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「夢現再生術は、感受性の高い子供が覚えやすい術だ。もっとも、閻李のように修行すらしておらぬ者が習得できるほど、容易くはないがな」
それを何の苦労もなく習得してしまった華 閻李は、術師として優秀な才能を秘めているのだろう。
爛 春犂の口から語られたのは純粋な喜びであった。
「……さて。閻李の見たそれを確実にするために、私たちは動かねばならん。それに、どうにも気がかりな事もあるのでな」
彼らがやることは以下の通りである。
この関所、友中関で起きた事件の真相。
華 閻李の見た夢を元にするならば、生き残りがいるはず。その彼ら、彼女たちの行方を探すこと。
そしてもうひとつと、人差し指を立てた。
「この扉を死守していた兵士。彼はどこに行ったのか……だ」
扉の前で自らの喉を貫いたとなれば、即死だったのだろう。しかし肝心の扉の前には誰もいなかった。
争った跡はあり、たくさんの血痕が飛び散っている様子も見受けられる。札はたくさん落ちているため、最後の力で破いたとされるものを探すのは困難であった。
「……確かに、言われてみるとそうだな。だけど小猫が嘘をつくなんて絶対にないし」
清々しいほどの言い切りっぷりである。
全 思風のなかで華 閻李という少年は、絶対的な存在だ。子供が白だと言えば、例え黒でもそう信じるのだろう。
それほどまでに彼は華 閻李を想い、神のように扱っていた。
爛 春犂は心底嫌そうなため息をつき、華 閻李は苦く笑っている。
「ともかく! 私は、逃げ延びた者たちの足取りを追うつもりだ。閻李、お前たちはどうする?」
あきれとはこのことかと、爛 春犂はこめかみを押さえながら提案をした。
華 閻李と全 思風は互いに顔を見合い、首を縦に動かす。
全 思風は子供の肩を抱きよせ、勝ち誇った笑みを浮かべた。そしてしっしっと、虫でも払うような素振りで爛 春犂を嘲笑う。
「云われるまでもない。これから小猫とふたりっきりの逢瀬を楽しむんだ」
眼前にいる、威厳を表情に乗せた男を追い払おうとした。
華 閻李をぎゅうと抱きしめ、子供特有の暖かさを味わう。仄かに香るのは、清潔な薔薇か。それとも華 閻李という存在そのものなのか。
全 思風の頬はいつになく、だらしがないほどに緩みきっていた。
「ここがどんな場所にせよ、何か起きたかわからずとも、私がいれば安心さ」
妙な自信を放つ。
瞬間、彼の瞳は見事なまでに深紅へと塗り潰されていた。野心家のように鋭い眼差しで、爛 春犂を見入る。
「……わかった。好きにしなさい」
根負けしたわけではないのだろう。あきれたため息をついていることから、相手にするだけ時間の無駄だと悟ったのかもしれない。
睨むでもなく踵を返し、扉を開けた。そして華 閻李に鈴を渡し、部屋を出ていく。
「それが鳴れば、私の方での調査が終わりという合図になる。その時は互いに見つけた情報を交換し、ひとつずつ照らし合わせていこう」
ふたりへ振り向くことなく、階段を降りて関所から姿を消した。
爛 春犂の意図を汲み取るかのように、華 閻李は頭を下げた。
ふたりだけになった部屋はとても静かである。それでも彼らは各々が何をすべきかを知っていた。
互いが持ちうる情報を元に、ここで起きた事件の真相に繋げんとする。
「ここで僕らがやらなければならないのは、扉を守っていたはずの兵。そして何が原因で、こうなったのか」
前半についてはおおよその検討がつくらしく、華 閻李はしたり顔だ。細くて白い指をふりふりさせ、椅子に座る。
全 思風はそんな子供の真正面に腰かけ、にっこりと微笑んだ。
「うん、小猫の言いたい事はわかるよ。この、途中で欠けた札が原因だと思う。これが血晶石の代わりをしていたんだろうね」
机の上に一枚の札を置く。それは先ほどから話題にでている札そのもので、やはり模様が途切れていた。こつんと、指先で紙に触れる。
「おそらくこれが、血晶石の役割をしていたんだろうね。それに……」
札を嗅いだ。そこからするのは墨ではなく、もっと鼻をつつくような匂いである。
「この札、多分血で描かれてるよ」
「え!?」
子供の驚き様をよそに、彼は淡々と伝えた。
「よーく考えてみてよ。いくら陰と陽が反転したとしても、それだけで殭屍が集まるとは考えにくい」
殭屍という存在は、妖怪の中でも非常に厄介とされている。それは人間という、業の深い、感情の塊に他ならないからだ。
魂は砕け散ってしまっていても、生身の体は残り続ける。例えそれが殭屍としての器でしかなかったとしても、強い邪念として動くのだ。
「だからこそ殭屍は、仙道がもっともやりにくい相手とも云われているんだ。そんな奴らが普通の力しか持たない札に呼び寄せられるとは、どうしても思えないんだ」
そこで考えられるのが、札の効力を極限まで引き上げる方法である。方法については明白で、たったひとつしかなかった。
「……血晶石」
華 閻李の呟きは彼に届く。
全 思風は肯定し、札を軽く小突いた。
「確かに思の言う通りかもしれない。それに思ったんだ。この関所にある札全てを合わせれば、血晶石の上位術である血命陣が作れるんじゃないかって」
「……ああ、なるほどね。確かにそれなら、札全てを反転させた事への理由に説明がつくね」
いくら血晶石を札にこめていたとしても、関所や周辺の地域を巻きこむだけの効力はないのだろう。
しかし華 閻李の言うように一枚一枚の札がひとつの場所に集まることで、血命陣と同じ効力を持つものに変化する可能性があった。
「……ねえ小猫、この関所にいる兵たちは黄族と黒族だった。よね?」
札から視線を離す。
まっすぐ華 閻李を見つめた。
「うん、そうだよ。黒い房のついた武器を持っているのが黒族。黄色の房は黄族だって、さっき先生に教えてもらったよ」
長く美しい銀の髪を揺らす。どうしたのかと小首を傾げる姿は非常にかわいらしかった。
全 思風は子供を抱きしめたいという気持ちを胸にしまい、腕を組む。
「……もしかしら、どちらでもない者が紛れこんでいたんじゃないかな? これはあくまでも私の勘だけど……」
形のよい唇が動いた。端麗な見目を崩すことなく、彼は言葉を紡いでいく。
「間者がいたと考えるべきなのかもしれない」
そうでなければ説明がつかないと、細い瞳を朱く光らせた、




