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 ガラガラと、三人を乗せた馬車が砂利道を進む。


 全 思風(チュアン スーファン)手綱(たずな)()き、馬を走らせていた。その後ろにある荷の部屋では、華 閻李(ホゥア イェンリー)爛 春犂(ばく しゅんれい)の二人がいる。

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は膝の上に白い仔猫こと白虎(びゃっこ)、頭の上に蝙蝠(こうもり)躑躅(ツツジ)を乗せていた。


 二匹のかわいい動物に囲まれて喜ぶ華 閻李(ホゥア イェンリー)をよそに、爛 春犂(ばく しゅんれい)(いぶか)しげな目をしている。

 彼の視線に気づいた華 閻李(ホゥア イェンリー)はどうしたのかと聞いた。


「……閻李(イェンリー)、これから敵対する者との戦いは激しくなるだろう。そうなった場合、お前はどう対処する? 一人でも立ち向かえる強さを身につけねば、話にならぬぞ?」


 全 思風(チュアン スーファン)という最強の王がついている以上、何かしらの心配は要らぬだろう。しかし全 思風(チュアン スーファン)という男に頼り、自身では何もしないのか。そんな、おんぶにだっこな状態のままでは荷物にしかならなかった。


 厳しもくあり、それでいて華 閻李(ホゥア イェンリー)の行く末を見守る。

 彼の言葉の端々(はしばし)からは華 閻李(ホゥア イェンリー)を子供としてではなく、一人の仙道(せんどう)として扱っているということが(うかが)えた。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は動物(いじ)りをやめ、真剣な面持ちで彼と向かい合う。


「……僕は、剣操術けんそうじゅつを習いたいです」


「ほう?」


 華 閻李(ホゥア イェンリー)の大きな瞳は揺らぐことはなかった。それどころか、意思を貫こうとする眼差しをしを見せる。

 

 爛 春犂(ばく しゅんれい)はふむと(うなず)き、自らの腰に手をやった。そこにはあったのは剣ではなく小刀である。

 それを床に置き、華 閻李(ホゥア イェンリー)に持てと伝えた。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は小刀を手に取り、爛 春犂(ばく しゅんれい)を見つめる。これをどうするのかと(たず)ねれば、彼は小刀を入れてある(さや)を指差した。


「よいか閻李(イェンリー)剣操術けんそうじゅつは簡単なようで難しい。仙道(せんどう)の力を持っていたとしても、必ずしも扱えるとは限らない」


「……つまりは、これで試せって事ですか?」


「まあ、平たく言うとそうなる」


 小刀を両手で持ち、華 閻李(ホゥア イェンリー)()を抜く。刀は(みが)かれており、華 閻李(ホゥア イェンリー)の姿を鏡のように映した。

 一度両目を閉じ、()をしまう。


「あの、先生。ここで試すんですか?」


「いや、このような(せま)い場所ではやらぬ。そうだな……全 思風(チュアン スーファン)殿! そろそろ野宿でもしようではないか」


 馬車の運転手として手綱(たずな)()全 思風(チュアン スーファン)に声をかけた。すると馬車はゆっくりと止まった。

 数秒もたたぬ内に荷の部屋の扉が勢いよく開いた。そこには怒った様子の全 思風(チュアン スーファン)が立っている。

 細い目が(にら)む先は華 閻李(ホゥア イェンリー)ではなく、爛 春犂(ばく しゅんれい)だった。しかしそれは一瞬のことで、部屋の中に入るなり、華 閻李(ホゥア イェンリー)を笑顔で迎える。


「私の見ていないところで、小猫(シャオマオ)(たぶら)かすのはやめてくれないかな?」


 華 閻李(ホゥア イェンリー)をそっと抱き寄せ、酷いこといわれなかったかいと甘やかした。

 その腕にすっぽりと()まる華 閻李(ホゥア イェンリー)の体を横抱きにし、荷台の部屋から外へと出る。




 外は既に太陽が沈み、月が出始めていた。漆黒(しっこく)に染まりつつある空の下、華 閻李(ホゥア イェンリー)を横抱きにした全 思風(チュアン スーファン)の足が止まる。

 そこは背丈よりも高い草木が生い茂る場所で、周囲にはたくさんの山があった。そんな場所の(すみ)に、休憩(きゅうけい)するにはちょうどよい平地がある。

 全 思風(チュアン スーファン)華 閻李(ホゥア イェンリー)をそこに降ろし、子供の柔らかい頭を()でた。


「今日はここで野宿かな。小猫(シャオマオ)はここで待ってて。私は野宿用の()き火の準備をするから」


 華 閻李(ホゥア イェンリー)には笑顔を。爛 春犂(ばく しゅんれい)には(にら)みを利かせるという、あからさまな態度を示した。

 これには荷台の部屋から降りてきた爛 春犂(ばく しゅんれい)も苦笑いをする。


「……あの男は本当に、あからさまだな」


 見えなくなる全 思風(チュアン スーファン)の背にため息を送り、華 閻李(ホゥア イェンリー)の隣に座った。


「……閻李(イェンリー)、先ほどの話の続きをしよう。お前はまずその小刀を使って、剣操術けんそうじゅつを扱えるかどうかを試しなさい」


「あ、はい!」


 すくっと腰をあげる。小刀を(さや)から抜き取った。それを左手で握り、深呼吸した。しばらくの間、その体勢でい続ける。しかし数秒後には肩から力を抜き、情けない表情で爛 春犂(ばく しゅんれい)へと振り返った。


「……あのお、先生」


「ん? 何だ?」


「どうやって剣操術けんそうじゅつを発動させるのか、わからないんですが……」


「…………」

 

 爛 春犂(ばく しゅんれい)は脱力してしまう。けれどすぐ様咳払いをし、はあーと、あきれながら立った。華 閻李(ホゥア イェンリー)に小刀を渡すよう伝える。

 渡された小刀の持ち手部分を手のひらの上に乗せ、胸の高さまで腕を上げた。


剣操術けんそうじゅつは霊力で(あやつ)る術だ。まずは、霊力を意のままに動かす事をせねば話にならぬ」


 言葉を(つむ)ぐのと同時に、小刀がふわりと浮く。そのままくるくると回り続け、勢いをついて枝葉を細切(こまぎ)れにしていった。手首を動かせば小刀は空を()き、人差し指をくいっとすれば、高く伸びた雑草を斬り刻んだ。

 爛 春犂(ばく しゅんれい)が人差し指を自身へと向けたとき、小刀はゆっくりと手のひらの上に(おさ)まる。


「霊力の川を見つけなさい。そうすれば剣操術けんそうじゅつを扱えるようになるはずだ。(おのれ)の中にある霊力を一点集中させ、枝分かれしている川の先を一本へと繋げてみなさい」


 やってみろと、華 閻李(ホゥア イェンリー)へ小刀を渡した。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は呼吸を整え、自分の鼓動以外の音を断ち切る。

 夜風が木々を揺らすせせらぎも、どこにいるのかわからない(フクロウ)の鳴き声すら遮断(しゃだん)させた。両の手のひらに乗る小刀の感触だけが、華 閻李(ホゥア イェンリー)の意識を支配する。


 ──霊力の川、それは僕たちの体の中に流れるものだって聞いた事がある。いくつもあって、奥へと辿った先に繋がる一つの道。それが霊力の(みなもと)霊脈(れいみゃく)だ。


 体の中を流れるのは血液である。しかしその上に乗るようにして、血の(めぐ)りとは違う透明な何かがあった。華 閻李(ホゥア イェンリー)はそれを(つか)むことに成功し、ゆっくりと心の中で包んでいく。


 すると小刀は小刻(こきざ)みに震え、のんびりと浮き上がっていった。


「……で、きた」


「ふむ。霊力は申し分ないようだな。扱い方はまだぎこちないものの、初めてにしては上出来だ」


 喜ぶ華 閻李(ホゥア イェンリー)の頭を()でる。ひとまずは合格だというお墨付(すみつ)きをもらい、華 閻李(ホゥア イェンリー)はさらに喜んだ。


「しかし、一度見ただけで覚えるとは……子供、いや。閻李(イェンリー)の才能には目を見張るものがあるな」

 

 元々持つ花の能力からして、術に関しての才能は人一倍あるのだろうと感心する。けれどと、表情を険しくさせた。

 今度は小刀よりも遥かに長い剣を見せる。それは爛 春犂(ばく しゅんれい)愛剣(あいけん)であった。


「これは私の剣、名を真偽剣(しんぎけん)()う。これを使って、あそこにある木を倒してみなさい」

  

 (さや)から剣を抜く。剣の刃には波のようは模様がある。それを華 閻李(ホゥア イェンリー)へと与えた。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は柄を両手で握る。しかし……


「わわっ!?」


 残念なことに、華 閻李(ホゥア イェンリー)の細腕では持ち上げることすらできなかったのだ。剣の先が地面を(かす)めていく。自身は剣に遊ばれるかたちで地面に尻もちをついた。


「……これは無理、か。と言うか、腕力がなさすぎだぞ?」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)からは、あきれと残念な者を見る眼差しが送られてくる。

 

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は半泣きになりながら剣を彼へと返した。


「しかし困った。予定では、お前に武器となる剣を購入してやろうと思っておったのだがな」


 本気で困っているようで、どうしたものかと腕組みをしてしまう。

 ふと、全 思風(チュアン スーファン)がたくさんの枝を持って帰ってきた。爛 春犂(ばく しゅんれい)は彼の側まで出向き、華 閻李(ホゥア イェンリー)のことを教える。すると二人は同時に華 閻李(ホゥア イェンリー)を見、考えこんでしまった。

 剣が駄目ならば弓矢はどうか。鞭や(やり)など。中距離から遠距離にかけての飛び道具を中心に、彼らの議論(ぎろん)は白熱していった。


「──あれ? 飛び道具でいいなら、僕持ってるよ?」 


 話の中心にいるはずなのに蚊帳(かや)の外に追い出されていた華 閻李(ホゥア イェンリー)はおもむろに、近くに咲いている花を一本取る。それに霊力を注いでいった。花は(あわ)く光りながら姿形をねじ曲げていく。



 全 思風(チュアン スーファン)爛 春犂(ばく しゅんれい)は瞬きも、呼吸すらも忘れて見入った。驚愕(きょうがく)を顔に乗せ、二人はだらしなく口を開ける。


「ほら、これがあるよ」 


 平然と告げる子供の手には……


 細長い(つつ)のような何かが握られていた。

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