☆いざ、会合へ
すーすーと、規則正しい寝息が聞こえた。銀の長い髪を持つ見目麗しい子供が、床の上で寝ている。
そんな子供の額に触れるのは、美しい顔をしている青年だ。彼、全 思風は、寝ている子供の肩をゆっくりと揺らす。
「小猫、起きて、小猫」
あくまでも優しく。子供が泣かないよう、そっと愛称で呼んだ。
しばらくすると子供は両目を開け、目をこする。
「……ふみゅう。思?」
どうしたのと、子供は寝ぼけ眼で上半身を起こした。ふあーとあくびをし、頭をぐらぐらとさせる。
「小猫、今から大事な会合が始まるみたいだよ。私たちも参加しないかって誘われているから、行かないかい?」
「かい、ごう?」
「うん。実はね──」
子供の細い腰に手を回し、優しく横抱きにした。
黒 虎明が碧い彼岸花の世界に入り、亡くした友と再会を果たす。その後、これからのことを決意した。
すると床一面を覆っていた碧色は消滅する。同時に花を操っていた華 閻李は体力を使い果たし、その場で倒れてしまった。
全 思風が子供を運ぶ最中、黒 虎明に声をかけられる。どうやらこれからのことについての話のようだ。
子供が目を覚ましたら町の東にある、黄族の屋敷へと連れてきてほしい。とのことだった。
「……僕を? 何で?」
きょとんとしながら小首をかしげる。その仕草が、少女のように愛らしい見目に拍車をかけた。
「……!?」
全 思風は子供を前に、自らの口を隠す。悶絶しながら涙を流し「んんっ!」と、抱きつきたい衝動を必死に押さえた。
大きな瞳で見つめてくる子供の視線に気づき、平静を装う。強めの咳払いをして何でもないよと微笑み、床へと腰を落とした。
「小猫の力のおかげ、って言うべきなのかな? あの後黒 虎明が、黄 沐阳に歩み寄ったんだ」
その結果が、これから行われる会合となる。その切っかけを作ったのは、他ならぬ華 閻李であった。
そのことを伝える。
長い指で子供の頬や前髪に触れた。額に優しい口づけをし、穏やかで溶けるような眼差しを子供へと送る。
子供の膝裏へと両手を入れ、横抱きにした。
華 閻李は文句のひとつも云わず、頬を赤らめている。それでもやはり自分で歩くのはまだ辛いようで、身を彼へと預けていた。
「さあ、行こうか。詳しい話は会合場所でしてあげるよ」
──ふふ、照れてる顔もかわいいね。あ、前のときよりも少しだけ重たくなったかな?
町で出会った頃の少年は、とても痩せ細っていた。言い方を変えるなら、骨と皮だけである。肌荒れこそしてはいなかったものの、病人とすら思えるような顔色をしていた。
しかし今は違う。
彼が子供へたくさんの愛情を注いでいるからだ。食べ物や衣類などはもちろん、髪や肌の手入れなど。素材のよさを損なわぬよう、それでいて、丁寧に優しさを与えたのだ。
彼好みに仕上げると言ってしまえば終わりだが、それを抜きにしても子供を一途に想い続けた結果でもある。
──あの頃に比べたら、だいぶ肉がついてきたね。肌艶もいいみたいだし。だけどまだ、羽のように軽い。
身長は百六十センチと、十五歳の男の子にしてはやや低めだ。だがそれは個人差の範疇なので、仕方のないことである。けれど体重に関しては、少なすぎとしか云いようがなかったのだ。
同年代の男子の平均がわからないので確かなことはいえないが、華 閻李という少年は細すぎではないか。
全 思風はそれだけが心配でならなかった。
「そうだ小猫、会合場所にはご飯いっぱいあるみたいだから、食べようね」
「ご飯!?」
子供はお腹をさすりながら無邪気な笑みを浮かべる。
幸せいっぱいな表情につられ、彼も微笑んだ。
□ □ □ ■ ■ ■
ふたりが向かった先は、杭西の東区にある建物だった。屋根や柱など、あらゆるところが黄金でできており、眩しいほどに豪華な建物である。
町を一望できるほどの高い位置に聳え建ってはいるが、登るための階段が見当たらなかった。
これではどうやってあの建物へと行けばいいのか。華 閻李は、戸惑っているようだ。
彼は子供を横抱きにしたまま、近くにある石の灯籠へ手を置く。瞬間、ガコンっという大きな音がした。
音とともに平らだった地面が盛り上がり、建物へと通じる階段ができあがる。
「うわあ! すごい仕掛けだぁー!」
子供は目を輝かせた。
「あの建物は黄族のものだからね。ただ、ここは本来なら黒族の領土なんだけど……」
深く追及してはいけないのかもしれないねと、やんわりと話を終わらせる。そのまま、階段を登っていった。
登り終えた先に見えたのは、広い庭と大きな建物である。
庭には池があり、そこでは鯉が泳いでいた。餌をくれと、口をパクパクとさせている。
整えられた木々は、野鳥たちの休憩所になってるようだ。気持ちよさように眠っては飛び立っていく。そんな光景が目に映る。
「小猫、会合が終わったら見て回ろうか?」
「うん!」
建物の入り口で門番たちに名を告げ、中へと入っていった。
建物の中は、さらに豪華さが増していた。
柱は太く、床は大理石で埋まっている。壁には黄族を示す黄色い旗が等間隔に並んでいた。
そんな建物の中に見知った顔がある。
左側を陣取るようにして座っている黄族たちだ。彼らの中には黄 沐阳もおり、同僚の者たちに指示を出している。
右手を占めるのは黒族なのだろうか。彼らはみな一様に、黒い服を着ていた。しかし黒 虎明の姿はない。
やがて彼らは全 思風たちに気づき、一斉に静まり返った。
黄族だけではない。黒族の者たちも、見慣れぬふたりを注視していた。すると黄 沐阳がふたりの元へとやってくる。
なぜか周囲の者たちに聞こえぬほどの小声をもって、ふたりに話しかけた。
「お前ら、めちゃくちゃ目立ってるじゃねーか。まあ、その容姿だからしかたねーけどさ……」
どうやら両族の者たちは、ふたりの見目麗しさに驚いている様子である。
全 思風のように背が高く、整った顔立ちの男など早々いない。それが注目を浴びてしまっている要因のひとつでもあった。
そしてもうひとつは、彼が横抱きにしている子供である。黄族の者たちは華 閻李の素顔を知らなかった。ましてや銀の髪をしているなどという情報すら、持ち合わせてはいない。
それがゆえに、全 思風以上に目立ってしまっていた。
「まあ、横抱きにして登場! なんてのも、目立つ原因ではあるけどよ」
以降は気をつけろよと、忠告する。
しかし彼はそれを素直に聞くわけもなく……
「嫌だね。私は小猫とこうしていたんだ。なんで、あんたたちの都合に合わせなきゃならないわけ?」
わがまま炸裂であった。
横抱きにされている子供は苦笑いし、黄 沐阳は肩から気落ちしてしまう。
こと、華 閻李が絡むと、彼は子供っぽくなる。そっぽを向き、自由にさせろと視線だけで黄 沐阳を怯えさせた。
「──相変わらずだな。全 思風殿」
瞬刻、背後から聞き覚えのある声が耳に届く。
振り向いた先にいたのは黒 虎明、そして……
「甘くするのもいいが、ときどきは厳しく接するのも必要だ。そう、思わないかね? 閻李」
青い漢服を着た中年男性、爛 春犂であった──




