて黒い絨毯を作った。
さんにんは、それの上に足を落として歩いていく。
そんな彼らの先頭を進むのは三つ編みの美しい男、全 思風だ。彼は後方に仕えるふたりをのぞき見、細い瞳を強張らせる。
──このふたりはあの子を気にかけてくれてるから、強くは出れないんだよね。ただ、黒 虎明。こいつは小猫に告白なんかしやがったからな。気をつけないと……あれ? そういえば。
「──ねえ黒 虎明、あの鳥籠、本当に貰った物なの?」
彼は、京杭大運河で圧勝していた。その手には鳥籠を持っており、河を炎の海へと染めたのは記憶に新しい。
けれど鳥籠などという奇妙なものを、なぜ彼が持っていたのか。後に訪れた諸々の出来事で忘れていたことだったが、振り向いた瞬間に目に入った男の姿を見て、ふと、そんな考えが過った。
「……ああ、あれか。前にも言ったようにあれは、玉 紅明から貰ったものだ」
「…………」
全 思風は鼻で笑う。黒 虎明ではなく瑛 劉偉を見た。
すると瑛 劉偉は足を止め、眉根を寄せる。ふたりに視線を預け、威厳を保ちながらため息をついた。
「──それはあり得ん」
ふたりの会話に割り入った第一声は、ハッキリとしたものである。変わらぬ表情で断言し、背筋を伸ばした。
「玉 紅明皇后妃は、亡くなっているはずだ。それは、黒 虎明殿が産まれるよりも前に。私は直接、葬儀に参列したのだ」
棺ごと焔の中に入れ、骨と化した。それを確認しているのだと、力強く語る。
「……でも、この男はそう言ってるんだよ? それとも、こいつが嘘ついてるって思うのかい?」
黒 虎明を指差した。
黒 虎明は笑いもせず、黙って彼らの話を聞いている。けれどすぐに首を横にふり、嘘などついていないと伝えた。
「この男は実直だからね。そんな嘘つけるほど、頭の回転早くはないでしょ?」
単純なものしか考えることができぬ男、それが黒 虎明である。
云われた本人も否定はせず、その通りだと胸を張っていた。
「……ほら。こんな風に嫌味すら理解してない、馬鹿だよ? そんなやつが、嘘つくとかあると思う? 得にもならないでしょ?」
──別にこいつを助けるとか、庇うとかじゃない。あんたらがどうなろうと、私の知るところではないからね。だけど……爛 春犂として接していたとき、玉 紅明は死んだと云っていた。
このような大きな矛盾がある以上、放置していいものではない。彼はそう、結論づけた。
ふたりを注視すれば、どちらもが違う反応をしている。瑛 劉偉は何かを考えこんでいた。黒 虎明の方は暇を持てましているようで、大剣を軽く磨いている。
「……どちらにせよ、それについては私が王都へ戻って調査しよう。どうにも、私たちがそれぞれ持つ情報には穴があるようだ」
瑛 劉偉が先に折れたようだ。彼はふぅーとため息をつき、やれやれと肩から疲れを見せている。
「小猫があんたを信頼してるようだからね。それについては、あの子を信じてあんたに任せるよ。それよりも……」
下を指差した。
どれほど歩いたのか。彼らの下には、いつの間にか山に囲まれた町が見えていた。山が一ヶ所だけ削られており、そこから町への道が伸びている。
空からでは洞窟と呼べるものが見当たらず、彼らは降りて確認することを決めた。そのとき、先頭にいる全 思風の瞳が朱に染まる。
「……まずいな」
呟いた言葉は、後ろにいるふたりに届いた。ふたりはどうしたんだと彼に尋ねる。
「この町……どうやら、殭屍に歠まれてしまったようだ」
振り向くことなく、囁くように答えた。瞬間、片手に黒い焔を纏わせる。それを迷いなく町の方へと放った。
焔は渦を巻く。町の上空に、圧曇のように集まっていった。やがてそれは、雷のように地上へと振り落とされていく。
寸刻、町にある数々の建物の中から、人々が現れた。けれど彼ら、彼女らはすでに人ではなく、屍となっている。
両目に黒はなく、濁っていた。顔や腕などの露出している箇所には、血管が浮かんでる。そんな町の住民はひとり残らず、殭屍へと成り果ててしまっていた。
こうなっては彼らとて、町の人々を元に戻すことがでない。唯一、元に戻すとができるであろう存在は華 閻李だ。けれど子供は、ここにはいない。
そうなると、住民たちは首を跳ねるなどの死を迎えさせる以外の方法はなかった。
さんにんは無言で頷き、町から少し離れた地へと降りる。そこは町のすぐ近くにある森の中だ。
「予想はしてたけど、ここまでとはね」
全 思風は腰にかけてある剣へと手を伸ばす。さてどうしようかと、ともにいるふたりに問うた。
しかし尋ねること自体が杞憂だったよう。瑛 劉偉は札と剣を両手で。黒 虎明は大剣を片手に握っていた。
どうやらふたりとも、彼と同じ考え方のよう。互いに頷き合い、町を凝視した。
「……一応言っておくけど、私は小猫を助ける事だけに集中するから」
迷うことなく微笑む。
「あそこにいる殭屍をどうするかは、あんたたち個人の気持ち次第ってやつかな?」
右手に黒い渦を巻いた焔を生ませ、左手には雨桐から預かった花を持つ。
そして地を強く蹴り、町へと疾走していった。




