強かな前進
二度目。
これは、黒 虎明が人間たちの戦争へ加入した数だと云うのか。
当然、名指しされた黒 虎明は納得できるはずもなく、子供の元へ靴音を響かせながら向かった。しかし全 思風が子を守るように前に出て男を睨む。
「……少女よ、どういう意味か!?」
彼の後ろから見える華 閻李の長い髪を目で追いかけた。
怒ってはいるものの、子供を本気で問いつめるつもりはないのだろう。盛大なため息をつき、頼むから教えてくれと弱腰になっていた。
「ごめんなさい。言い方がおかしいのかな? ……えっと、あなたが人間の戦争に参加するのが二回目って事じゃないんです」
全 思風の後ろから、ひょっこりと顔を出す。
大きな目と、この場にいる誰よりも白い肌。長く、美しい煌めく銀の髪や、小柄な体。それら全てが相まって、子供の小動物っぽさを強く印象づけていた。
このような儚い見目の子供に強く出れるはずもなく……黒 虎明はうっと言葉を飲みこんでしまう。黄 沐阳や瑛 劉偉に目線で助けを求めるが、ふたりは首を左右にふっていた。
「ぐっ! ……し、少女よ。つまりは、どういう事だ?」
子供に結婚を申しこんだことも手伝って、どうやら強く出れないよう。
華 閻李はうーんと、顎に手を当てた。数秒後、全 思風を前に躍り出て、男と向き合う。
「あなたが人間同士の戦争に参加してしまったのは事実。でも、もしも……あなたの前に、違う仙道が参加してしまっていたら?」
獅夕趙というふたつ名を持つほどの男が河で行っていたこと。あれは内戦への介入でもあった。
けれどそれよりも前に、すでに誰かが介入していたのなら話は変わってきてしまう。この男が人間たちと仙人の条約を破ったのは事実ではあるが、それでも火種ではない。そういうことになるのではと、子供は唸りながら伝えた。
「た、確かに、俺よりも前に仙人の誰かが介入していたらそうかも知れぬが……」
もちろんそれで京杭大運河で起こしたこと、杭西を襲った事実は消えない。けれどもしもそれが事実ならば、だいぶ物事の見方が変わってきてしまう。
男が内戦に加入したことが原因で、人間たちの関係が悪化する可能性はぬぐえなかった。こればかりは、ふたつ名を持つ者の宿命か。名が知られているからこそ、影響力が強い。結果、人間たちに不信感を抱かせてしまったのは間違いないのだろう。
「それに関しては、もうどうしようもないよ。あなたは、それの罰を受け入れるしかない。最悪、黒 虎明は仙人の資格を剥奪されるのかもしれない」
償いをしたところで、人間たちの仙人に対する恐怖心をぬぐい去ることは不可能に近かった。それはこの男自身が、どうにかして信頼を取り戻すしかない。
けれど問題はそこではなかった。
「もしも……もしもだよ? あなたの前に、既に違う仙人が内戦に参戦していたら……多分、話は変わってくると思う」
「……意味がわからんぞ」
腕を組みながら首をかしげ、子供を注視する。
すると華 閻李の首へと、全 思風が腕を巻きつけた。子供を軽く抱きしめ、男に対して必要以上に睨みを利かせる。
そのまま子供の温かさを堪能するかのように、ぐりぐりとした。
「ふふ。思は、甘えん坊さんだね?」
ふわりと、笑顔を綻ばせる。
視線を彼から黒 虎明と移した。首へと伸びている全 思風の腕を軽く撫で、大きな瞳で男を凝望する。
「仙人たちが、人間の戦争に加入したのが二回目になるって事を仮定して考えるとね……あなたの罪は、軽くなる可能性もあるって事」
これには、この場にいる全員が首をかしげるしかなかった。子供の言っていることの意味がわからないからだ。
聡明な全 思風ですら困惑している。
子供は強かな笑みを浮かべた。
「あれ? わからない? ……確かにあなたの罪は、人間たちの戦争に加入してしまった事。でも、それよりも前に既にやってしまっている仙道がいるとしたら……」
笑みが消える。
変わりに現れたのは、幼い見た目を裏切る艶だった。
「その人に、罪を擦りつけちゃえばいいんだよ」
突拍子もない提案に、誰もがざわつく。
黄 沐阳と瑛 劉偉は「はあ!?」と、声をあげた。当事者である黒 虎明は脳が追いついていないようで、きょとんとしている。
全 思風だけは絶賛し、ひたすら子供を誉めていた。
「だってさ、よく考えてみてよ。あなたが掟を破ってまで決行したのはなぜ?」
「…………」
子供の、少しだけ高めの声が周囲を静寂へと導く。
「大切な友だちを殺されたからでしょ? でもそれは、誰のせい?」
「……黄族の長、黄 茗泽を語った白氏の者だと聞く」
黒 虎明は、それで合っているかと子供へ問うた。
少年は頷き、細くて長い銀の髪を揺らす。
「今回、あなたが暴走する切っかけを作ったのは友中関の事件だよ。それを作り上げたのは他ならない、白氏だ。それを考えると、彼らが原因になる」
黒 虎明は、友を想う心を利用されたにすぎない。白氏が全ての計画をたて、黒 虎明という名のある者を内戦へと導いた。
それは裏を返せば、白氏が仙道の内戦加入を引き起こしているとも云える。
「だからこそ、彼らに責任を取ってもらうんだ。あなたがやってしまった事の半分ぐらい、あの人たちのせいにしてね」
無邪気な笑顔を見せた。
「確かに、小猫の言う事は尤もだと思う。でも……」
ふと、子供を包容していた全 思風が口を挟む。苦く笑みながら上手くいくのか心配だと、子供の頭を撫でた。
「……あのね。僕らは、動かなきゃ駄目なんだ。いつも後手に回ってたからね」
枌洋の村、蘇錫市、友中関、そしてこの杭西。これらは全て裏で白氏が関わっていた。
けれどここにいる者たちは、彼らの思惑に乗せられ続けてしまっている。このままではいずれ、全てが白氏の配下になるのも時間の問題だった。
「このまま手をこまねいているだけじゃ、駄目なんだ。僕らは自分たちで動き、考え、次へ進む道を選ぶ必要があるんだと思う」
少女と見間違うほどに美しい姿の背に、外から侵入した太陽の光があたる。
銀の髪を金へと染めているかのように、きらきらと眩しく輝いた。
「幸いここには先生を始め、黄と黒族の長の代理もいる。あなたたちがここでする事は、ただひとつ」
黒 虎明の罪を追及することではない。ふたつの族が互いを信頼し、白氏へ対抗するこだった。
子供が黄 沐阳を見つめる。すると彼はハッとして、黒 虎明の前へと向かった。
「僕らは、変わらなければならないんだ。仙人も人だって、前へ進む事を選ぶ必要があると思うよ?」
全 思風の腕に抱かれながら、儚げに微笑む。
子供の言葉を皮切りに、この日、仙人たちの立ち位置は変わった。黄と黒が同盟を組み、内戦解決を目標に掲げたのだ。
人々はこの朗報に驚き、戸惑う。けれども内戦が収まるのならばと、彼らの行く末と決断を見守っていった。




