情報を求めて
太陽が真上に差し掛かった頃、華 閻李は眠りから覚めていた。
うーんと上半身だけを伸ばし、少し体をひねる。
「はあ、よく寝た。って、もうお昼……なのかな?」
お腹の虫がぐるぐる鳴った。お世辞にも肉づきがいいとは言えない薄いお腹を撫でる。
ふと、自身にかけられた布に気づいた。これは誰のだろうかと小首をかしげ、大きな瞳をまん丸にさせる。
そんな子供の細く長い銀の髪は太陽の光を浴び、とても美しい。髪を耳にかける仕草には儚さがあり、陽の光が彼の見目麗しさを引きたてていた。
「この服は思……じゃ、ないよね?」
見覚えのある服だった。
上は白で下にいくにつれて黄色くなっていく、特徴ある服である。これは黄族のものだった。
「あれ? もしかしてこれ、先生の?」
先生がかけてくれたのだろうか。
周囲を見渡す。しかしそこには爛 春犂はおろか、優しい青年の全 思風すら見かけなかった。
唯一いるのは、二匹の獣である。
一匹は白い毛並みに黒の縦じま模様が入った、仔猫のような見目をした白虎だ。もう一匹は躑躅と名づけた蝙蝠である。
どちらもかわいらしい姿で、一緒に丸くなって寝ていた。
華 閻李は、無防備な二匹を軽く撫でる。
「ふふ、どっちも可愛いなあ」
体毛の少ない蝙蝠は存外ツルツルとしていた。白虎の方は、もふもふとしていてとても暖かい。
「あ、そういえば……仔猫君の名前、考えないとなあ」
ずっと仔猫ではしまらないうえに、他人行儀のようだ。華 閻李は腕組みをしながら考える。そのとき……
「──小猫、目が覚めたんだね?」
建物の奥から、見知った二人が姿を見せた。
一人は優しい青年の全 思風である。彼は関所付近まで乗ってきた荷馬車を曳きながら、馬とともにやってきた。
もう一人は威厳すら感じる顔立ちの、爛 春犂である。こちらはいつもの漢服を着ておらず、白い下地姿であった。
全 思風は子供の姿を見るなり、馬を曳く手綱を爛 春犂へと預ける。
一目散に駆けより、子供を横抱きにした。
「ふふ、よく眠れたかい? さあ、そろそろ出発しようか」
「……え? あ、うん」
寝ている間にことが進んでいたようである。そのことに驚きながらも、華 閻李は彼の成すがままに身を預けた。
全 思風は荷車の扉を開け、ゆっくりと中へと入る。子供を床へとおろし、前方にいる馬を注視した。
するとそこには手綱を曳く、爛 春犂の後ろ姿がある。
華 閻李は慌てて彼に漢服を返そうと腰を浮かせる。けれど馬車が動きだしてしまったため、泣く泣く座るしかなかった。
──先生、寒くないのかな?
爛 春犂の漢服をきれいに畳む。
ふと、少しだけ体が傾いた。どうやら荷馬車が動き出したようで、馬の鳴き声とともに走る音が聞こえる。
「小猫、お腹空いてないかい?」
そのとき、三つ編みが視界を遮った。三つ編みの正体は全 思風である。がさごそと、袖の中からサンザシ飴やごま団子などを取り出していた。
あっという間に食べ物の山ができあがる。
どうやって入れていたのか。それを気にしつつ、華 閻李は眼前に積まれている食べ物たちへと手を伸ばした。それらはものの数分で全てなくなる。
それでも華 閻李はまだ足りないと、彼に食べ物を求めた。
全 思風は「くっ! 読みが甘かった!」と、悔やんでいるよう。
そんな和やかな雰囲気の車内は、ゆっくりと外の景色を映していた。
木製の窓を開けた先には、美しい蒼の空が広がっている。雲はゆっくりと動き、太陽はいつまでたっても隠れることはなかった。
鳶の鳴き声から始まり、見知らぬ鳥たちが大空を優雅に飛び続けている。
空に負けぬのは広大な山々だ。緑溢れる山をはじめ、黄色や赤に染まっている部分もある。高い位置には霧がかかっており、どこまでが頂上なのか。それはわからなかった。
無理やり作られたような砂利道の両脇には、雑草が生い茂っている。家屋はないが畑はあり、野生のうさぎや猫が作物に悪戯をしていた。
そんな畑の反対側には運河が流れている。向こう岸まで泳ぐのは難しそうなほどに大きな運河だ。水面は太陽の光を受けて輝き、ときおり魚が跳ねる。
「あ、この運河って確か、京杭大運河って名前なんだよね?」
興味津々に問うた。
ふふと軽く微笑む全 思風は、一緒に外を眺める。
「うん、そうみたいだね。ここは京城と杭西を結ぶ運河だからね」
「京城ってどんなところなの?」
子供は好奇心を瞳で表した。
「……さあ? 私も行った事ないから詳しくは知らないかな。でも確か、皇帝一族の墓がある町って話だよ。ついでに言うと杭西は、友中関のあの兵の故郷にあたるらしい」
小猫が寝ている間に調べておいたんだと、微笑む。
華 閻李は何も答えはしない。寂しそうに瞳を伏せ、彼の袖の先っぽを摘まんだ。
「……僕、杭西に行きたい。そして、あの人のお母さんにしっかりと伝えたいんだ」
余計なお世話かもしれない。息子の死の知らせを運んでくる者たちなど消えろと、睨まれるかもしれないだろう。それでも伝えておかなきゃいけないと思える何かが、華 閻李の見た夢の中にはあった。
「大丈夫だよ小猫、そういうと思ったからね。今私たちはそこに向かっている」
だから心配しないでと、大きな手が子供の頭の上に優しく乗る。
華 閻李は涙をこらえ、ありがとうと口にした。
「……あのね小猫、お話聞いてくれるかい?」
華 閻李が寝ている間に集めた情報を全て話す。
現皇帝である魏 宇沢をはじめ、四夫人など。白き一族たちすらも事件の中枢に関わっている可能性が高いということまで。大半が証拠がないものであったが、それでも怪しい何かはあるのだと告げた。
「私たちが最終的に目指すのは王都だ。だけどそこに至るまでに、たくさんの証拠を集める必要がある」
寄り道覚悟の旅になるよと、子供を膝の上に乗せる。
「そのためには魏 宇沢……いいや。皇帝たちに関わりがある場所を回らなきゃならないんだ。それでいいかな?」
華 閻李の頭の上に顎を乗せ、これでもかというほどにグリグリした。
「……うん! それでいいよ。今まで見てきた町や村に、必ずと言っていいほどに白い人たちの影があったんだ。ほっとけないよ」
見過ごせないのではなく、見てみぬふりはできないと断言する。
そんな子供の瞳は揺れることがなく、ただ、ひたすら前だけを見つめていた。




