友中関《ゆうちゅうかん》
黄族と黒族が治める地区の境にある関所、友中関。
そこは普段から結果が張ってあり、殭屍や妖怪といった陰の気を持つ存在を弾いていた。それは周辺地域にも効果があり、全 思風たちが野宿をしていた場所にまで及んでいる……
はず。で、あった──
山のように重なっている骸からは大量の出血が見られる。兵として日々を過ごしていたのか、茶色で簡素な鎧を着ている者たちばかりだった。
なかには旅人らしき者たちもいるが、彼らもまた兵たちと同様に死している。
「……これは、全員死んでいるようだね」
腰を曲げた全 思風が、近くにいる死体を確認した。
どの遺体も、体のどこかに噛みつかれたような跡がある。
「多分、何らかの理由でここに殭屍が現れたんだろうね。それが一気に広まり、屍の山となった」
可能性として妥当だろうと、爛 春犂に語りかけた。
文句を言えるほどの情報がない今、爛 春犂は軽く頷く以外の方法がなかったのだろう。眉を寄せ、両目を細めた。
血まみれの兵を仰向けにし、噛み跡を確認する。死した兵の開かれた両瞼に手を伸ばし、そっと閉じさせた。
「……この者は、首に噛みつかれた痕跡があるな。……しかし謎だ」
全 思風と爛 春犂は関所にいる死体たちを一ヶ所に集める。
爛 春犂が札を取り出し、山積みされた死体へと投げた。すると札は空中で焔へと変わり、屍たちを燃やしていく。
焔から出た煙が空高く昇っていった。それを見つめながら、二人は関所の検問を開始する。
「──それで? 何が謎なわけ?」
「いくつか不思議に思う事がある。一つは、この関所がなぜ襲われたのか。いや、この場合は、結界がどうして効力をなくしたのか。そっちの方が解明しやすいのだろう」
建物を凝視すれば、争ったような跡があった。
壁はボロボロになり、触っただけでも崩れてしまう。整備されていたであろう地面は槍や剣などの武器で削りとられたり、刺さってすらいた。
全 思風は腰に両手を置き、それらを眺める。
「で!? 何が気になるのさ?」
何度目かの質問に業を煮やした全 思風は苛立ちとともに、地面に刺さった槍を投げ捨てた。
いつの間にか少し離れた場所に移動している爛 春犂へ、怒り半分な態度で問う。
「……ここにいる者たちは皆、殭屍に噛まれている。しかし彼らは殭屍になる事はなく、息絶えてしまっている」
殭屍は死者がなるもの。噛まれれば有無を言わさずに、生者であっても瞬時に殭屍へと変貌をする。
しかしここにいる者たちは噛まれたにも関わらず、殭屍になることがないままだ。これは異常とも言え、今までの殭屍化に対する常識を覆さえかねない出来事である。
「……ああ、確かにね。それに見たところ、血晶石を埋めこまれているわけでもないよね? まあ私には関係ない事だし。ここの調査はあんたに任せるよ。私は小猫と戻って……って、あれ? 小猫ーー!?」
周囲を見渡し、華 閻李の姿を探した。すると子供は、門の上にある三階の窓から顔を出している。全 思風たちを見つけるなり手を振っていた。
「……い、いつの間に。って、小猫! 勝手に一人で行動したら危ないでしょ!?」
「一人じゃないよ? ほら!」
ああ言えばこう言うを体現し、仔猫の姿をした白虎を窓から見せる。白い毛並みの白虎はかわいらしく鳴き、尻尾をふっていた。
「それより二人とも、ちょっとこっちに来てよ!」
頭の上に蝙蝠の躑躅を乗せ、笑顔をふり撒く。
全 思風はそんな子供に弱いため、ため息だけで終わらせた。渋々と、爛 春犂と一緒に華 閻李の元へと向かう。
「もう、小猫! 勝手に動いたら駄目でしょうが!」
三階に登った瞬間、全 思風は華 閻李を抱きしめにかかった。口では怒っていても行動が甘やかしている以上、全く説得力がない。
本人もそれがわかっているため「あー、私は小猫には甘いなあ」と、苦笑いした。抱きしめていた腕をほどき、華 閻李の美しい銀髪に指を絡ませる。そのまま軽く唇を近づけ、髪に優しい口づけをした。
華 閻李に慈しむ眼差しを送る。
華 閻李は彼の成すがままに、大きな手を静かに撫でた。
「──おい。私はいったい、何を見せられている?」
すぐに二人だけの世界に入る彼らへ、爛 春犂の雷が落ちる。何度も咳払いをし、額に青筋をたてながら睨んだ。
華 閻李は慌ててごめんなさいと謝罪する。しかし全 思風は彼の意見を無視し、ひたすら華 閻李を構いたてた。爛 春犂へあかんべーをし、ぐりぐりと顔を子供の髪へと押しつける。
「……うおっほん! それで閻李、何を見つけたのだ?」
つき合っていられるかと怒り心頭に、二人を引き剥がした。
華 閻李は気を取りなおして、靴音を響かせる。
部屋の中は外装と同じ灰色の壁になっており、触るとひんやりとした冷たい感触があった。部屋の中央には数人で使うような机があるが、それ以外は何もないという質素な場所である。
そんな部屋の奥にある壁を指差した。そこには一枚の剥がれかけの札が貼られている。
「……これは札、か? いやしかし、何か違和感があるな」
爛 春犂はまじまじと札を眺めた。
札に術を発動させるために必要な文字、そして紋様が描かれている。しかし特段おかしなものではないのか、首を捻っていた。
「……? 特におかしな部分は……」
「先生、もっとよく見てください。ほら、ここ」
札の右角を示す。
「……ん? これ、は……何だこれは? 私の知っている紋様とは違うような?」
注視すれば、紋様の一部に僅かな切れ目があった。
札は一文字たりとも間違えてはならない。紋様だろうと文字であろうと、全て一発で書かねばならなかった。そうしなければ効力を持てないからである。
この札のように途中で切れたものを使った場合、赤子よりも弱く、蟻にすら勝てないほどと言われていた。平たく言うならば、何の役にもたたないただの紙と化す。で、あった。
「なぜ、このような役たたずな紙を札として貼っているのだ?」
部屋の中を見渡せば、四つ角に同じものが貼りつけられている。
「……閻李、この札は他にもあるのか?」
「僕は先生たちが死者を送っている間、一通りこの関所を見て回りました」
三人は話をしながら部屋を出た。
しばらくして関所の門の内側へと到着する。そこには紋様が途切れた札があった。それもご丁寧に、何十枚にも及ぶ。
「ねえ小猫、その札には何があるの? 文字とかが途切れてるだけでしょ?」
専門外のことのようで、珍しく全 思風は蚊帳の外になっていた。それをよしとしない彼は、是が非でも会話の中に自身の存在を捩こませる。
華 閻李はそんな彼に嫌な顔ひとつしなかった。背伸びし、不貞腐れ気味な全 思風の頭を撫でる。
「あのね? 紙が破れてたり、文字とかが途切れてるのは効力を発揮しない。だけど実際はそうじゃないんだ」
「うん? えっと……どういう意味、かな?」
これには全 思風だけでなく 爛 春犂までもが注目した。二人は驚いた様子で華 閻李の話に聞き入る。
「確かに効力は発揮しなくなる。でもそれは表の力であって、裏ではないんだ」
札が持つ力は陽である。札に何かしらの悪戯をすればその力がなくなくなってしまう。しかしそれは陽の部分が、であった。
「陽の部分が消え去れば、出てくるのは陰だ。だからこの札は陰へと向けられてしまう」
華 閻李の説明に、二人はしばしの間物思いに耽る。やがて……
「反転か!」
「反転だね!」
全 思風と爛 春犂は、声を合わせて口述した。
それでも仲良くというわけにはいかないようで、二人は互いを睨み合ってはそっぽを向く。
華 閻李は大人二人に苦笑いをし、札を手にした。
「……それで思ったんだけど、こういうのは意図してないと出来ないんじゃないかな?」
人形のような整った顔を、ことっと、左に傾ける。
この関所で起きた事件。それは意図的に仕組まれたものではないだろうか。
華 閻李は、そう告げた。




