表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/154

王として

 翌朝、逃げのびた人々の行方を探していた爛 春犂(ばく しゅんれい)友中関(ゆうちゅうかん)に戻ってきた。


 

「──そうか。そのような事があったのか。なるほどな」


 合点がいったと、(ほのお)を前にして(うなず)く。泣きやまぬ子供の頭に手を乗せ、頬に伝う雫を布で()いた。

 華 閻李(ホゥア イェンリー)はびっくりして顔をあげる。けれど全 思風(チュアン スーファン)が子供への独占欲を(あらわ)にしながら、眼前の男を睨んだ。


「気安く小猫(シャオマオ)に触れないでもらえるかな? この子は私のなんだから」


 恥ずかしげもなく告げる言葉とともに、(かな)しみに暮れる子供の肩を抱く。

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は涙を(こら)えては、再び泣いた。彼に優しく抱きよせられながら、嗚咽(おえつ)()らす。


「……全 思風(チュアン スーファン)殿、あなたはどうしてそう……ああ、もうよい」


 あきれしか思いつかないらしく、背中を曲げてはあきれを含む嘆息(たんそく)をした。




 そんな彼らは関所(せきしょ)の中区で、三人揃って(まき)()いている。革鎧(かわよろい)を着ていた男をあの世へと送り届けるため、静かに(ほのお)を眺めていた。

 バチバチと音をたて、(ほのお)は空高く煙を巻き上げる。数えきれぬほどの紙銭(かみせん)が、別れのときを惜しむように舞った。


「で? 何か成果はあったわけ?」


 紙銭(かみせん)を眺めながら、全 思風(チュアン スーファン)喧嘩腰(けんかごし)に問う。抱きよせていた子供を両腕でギュッとし、暖かさを味わった。華 閻李(ホゥア イェンリー)の頭を、(あご)でぐりぐりとする。

 子供に全力で甘えながらも、視線は目の前の男に向けられていた。


「……うむ。成果はあった。ここから数公里(こうり)離れたところに、小さな集落がある。そこに避難(ひなん)しておったよ」


 数名ではあったものの、生き証人がいる。それだけでも事件の手がかりになるのではと、爛 春犂(ばく しゅんれい)は物語った。


 全 思風(チュアン スーファン)は一度子供を離し、彼へと視線を走らせる。


「生き証人ねえ。確かに何か答えてくれたら嬉しいけどさ……誰が、この事態を引き起こしたのかは知らないんじゃないの?」


 意味ないよね? と、嫌味(いやみ)たらたらにほくそ笑んだ。

 

 爛 春犂(ばく しゅんれい)の眉はピクリと動く。(ひたい)に血管を浮かび上がらせ、これでもかというほどに彼と距離を縮めた。


 全 思風(チュアン スーファン)は自身よりも少し低い伸長の男を見下ろし、両目に嫌味を乗せる。人を食ったような笑みを片口を上げ、にまりとした。鼻で笑いながら爛 春犂(ばく しゅんれい)挑発(ちょうはつ)する。

 

「あんた、何のために探しに行ったのさ? あーあ、本当に仙人たちは無能の集まりだよね?」

 

「……なに?」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)の血圧が上がってしまうのではないか。そう思えるぐらいには、表情が(こわ)ばっていた。


「まあ、君たち仙人が役にたたないのは、今に始まった事じゃないけどね」

 

 まるで、それを見てきたかのような口振りである。そんな彼の怒涛(どとう)と名のつく()り声は、さらに加速していった。

 しまいには、あーでもないこーでもないと、沸点(ふってん)の低さすら(うかが)える言葉で攻めたてていく。


 それに乗せられた爛 春犂(ばく しゅんれい)は、ついついカッとなってしまった。怒りに身を任せながら全 思風(チュアン スーファン)の足を()みつける。

 当然、全 思風(チュアン スーファン)は足に痛みを(ともな)った。声にならぬ声で、その場で飛びはねる。しばらくすると直近(ちょっきん)にいる彼を睨んだ。


「何て事するのさ!? 子供か、あんたは!?」


全 思風(チュアン スーファン)殿が、先に挑発したではないか!」


「はあ!? 当たり前の事、言っただけでしょうが!」


「一言余計だというのに気づかぬとは……いやはや、それで大人とはあきれる」 


「……あんたの曲がった根性ほどじゃないよ」


 ふたりは本題そっちのけで乾いた笑いをする。しまいには互いの手を掴み、取っ組み合いを始めてしまった。

 馬鹿や阿呆(あほう)といった直接的な物言いはない。けれどそれに近いものが、何個もこの場を飛び交う。




 そんなふたりの横で、風に(なび)く銀の髪をした子供がいた。大きなあくびをし、足元にいる仔猫を抱く。

 夜更(よふ)かしが体に(たた)ったのだろう。うつらうつらと、立っているのがやっとな状態になっていた。

 それにいち早く気づいたのは他ならぬ全 思風(チュアン スーファン)である。彼は爛 春犂(ばく しゅんれい)(いじ)りをやめ、急いで子供を横抱きにした。

 

 子供を見れば、大きな目がとろんとしてしまっている。閉じかけの(まぶた)とともに首までもがうつら、うつら、としていた。


「……ああ、ごめんね小猫(シャオマオ)、私が側についていてあげるから、ゆっくりとお休み」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)対峙(たいじ)するときと正反対な、優しい声音(こわね)(ひび)かせる。

 大切な子供を(いたわ)り、(いつく)しむ。それを惜しげもなく(さら)けだし、ふふっと微笑した。


 数秒もたたぬ内に、子供からは規則正しい寝息が聞こえてくる。

 比較的汚れが少ない場所を選び、そこに寝かせた。連れている仔猫こと白虎(びゃっこ)の首根っこを(つか)み、一緒に寝てあげてほしいと白い獣へ頼む。

 白虎(びゃっこ)は眠る子供の枕として、自らの身を差しだした。


 ──私の服を掛け布団にしたかったけど、微妙に()れてるんだよね。そんなのかけてしまったら小猫(シャオマオ)が風邪をひくし、気持ち悪さで起きてしまう。


 何をしても華 閻李(ホゥア イェンリー)優先な彼であったが、今回ばかりは水を吸った服を渡すことができなかった。それを()やみつつ、爛 春犂(ばく しゅんれい)へと向き直る。


「──爛 春犂(ばく しゅんれい)。あんたが掴んで来た情報、他にもあるんだろう?」 


 自信に満ちた笑みを表情とし、挑発的(ちょうはつてき)なまでに相手を試した。それは(にく)らしいほどの微笑みである。


 爛 春犂(ばく しゅんれい)は驚いた様子で両目を丸くした。彼の言動につられてか、反射的に口角(こうかく)を上げる。


「いやはや、お見それ致した。さすがは冥界(めいかい)の王だ」


 お手本のような、きれいなお辞儀(おじぎ)をした。次の瞬間──疾走(しっそう)を加えた動きで剣を抜く。


 敵意か。それとも、違う何かか……


 そのどちらともとれる瞳で、全 思風(チュアン スーファン)へと剣を振り下ろた。


 けれど全 思風(チュアン スーファン)は逃げることをせず、見透かす眼差しをまっすぐ送る。

 直後、男の剣は眼前でピタリと止まった。爛 春犂(ばく しゅんれい)自ら、剣を止めたのだ。


「……なぜ、()けない?」 


 片手に剣、もう一方では札を手にしている。札からは、(わず)かに静電気のようなものがでていた。


 全 思風(チュアン スーファン)は少しだけ乱れた三つ編みを見、差し迫る男へと視線を走らせる。首を左右にふってため息をつき、はははと小さく笑った。


「いや、だってあんた。私を殺す気、なかっだろう? あんたの本気がいかほどかは知らないけど、動きがあまりにも遅かったからね」


 これは信頼という言葉ではない。確信という、ただの自信に満ちた発言といえた。

 

 今度は、爛 春犂(ばく しゅんれい)がため息を吐く番となる。怒りもしなければ笑くことすらない。

 すっと力を抜き、剣をしまった。バチバチという小さな音を鳴らす札をぐしゃり。握り(つぶ)した後に破り捨てた。

 背筋を伸ばし、彼へと頭を下げる。


「まずは、あなたへ(やいば)を向けてしまった事。それを()びます」


 丁寧(ていねい)、それでいて洗練(せんれん)された(しゃく)だ。


 全 思風(チュアン スーファン)は気にしていないと言い、彼の肩へ手を置く。


「それで? 教えてくれないかい? 私を冥界(めいかい)の王と知りながら、何であんな事したのさ?」


 理由がしりたいなと、眠っている華 閻李(ホゥア イェンリー)の隣に腰をおろした。子供の安らかな寝息に頬を(ゆる)ませ、爛 春犂(ばく しゅんれい)という男を凝視(ぎょうし)する。


「……この(くに)は、先代王の魏 曹丕(ウェイ ソウヒ)様が(まつりごと)を行うまではよかった。しかし皇帝(こうてい)が息子へと代わり、何もかもがよくない方向へと進んでいる」


「息子って確か、魏 宇沢(ウェイ ズーヅァ)だっけ?」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)は静かに(うなず)いた。


「そうだ。魏 宇沢(ウェイ ズーヅァ)様だ。しかし彼は、(まつりごと)を自身で行う事をしない。それどころか、他者に全て任せている状態だ」

 

「……父親が偉大(いだい)すぎて、息子が(かす)んでるって聞いたねえ」


 情けないなあと、ここにはいない魏 宇沢(ウェイ ズーヅァ)という者について残念がる。けれどそんな人は普通にいるのではないかと、彼へ問うた。


 爛 春犂(ばく しゅんれい)は自身の上着を()ぎ、近くで眠る子供へとそっとかける。白い服だけになった彼は、存外筋肉質だとわかるほどに体格がよかった。


「──どうにも今回の事件の裏には、皇族(こうぞく)が関わっているようでな。逃げ(にげ)びた者たちに聞いたところ……魏 宇沢(ウェイ ズーヅァ)様の名があがった」


 言いにくそうにしながらも、ゆっくりと言葉を(つむ)ぐ。

 その発言に、全 思風(チュアン スーファン)の眉がピクリと動いた。細くしめられた両目は(するど)くなる。黒い瞳は徐々(じょじょ)(あか)へと染まっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ