明かされていく謎
黒 虎明は重たい口を開いていく。
友中関は黒と黄、互いの領土の中間にある。そこで働く兵たちはふたつの勢力から選ばれた者たちだった。どちらか一方が多くならぬよう、均等に両族から派遣させる。それが、この國が始まりし頃からの決まりごとであった。
しかし、互いの勢力がそれで手を取り合うというわけではない。度々いざこざが起き、そのたびに黒 虎明や爛 春犂などが出向いて仲裁していた。
「……うん? 何であんたや、あの爛 春犂なんだ? 黄 茗泽とか、親玉が出向く方が早くない?」
腰かけられそうなところへ適当に座り、全 思風は三つ編みを後ろへとはたく。穴が開くほどに眼前にいる男を注視した。
黒 虎明は瓦礫の上に座りながら、空を見上げる。いつの間にか灰を被った色になった雲と、遠くから聞こえてくる雷の音。それらにため息をつき、首を左右にふった。
「いや、あの場所は互いの族で二番目に偉い者が視察しに行くという決まりになっていた。兄上はおろか、黄族の長である黄 茗泽ですら関与してはならないとされているんだ」
皮肉にも、昔作られた決まりごとが今回の事件を引き起こす切っかけにもなってしまう。そして黒 虎明という男を暴走させる原因にもなってしまった。
男は両手を太股の上に置き、これでもかというほどに彼を睨む。
「……私を睨んだって、しょうがないじゃないか」
今にも殺しにかかる。そんな瞳を、全 思風は苦笑いで受け止めた。やれやれと肩をすくませ、話の続きを聞く。
「……友中関の殭屍事件。あれが起きる前日、あの関所に本来来る事のない者の姿があった。それが黄 茗泽、その人だ」
あの関所へ彼が訪れたことなど、一度たりともなかった。友の雪 潮健こと雪明からも、そのような話しは聞いたことがなかったと言う。
それがあの日……殭屍によって滅ぼされることとなる前日、彼は門下生たちを引き連れてやってきた。現れた黄族たちの話によれば、関所の札は古くなっているとのこと。それを全て、新しく取り替えるために訪れたそうだ。
「俺がちゃんと札を確認していれば……!」
仙人として、専門的な知識があるからこそ、札を調べなくてはいけなかったのだと悔やむ。声を荒げ、気迫だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
それでもなお怒りは収まらぬようで、唇をこれでもかと噛みしめている。
「──あんたがいたところで、何も変わらないと思うよ?」
「何!?」
全 思風は平然とした表情で、火に油を注いだ。とある確証をもち、容赦なく言葉で切り刻む。
当然男は怒り、額に血管を浮き上がらせていった。
「いや、だってそうだろ? あんた、札の知識あるの?」
「うぐっ!」
そう。この男黒 虎明は、頭で考えるよりも先に体が動く。いわば、脳筋だったのだ。もっと云うと、単純なのである。
──じゃなきゃこんな風に、仙人の力を使って一般市民を襲ったりはしないでしょ。仙人は人間の戦争に介入してはならない。これは、禿王朝ができた時代よりも遥か昔から言われてること。それを破ってまでこんなことしたんだ。頭に血がのぼっていたとはいえ、後先考えなさすぎだ。
そして止めの一撃として、ある物を指差す。
「札の知識なきゃ、あの場にいたって何もできやしないよ。ましてや気づかないままだろうしね。それよりも、それ……」
指で示したのは、男が持つ鳥籠である。
「その鳥籠、何なわけ? あまりよくない物のように思うけど。どうせ大方、便利だから~とか丸めこまれて渡されたんだろうけどさ」
「……ぐっ!」
どうやら図星のようだ。体を縮こませ、そっぽを向く。そのまま無言で鳥籠を地へと置いた。すすすっと、どうぞといわんばかりに彼の元へと鳥籠を押す。
全 思風はあきれながらも、遠慮なく鳥籠を手に取った。
一見すると鉄でできた、どこにでもある鳥籠のよう。
けれど彼の目には視えていたのだ。鳥籠の中に居座りながら、邪悪な焔を携えた朱色の羽毛をもつ鳥の姿が。
「──朱雀」
ぼそり。何気なく、呟く。
すると彼の呟きに反応した黒 虎明が、勢いよく立ち上がった。
「貴様、なぜ、それを……それが何なのか知っているのか!?」
不貞腐れていたのが嘘のように機敏に動き、全 思風の目を大きく見開かせる。とうの本人はそんなことはわからないようで、鳥籠について質問攻めをしていた。
「わかるっていうか……鳥の姿をしたやつが視えるんだよね。ただ、私の知ってる朱雀の焔は、こんなに黒くはなかったはず。もっと明るい橙色だったはずだ」
自らの手に黒い焔を纏わせ、鳥籠を触る。
瞬間、鳥籠は異常なまでの金切り声をあげた。ガタガタとひとりでに動きだし、最後には鳥のピーというかん高い鳴き声を生む。
しばらくすると鳥籠が、一羽の鳥へと変化した。けれどそれは一瞬のこと。次の瞬間には鳥籠ごと、焼け焦げる音とともに姿形をなくした。
全 思風は当たり前のようにそれを見届ける。
黒 虎明は何が起きたのか。それすらわからないといった様子で、口を開けては両目をぱちくりさせていた。
「それで黒 虎明、あれは、誰から貰ったのさ?」
「…………え、ああ、えっと……」
あり得ないものを目の当たりにした男は、豪快さを消して大人しくなっている。質問されても上の空で、体格に似合わずな、しどろもどろ状態だった。
けれど長年の経験が染みついた体は、無意識に落ち着きを取り戻す。ふうーと深く深呼吸をし、直前までの驚愕などなかったかのように振る舞っていた。強い咳払いをし、背筋を伸ばす。
「玉 紅明だ。あの女が、俺にこの宝具を使えと、渡してきたんだ」
鳥籠について、それ以上のことは知らないと首を左右に動かした。
「玉 紅明って確か、皇后だよね? でもその女は、死んだって聞いたけど?」
「……? 誰に聞いたのかは知らんが、あの女は生きているぞ」
お互いの見解に食い違いがある。それが、ふたりに疑問を持たせていった。
──どういうことだ? 爛 春犂の調べでは、女は死んでるって。だから側室の女たちが皇后の座を狙って争っているんじゃないのか?
どうにも引っかかりを覚える。そう口にしようとしたとき、懐へと大事にしまっていた彼岸花が淡く光った。
「……っ!? これはまさか……小猫が危ない!」
大切な子の身に何かが起きた。それを考えるだけでも焦りが生まれ、冷静でいられなくなる。
ざっと腰をあげ、目にも止まらぬ速さで上空への階段を作り上げていった。
黒 虎明という、話を聞く必要があった男のことなど、すでに眼中にはない。あるのは大切な子供、華 閻李の元へと一刻も早く駆けつけることだけであった。




