答え合わせと再び生まれる謎
黄と黒族の会合場に、予想もしなかった人物が現れた。
それは黄族に潜入していた男、爛 春犂である。しかし彼の正体は黄族ではなかった。禿王朝の前皇帝、魏 曹丕の命で動いていたのだ。
その証拠として黄族用のものではなく、薄い青色を主体とした漢服を着ている。
腰に巻きつけてある紐に、小さな八角形の八卦鏡がぶら下がっていた。中心には【正一位】と書かれたものがはまっている。
そんな見慣れぬ装いをする爛 春犂は、にこりともしなかった。黄でも黒でもない場所……部屋の奥にある大きな机の横に腰かける。
ともに来ていた黒 虎明はといえば、彼は大きな机を前に鎮座した。
すると彼の右側に、黒い漢服を着た男が立つ。巻物を広げ、つらつらと読み上げていった。
「──ただいまより黄族、ならびに黒族の会合を開始いたします。それでは皆様、各々席に着いて……」
ふと、黒い漢服の男の横に座っている黒 虎明が立ち上がる。部屋の中を一周するように見回し、唯一の青を持つ爛 春犂を見やった。
「話の前にひとつ。伝えておかねばならぬ事がある」
爛 春犂を机の前まで誘う。彼はうなずいて腰を上げ、静かに黒 虎明の前で足を止めた。
右手を拳の形に変え、左手で包んで会釈をする。それは、お手本とすら思えるほどに洗練された拱手であった。軽く拱手を済ませ、黄と黒族の者たちにも会釈をする。
「この男……爛 春犂がここに呼ばれたのは他でもない。こいつが目的とするものに、我らがこれから話す事が、深く関わっているからだ」
会合場が一気にざわついた。
それでも彼らは気にする様子はなく、淡々と話を進めていく。
第一声として爛 春犂が口を開いた。
「……ご存知の方もいるように、私は爛 春犂という名で通っております。しかしそれは、私の本当の名ではございませぬ」
腰にかけてある紐を取る。八角形の八卦鏡を手にし、【正一位】と書かれた部分を見せた。
「私の本当の名は瑛 劉偉。かつて私は禿王朝が三代目、魏 曹丕様の宰相を務めておりました」
再びのざわめきが走る。
ある者は彼を見て顔を青ざめ、またある者は口元を扇子で隠す。けれど誰もが疑いの眼差ししか送っておらず、さしもの彼ですら辟易したため息をつくしかなかった。
そんな落ち着かぬ空気のなか、威風堂々とした姿勢を保つ者がひとりいる。
「──ふーん。あんたが偽名を使ってるっていうのは知ってたけどさ。でもなんで?」
背筋を伸ばしてきれいに正座をする男、全 思風だ。
──よかった。小猫、顔色だいぶよくなってるみたいだ。ご飯いっぱい食べて、元気になってもらわないとね。
それよりもと、隣にいる美しい子供の髪を撫で、名を偽る男を凝視する。今回ばかりは優先順位を変えなくてはと、鋭い眼差しと口調で切りこんでいった。
すっと立ち上がる。爛 春犂ならぬ瑛 劉偉の元へと進み、八卦鏡を見せてと伝えた。
瑛 劉偉は何の抵抗もせず、黙ってそれを彼に渡す。
「あんた前に言ってたよね? 魏 曹丕の命で、殭屍に関する事を調査してるって」
「殭屍というか、國中で起きている不可解な事件を探っている」
「……ふーん。ああこれ、確かに本物だね。【正一位】って事は、皇帝にかなり近い位置にいるのか」
八卦鏡を返し、名を偽る男へと真向かった。お互いに、笑いもしない時間がすぎていく。
やがて瑛 劉偉の方が先に折れたようで、深いため息をついた。軽く彼へ会釈し、横に並ぶ。
「私は黄族へと潜入し、名を偽って行動をしておりました。それが前皇帝、魏 曹丕様の遺言だからです」
遺言。これには黒 虎明ですら驚いている様子だった。それでもまっすぐ前を見据え、理由を最初から話し始める。
魏 曹丕は死の間際、息子に後を継がせることへの不安を打ち明けていた。
気が弱い息子では皇帝として、民を導くことなど無理ではないか。そうなれば國は荒れ、民は苦しむだろう。よからぬ輩も現れ、一気に滅びへと向かってしまう。
それだけは何としても防いでほしい。もしもそうなってしまった場合、ひとりの人間として裁きをいれてほしい。
それが亡き前皇帝、魏 曹丕の願いでもあった。
「皆様もご存知の通り、今の皇帝はとても頼りない。國で自然災害が起きようとも、殭屍が暴れようとも、全てを他人に任せて動く事をしない」
そのような者が皇帝の座につけば、民たちは徐々に不満を募らせていくだろう。そうなってしまえば、國を動かすどころではなくなる。
それを調査するために黄族へと招き入れてもらったのだと語った。
「うん? あるものを探すためじゃなく? 前にそんな事いってなかったっけ?」
「確かにそれが一番の目的だ。だが今それを伝えたところで、余計に混乱するだけであろう」
ふたりは周囲に聞こえないほどの小声で話す。
瑛 劉偉はこほんっと咳払いし、話の続きを進めた。
「私が必要とするのは、現皇帝の失脚などではない。國を統べる者として、ふさわしい器なのかどうか。それを知りたいのです」
そして前皇帝の遺言を実行する最中、黄と黒族の両族に不穏な動きを捉える。しかしそこで問題もでてきた。
「両族で確かにおかしな動きはあった。けれどそれが誰なのか。なぜか、そこだけが掴めないままなのです」
悔しそうに両拳を握る。それでもすぐに顔をあげ、威厳のある姿勢を保ち続けた。
両族の長代理をしているふたりの青年へと頭を下げ、騙していたことへの謝罪をする。
黒 虎明は別に構わないといった様子だ。黄 沐阳に関してはもともと彼を好意的には見ていなかったせいもあり、そっぽを向いてしまう。
瑛 劉偉は苦笑いし、肩をすくませた。
「──で? どうするんだい? 言っておくけど、内戦は終わらないよ? 今回あの男が暴走してくれたおかげで、仙道が乱入なんてしちゃった事実を作ったわけだからね?」
それはわざとなのか。重たい空気を全 思風が壊した。
図星をつかれた黒 虎明はぐうの音も出ないようで、うっと言葉を詰まらせている。
「まあ、それについての制裁とかは君たちが考えればいいさ。それよりも、冗談抜きでどうするわけ?」
内戦の火種は収まるところを知らなかった。こうしている今も各地で暴動が起き、民同士が争っているのだろう。
きっかけは今の皇帝が頼りないからだった。例えそうだとしても、内戦というものはとまりはしない。
これをとめるには内側ではなく、外から攻めていかなければならないのではないか。
「……しかし思風殿、我々は人間の戦争に介入できませんぞ? 一度ならぬ二度もとなると、それこそ問題に……」
言いたいことはわかるが、これ以上掟を破ることはできないと瑛 劉偉は忠告した。
ただでさえ危うい状態になっている今、迂闊なことができないからだ。
全 思風も思うところがあるのか、うーんと唸ってしまう。
──どのみち、私には関係のないことだ。小猫が安全に暮らしていけるように、あの子の周囲だけでも平和にしておかないとね。
華 閻李のことしか目に見えていないらしく、彼は笑顔の裏で模索していた。ふと、何かに服の袖を引っぱられる感覚に見舞われる。いったい何かと確認してみれば……
「……ちょっ、小猫!? 歩いちゃダメだよ。座ってなきゃ!」
体調が万全ではない子供が、ふらふらした体のまま袖を引っぱっていた。
彼は慌てて子供を支える。
瑛 劉偉や黄 沐阳はもちろん、黒 虎明ですら両目を見開いていた。
「あのね、多分だけど……二度目、なんじゃないかな?」
儚げな見目を裏切らぬ、弱々しい声である。それでも必死に何かを伝えようとしているのか、潤んだ瞳である男を凝望していた。




