表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/154

碧き彼岸花

 透明(とうめい)硝子(ガラス)、ともすれば、海のように(あお)く輝く彼岸花(ひがんばな)。美しく光り続ける幻想的な光景が、静かに造りだされていった。

 それを造ったのは他でもない、花の力を使う美しい少年である。子供は艶めいた瞳を花の中心で(まばた)かせた。



 ()しべは()しべを導く。

 (あお)き色は(たましい)の声。

 

 

 蜘蛛(くも)の糸のように細く、(もろ)い銀の髪が、彼岸花(ひがんばな)(あお)(いろど)られていった。

 長いまつ毛の下からのぞく大きな瞳は宝石のように(きら)めき、白い肌は淡い光を浴びていく。薄い唇から()れる吐息は優しく、弱々しさすらあった。

 風に(なび)(やなぎ)のように細く、しなやかな体が儚さを生む。

 ぞっとするほどの端麗(たんれい)さに包まれながら、華 閻李(ホゥア イェンリー)は今、軽く(かかと)を踏んだ。瞬間、床を(おお)いつくしていた(あお)彼岸花(ひがんばな)は泡となる。


 子供は輝くばかりの姿のまま、手に持つ枝へ(やわ)らかな口づけを落とした。すると、枝はひとりでに宙へと浮かんでいく。


「──蝋梅(ろうばい)の枝よ。君に残された想い……心残りである友への気持ちを、伝えてあげて」


 神秘的で幻想的。そんな言葉が、子供の全身から(ただよ)っていた。


 ふっと両目を閉じ、ゆっくり枝を(かか)げる。次に目を開けた瞬間、枝は浮遊(ふゆう)した。そしてゆっくりと、水平を辿(たど)るように、ひとりの男の前で止まる。


 男は黒 虎明(ヘイ ハゥミン)だ。彼は驚きから戻ってこれないようで、両目を大きく見開いている。だらしなく口を開いたまま、微動だにしない。


 

「……黒 虎明(ヘイ ハゥミン)。その枝に触れてみて」


 あなたが会いたがっている友の声を届けてくれるからと、鈴の音のような声で語った。


 無意識に。黒 虎明(ヘイ ハゥミン)の表情は驚いたまま、手だけが枝へと伸びていく。彼の太い指が枝へと触れたとき、目を閉じてしまいたくなるほどの光が放たれた──


 † † † †


 大柄な男黒 虎明(ヘイ ハゥミン)は、目の前の光景に驚愕(きょうがく)していた。

 先ほどまでいた幻想的で(あお)い景色など、ここにはない。あるのはどこまでも暗く、終わりの見えない闇そのものであった。

 けれど彼は恐怖するでもなければ、泣き叫ぶこともしない。(きも)()わった様子で、周囲を見回していた。


「……む? これは、どういう事か? あの(うるわ)しい少女(・・)仕業(しわざ)のようだが。……ん?」


 華 閻李(ホゥア イェンリー)を少女と勘違いをしながら、眼前(がんぜん)に注目する。そこにはこの暗闇だけの空間には似つかわしくない、朧気(おぼろげ)な人の形をした何かがいた。白く発光しており、ときおり姿を揺らめかせている。


 彼は(おく)することなく、それへと近づいた。

 転瞬(てんしゅん)、それは(かす)かな微笑みを浮かべる。


「……お前はまさか……雪明(シュミィン)、なのか?」


『…………』


 それは言葉を発しなかった。けれど(うなず)き、再び微笑む。


 彼はそうかとだけ呟いた。出した手を引っこめ、それの隣に腰かける。

 それは彼を真似するようにふわりと形を変え、同じく地へと座った。


「……あのとき」


『…………』


 彼が呟けば、それは小首をかしげるような仕草をする。


「あの日、俺が帰らずにいたのならば……お前は、死なずにすんだのか?」


 雪明(シュミィン)とは(あざな)で、本名は雪 潮健(シュ チャオジェアン)友中関(ゆうちゅうかん)という関所(せきしょ)で命を落とした男だ。そんな男は黒 虎明(ヘイ ハゥミン)の友であり、(あざな)で呼び合うほどの仲である。

 けれど男は悲劇に巻きこまれ、殭屍(キョンシー)となってしまった。それでも最後まで、化け物になっても、自分の夢を諦めようとはしなかった。


 そして黒 虎明(ヘイ ハゥミン)は、その日のことを()い続けている。

 事件のあった前日、彼は発端(ほったん)となる者たちを見ていたのだ。けれど何もせず帰ってきてしまい……結果として、親友を亡くしてしまう。 

 それがずっと心に重くのしかかり、後先考えずに内戦への加入をしてしまったのだ。


「俺は、お前を見捨ててしまったようなものだ。だから俺は自棄糞(やけくそ)……八つ当たりのように、()族へと喧嘩(けんか)を吹っかけた」


 今思えば、なんとも幼稚な行動か。そう、元気なく笑う。


『…………』


 ふと、隣にいるそれが突然立ち上がった。かと思えば、彼の腕を引っぱって無理やり立たせる。

 彼は驚きつつも、何だよと問うた──瞬間、トンッと、軽く背中を押された。


 彼は少しだけ前のめりになるが、それを見つめることを忘れない。


『…………』 


 それは、静かに闇の向こう側を指差した。


「……戻れ。そう、言っているのか?」


『…………』


 それは何度も(うなず)く。


「……はは、お前は昔から真面目だったからな。本当に、頭が上がらん……ん? これは……」


 苦笑いをしている彼の元に、一輪の(あお)彼岸花(ひがんばな)が降ってきた。手に取れば、ほんのりと暖かい。


「そう、か。これは、あの少女の。もう、戻れという事か?」


 もう、ここにいられない。そう、悟った。

 後ろにいる友へと振り向き、真剣な面持ちになる。


「聞いてくれ雪明(シュミィン)、俺は決めたぞ」


『…………?』


 何をと言いたげなそれに、満面の笑顔を送った。そして両手を(そで)の中へと隠し、腕を前に出して軽く会釈を(えしゃく)する。


「──俺、黒 虎明(ヘイ ハゥミン)は、今から、()族と同盟(どうめい)を結ぶ事を(ちか)う。そして、お前をこんな目に合わせた……いや、違うな」


 自らの言葉に首をふり、正しい文言(もんごん)に変えた。


度重(たびかさ)なる、不可解な事件。それを解決するために()族と手を取り合い、進む事とする!」


 声高らかに。されど少しだけの(ふる)えを乗せ、宣言する。

 顔を上げ、細い瞳に(ほのお)(たぎ)らせた。組んでいた腕をほどき、(きびす)を返して闇の先へと歩く。


 その瞳に迷いなどない。あるのは決意と、友への(ちか)いだけだった。



『──最期に、おっかあと黒熱(ヘイリェ)に逢えてよかった』


 遠ざかる背後から、そんな声が聴こえた。それでも彼は振り向かず、まっすぐに前を歩み続ける。

 彼は微笑んだ。けれど……


 頬には一筋(ひとすじ)(しずく)が流れていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ