戦場に咲く花
何もかも、黄族が悪い。そう言われてしまっているような気がしたのだろう。
黄 沐阳は顔を真っ赤にして、黒 虎明へと食ってかかった。体格の違いや知名度、そして才能の差。それらなど気にする余裕もなく、彼は大剣を扱う男の胸ぐらを掴んだ。
「あれが爸爸だって!? ふざけるな!」
あんなのが尊敬する父であるはずがないと、言い切る。
「それに、こっちだって爸爸の行方がわかってないんだ! お前だけが、家族を失った不安に駈られてるわけじゃねーんだよ!」
「……何?」
黒 虎明は彼の手を叩き、どういうことだと問うた。
すると全 思風が仲裁し、説明を始める。
「──あの黄 茗泽は本物ではないだと? しかも、その本物は俺の大哥と同じく行方不明……」
どうやら、落ち着いて話し合えばわかる男のようだ。その場にドカッと座り、胡座をかいて頭を掻く。
「それに奪い合った末に手に入れた女をその手にかけた、だと?」
瞳を細め、大笑いした。膝を何度も叩き、涙が溜まるほどに笑い続ける。けれどすぐさま息を吐き、口をきつくしめた。
音もなく立ち上がり、大剣を握る。そしてあろうことか、そこにある台座を斬り始めたのだ。
「……ふざけた真似を! つまりは何か!? 俺たちは、親のくだらぬ争いに巻きこまれたというだけか!? それにまんまと引っかかった俺は部下たちを先導し、掟を破って人間たちを攻撃したと!?」
八つ当たりのように台座を壊していく。やがて疲れが出たのか、動きを止めて深呼吸をした。
「……そのへんについては、あんたが自分で決着をつける事をお勧めするよ。私には関係ない事だし……って、あれ?」
全 思風はその姿を見つめ、深くため息をつく。直後、黒 虎明がまくし立てるように放った言葉に、引っかかりを覚えた。
「さっきのあんたの口ぶりからすると、妓女の取り合いに黒族も関わってる、みたいになってるけど……」
子供じみた八つ当たりが終わったのならば、話の続きをしよう。彼は淡々と伝えた。
黒 虎明は振り向き、静かに頷く。
「あんた、本当に何も考えずに行動してたんだね? 呆れてものも言えないよ」
「面目ない。返す言葉もないとはな……」
全 思風ではなく、黄 沐阳を見て口述した。
「それよりも、さっき言ってた事なんだけど。あれは本当なのかい?」
「……? 何の事だ?」
黒 虎明は本気でわからないようで、首をかしげる。大剣を床に突き刺し、腕を組んだ。
全 思風は長く伸びた自身の三つ編みを背中へと戻し、彼の前に立つ。
「あんたさっき言ってよね? 親の争いに巻きこまれたって」
「うん? ああ、確かにそうだが」
それがどうしたのだと、男は両目を瞬かせた。
「私はこの建物の入り口で、昔の光景を見たんだ。ひとりの妓女を、ふたりの男が取り合っている光景をね」
ひとりは黄族の現当主である黄 茗泽、しかしもうひとりの男が誰なのか。どこかで見たことのある男、それしかわからなかったのだ。
しかし彼の言葉を聞いた瞬間、モヤモヤとしていた景色が晴れ、ほどけていた紐が繋がっていく。
「あんたの言葉を聞いて、ようやくわかった。黄 茗泽の妻英 李蘭。彼女を取り合っていたもうひとりの男は、あんたの父親だって事をね」
──どうりで見たことがあるわけだ。この男、黒 虎明に似ていたからね。
そのことを、さっと伝えた。
すると黒 虎明はそうかとだけ口にする。
「…………」
長く、重たい沈黙の時間が流れた。
全 思風自身、よく喋る方ではない。目の前にいる男、そして黄 沐阳とも仲がよいわけではなかった。むしろ、嫌ってすらいる。
それを顔には出さず体を方向転換し、部屋の隅へと進んだ。
そこには彼が唯一愛してやまない美しい子、華 閻李がいる。黄 沐阳から霊力を注いでもらったおかげか、動けるようにはなっていた。それでも立つことは難しいようで、座ったまま、ぼーとしている。
「小猫、もう大丈夫かい?」
台座側にいるふたりの男と話すときとは違い、声から優しさが溢れていた。
銀色の髪をもつ美しい少年の頬に触れ、体調と怪我の具合を確認する。
「うん、まだちょっとふらつくけど。大丈夫、かな?」
「そう。それはよかった」
子供の、細く輝く銀の髪を指に絡めた。そして横抱きにし、台座の側で会話すらしないふたりの元へと歩みよる。
それを見た黄 沐阳は、真っ先に子供の元へと駆けていった。子供を字で呼び、体調はどうかと心配する。
「大丈夫だよ。歩くのが辛いってだけだし」
華が咲いたような微笑みをした。
そのとき、台座の近くからカランっという音がする。
何事かと彼らは凝視した。見れば、そこには大剣が落ちている。大剣の持ち主は黒 虎明だ。そんな彼は、わなわなと体を震わせている。すると……
「──美しい」
片膝を折り、右手を自身の胸の前に置いた。強面な顔からは想像もできぬほどに柔らかい笑顔を浮かべる。心なしか頬が赤らんでいるようにも見えた。
全 思風は、何か嫌な予感を覚えていく。急いでこの場から離れようと、子供を横抱きにしながら足を早めた。
黒 虎明は両目を光らせ、高く飛んでふたりの前に着地する。そしてどこに隠していたのかもわからぬ白い花を取り出し、再び片膝をついた。花を全 思風……ではなく、その腕の中にいる美しい少年、華 閻李へと見せる。
「なんて可憐なんだ。花のように美しく、そして儚げ。これこそ……君こそ……」
花を美しき子供へと渡した。
少年はおずおずと受け取る。困惑した様子で「えっと……」と、小首をかしげた。
「ああ、その仕草すらも愛おしい。そんな君に、俺は……いや、私は……」
華 閻李の小さくて細い指を手を優しく握る。赤く染まった頬に似合わない見た目もなんのその。それすらも吹き飛ばすように、子供を見つめた。
「私、黒 虎明は、君に結婚を前提としたお付き合いを申しこむ!」
恋は盲目という言葉をそのまま背負った男は何度も「我爱你」と、愛の言葉を子供へと投げる。
そんな告白を聞いて、黙っていられないのが全 思風だ。彼は腰にかけてある剣の柄を握る。ミシミシと、剣が軋む音が聞こえた。
黄 沐阳が慌てて静止しようとするが、彼は額に血管を浮かび上がらせている。顔を引きつかせながら呪いのように「殺す」と、連呼していた。
話の中心にいる子供はわかっていないようで、きょとんとしている。けれど何かに気づいたのか、ふっと真剣な面持ちになった。
男の頬に手を伸ばす。
これには黒 虎明だけでなく、全 思風たちも驚いた。
彼らの驚愕など眼中にない華 閻李は、手を離す。そして全 思風に降ろしてほしいと伝えた。
「……心残りが、あるんだと思う」
中性的な声が部屋の中を巡る。袖から一本の枝を出し、それを黒 虎明へと見せる。
何の枝か聞かされないまま渡された男は少し戸惑っていた。けれど子供は男の困惑など無視し、大きく息を吸う。
両手を前に出し、女神と見間違う美しい微笑みをした。
根は記憶の始まり。
茎は道の途中。
花びらは完全なる想いの形。
不思議と耳に残る、そんな声と謳がこの場を包む。
瞬刻、足元が蒼白く発光し始めた。秒もたたぬうちに床から芽が飛びだし、やがて碧い花となる。
それらは床一面を覆いつくしていった。
「……これは……青い、彼岸花!?」
誰が発した言葉か。それすら気に止める人がいないほどに、目の前の光景は神秘的だった。




