表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/154

感情という名の焔

五公里

五キロメートル

『──そもそも、あの姿ってのがおかしいんだよね』 


 映像に映る美しい子供、そして仔虎と青龍(せいりゅう)と呼ばれる生物を凝視する。

 少女は小さな体に似合わない表情をし、うーんと(うな)った。隣にいる全 思風(チュアン スーファン)と顔を見合わせ、視線を映像へと戻す。


白虎(びゃっこ)だってそうだ。本来神獣(しんじゅう)は、強い霊力を持ってる。いくら人間たちの住む世界に来たからって、いつまでも仔猫の姿ではいられないはずだよ。ましてや、霊力の(かたまり)にも等しいあの子の側に常にいるんだ』


 常にその強力な霊力を浴び続けているのならば、自然と本来の姿に戻るはず。

 それが、雨桐(ユートン)の体を媒介(ばいかい)にしている神獣(しんじゅう)──麒麟(きりん)──の出した答えだった。


「……どちらにしろ、それについては私の関知する事ではない。それに今大事なのは、小猫(シャオマオ)を助ける事だけだ」


 冷めた眼差しで麒麟(きりん)を見つめる。

 華 閻李(ホゥア イェンリー)以外は知ったことではない。

 そんな(いさぎよ)いまでの徹底ぶりを貫く彼に、少女は苦笑いを送った。タハハとあきれた様子で空を仰ぎ見、両目を閉じる。


『……青龍(せいりゅう)たちの事は気になるから、それは(せつ)が調べてみるよ。王様は、あの子を取り戻す事だけに集中すればいいんじゃない?』


 ニヤニヤと、口元からにやけていった。にんまりと、無邪気を通り越した(いや)らしさすらある。(ひじ)で彼の足をつつき「愛だね~」と、からかった。

 

「そうだね。私は誰よりもあの子を愛している。世界がどうなろうとも、冥界(めいかい)(ほろ)びようとも、私はあの子だけを求める」


 麒麟(きりん)によるからかいなど、どこ吹く風。

 彼にとって、華 閻李(ホゥア イェンリー)が生きる(かて)になっているという事実を改めて知らしめる機会でしかなかった。

 したり顔で少女の質問に答えた後、映像の中にいる(はかな)げな雰囲気の子供に手を伸ばす。けれど掴めるはずもなく、彼の瞳は(うれ)いていった。


『……ねえ王様、この場所がどこかわかる?』


「いや。これだけでは何とも言えないな」


 暗さや壁の具合などから、洞窟(どうくつ)であるということはわかる。けれどそれがどこの洞窟なのか。それの見当(けんとう)がつかなかった。


『困ったね。居場所がわからないと助けに行けないんじゃない?』


 手詰まりになり、ふたりは困り果ててしまう。 




「──おい、あんたら何やってんだよ?」


 情報がつかめないままのふたりの元に、黄 沐阳(コウ ムーヤン)がやってきた。

 彼は町で、市民への説明を行っていた。それの帰りのようで、数人の配下を連れて近づいてくる。

 全 思風(チュアン スーファン)たちが立ち往生(おうじょう)しているのを不審(ふしん)がりながら、(いぶか)しげな表情で見ていた。そんな彼だったが映像の中に消えた子供の姿を発見するや(いな)や、ふたりを退()けて声をあげる。


「ホ、華蘭(ホゥアラン)!?」


 子供を(あざな)で呼びながら映像を掴もうとした。けれど彼の手は腕ごとすり抜けてしまい、その場に前のめりで転んでしまう。

 起き上がったときには鼻血すら出ており、泥まみれになっていた。躍起(やっき)になりながら、美しい少年をこの手で捕まえようとする。

 必死さすら(うかが)える行動、そして眼差しをしていた。


 見かねた全 思風(チュアン スーファン)は、彼の腕を掴んで起き上がらせた。


「私もお前と同じ気持ちだ。小猫(シャオマオ)を助けたい。だけど……」


 この場所がわからないんだと、悔しそうに瞳を細める。黄 沐阳(コウ ムーヤン)の腕を離し、拳を強く握った。


洞窟(どうくつ)なんてたくさんある。そのせいかこの映像だけでは、どこの洞窟なのか。それがわからないんだ」


 端麗(たんれい)な顔立ちに苛立(いらだ)ちを乗せる。


「……洞窟(どうくつ)、か。確かにそれだけじゃ、俺もわから……ん?」


 黄 沐阳(コウ ムーヤン)は鼻血をふき、映像を注視(ちゅうし)した。ふと、何かに気づいたようで、顎に手を当てて考え(ふけ)ってしまう。

 けれど数分後、冬の風が彼らの肌を打ちつけていくなかで、「あっ!」と声を(ひび)かせた。


「ここ、【蘆笛巌(ろてきがん)】かも知れねー!」


 (きびす)を返し、半壊(はんかい)してしまっている会合場へと足を進ませる。全 思風(チュアン スーファン)たちについてこいと()い、中へと入っていった。


 □ □ □ ■ ■ ■


 天井が破壊(はかい)され、会合場は今にも崩落(ほうらく)しそうな状態である。それでも(かろ)うじて、奥にある椅子(いす)近辺は形を保っていた。

 全 思風(チュアン スーファン)たちは椅子の上に地図を置いて拡げる。赤いバツ印がたくさん描かれている場所から左へと指先を(すべ)らせていった。


蘆笛巌(ろてきがん)は確か……この辺にあったはずだ」


 そこは、赤いバツ印がほとんどついていない場所である。すぐ側には桂林市(けいりんし)と書かれた町があった。


「この町の周囲は山が多くてさ。町自体、山に囲まれてるんだ。で、この町の西北郊外に行くと、光明山(こうみょうざん)って山がある」


 すすすっと、指を西北へ()わせていく。落ち着かせた指の先には、赤いバツ印などひとつもなかった。


「市内から※五公里(ごこうり)離れた場所の山腹(さんぷく)に、確かあったはずだ」

 

 何度か訪れたことがあるから、位置はあっているはずだと断言する。


「あの映像、後ろに湖あっただろ? あれ、俺入った事あるんだ。爸爸(パパ)に仕事を教わってたとき、何回か入った記憶はある」


 ただとつけ足し、表情を曇らせた。地図を軽く爪でつつく。視線を地図から全 思風(チュアン スーファン)たちへと向けた。


「ここは(こく)族の領土(りょうど)内だ。(こく)族の(おさ)の了承なしでは、入れない場所なんだ」


 唇を噛みしめる。


 希望が見えたと思えた瞬間、あっという間に崩れていった。全 思風(チュアン スーファン)はそれを実感する。それでも助けたいという気持ちが先走り、力尽くでも通るという想いを瞳で表した。


 雨桐(ユートン)たちは慌てて彼を取り押さえる。説得をしては、冷や汗をかいていた。

 けれど暴れる彼を抑えこめる者など、今、この場にはいない。唯一(ぎょ)せるのは彼が愛してやまない少年だけだ。


「邪魔をするな──!」 


 怒りか。

 それとも、子供と離れてしまったことへの恐怖からか。

 どちらともとれる感情を表し、全身から黒い(ほのお)を具現化させた。決して熱くはない。それでも触れただけで、心の奥底から闇がもたらされる。

 そんな(ほのお)だった。


 暴走というには生易(なまやさ)しい力に、黄 沐阳(コウ ムーヤン)は悲鳴をあげる。雨桐(ユートン)は彼を必死に(なだ)めた。


「──私は冥王(めいおう)だ。その私が、なぜ人間が決めた事に(したが)わねばならない?」 


 黒曜石(こくようせき)だった瞳は、やりきれない気持ちを乗せて(あか)く焦げていく。深紅(しんく)に染まった両目に映るのは()とみなした、少女と黄色い漢服(かんふく)の男だった。


 普段の彼ならば、このように感情に身を(ゆだ)ねることはしないのだろう。そう感じてしまうほどに、今の全 思風(チュアン スーファン)(もろ)くなってしまっていた。


「私は、あの子を側に置いておくためには何だってする。あの子が死ねと言えば、私は喜んで命を投げ捨てる! 消えろと言えば、全ての世界から自分を消滅(しょうめつ)させてやる!」


 それだけの覚悟を持っているのだと、誰にも反論(はんろん)を許さない勢いで語る。


 そんなときだった。


「──貴殿(きでん)はなぜ、気づかぬ? それは、閻李(イェンリー)が望んでもいない事実だという事を」


 (りん)とした、低い声が(とどろ)く。コツコツと足音をたてながら彼らの前に姿を現すのは──


「独り()がりもいい加減にせい!」


 威厳(いげん)を保ちながら青い漢服(かんふく)の袖を揺らす、瑛 劉偉(エイ リュウウェイ)だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ