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これからは三人で

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は初代皇帝の寵愛(ちょうあい)を受けた一族の生き残りであった。そしてその一族が殭屍(キョンシー)事件に関与(かんよ)しているのではないか。

 爛 春犂(ばく しゅんれい)を含む先代皇帝たちは、そう考えているようだった。


 当然それに反発の声をあげたのは全 思風(チュアン スーファン)だ。彼は威風(いふう)堂々としていた姿勢のまま、瞳を深紅(しんく)に染めて闇を見せた。


「……その言葉の意味で言うなら、小猫(シャオマオ)が関与してるって事になるけど?」


 敵対をしているわけではないのに、爛 春犂(ばく しゅんれい)を睨む瞳は冷たく凍えている。


 爛 春犂(ばく しゅんれい)は首をふり、そうではないとだけ(つぶや)いた。


閻李(イェンリー)は何も知らぬだろう。自身の出生の秘密はおろか、一族の事さえわからぬだろうな」


「……その言葉に確証はあるわけ? もちろん私はあの子がどんな事をしてても、ずっと一緒にいるって(ちか)ったからね。悪とかそんなのよりも、私がどうしたいか。それが重要だからね」


 華 閻李(ホゥア イェンリー)という子供を愛するがゆえに、全 思風(チュアン スーファン)冥界(めいかい)の王としての立場を()てることができる。

 そう、断言した。


「相変わらず全 思風(チュアン スーファン)殿は、閻李(イェンリー)しか見えておらぬか」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)が苦笑いをすれば、全 思風(チュアン スーファン)は子供っぽく舌を出して抵抗する。


「……心配なされるな。先ほども申したようにあの子は、殭屍(キョンシー)事件には関与(かんよ)しておらぬよ」


 その証拠(しょうこ)があるのだと、自らの頭を軽くつついた。


閻李(イェンリー)には十歳以前の記憶がないのだ。正確には、黄族(きぞく)の屋敷に引き取られる前の事。どこにいて、どんな存在だったのか。それを覚えてはおらぬ」


「記憶喪失(そうしつ)って事?」


「……そう、なるな」


 歯切れの悪さがある。

 全 思風(チュアン スーファン)はそれを見逃さず、ハッキリ言えときつく発語(はつご)した。


黄族(きぞく)……強いては、黄 沐阳(コウ ムーヤン)。あの男が閻李(イェンリー)を連れてきたに他ならない」


 思ってもみない名前が出て、全 思風(チュアン スーファン)は驚きを隠せない。

 聞き間違いかと、爛 春犂(ばく しゅんれい)に名をもう一度(たず)ねた。しかし帰ってきた名は同じで、全 思風(チュアン スーファン)の表情は(けわ)しくなっていく。



 黄 沐阳(コウ ムーヤン)、この者は少し前まで華 閻李(ホゥア イェンリー)がいた黄族(きぞく)の男だ。正確には黄族(きぞく)を取り仕切る黄家(こうけ)跡取(あとと)りで、霊力に関しては他の追随(ついずい)を許さぬほどと()われている。

 性格は金持ちらしく()(まま)。気に食わぬ相手は力で()じ伏せるという、典型的(てんけいてき)なお()っちゃま体質であった。

 そこに加えて華 閻李(ホゥア イェンリー)を襲い、出禁にまで追いやった本人でもある。


「……あの男か」


 全 思風(チュアン スーファン)はがら悪く、ちっと舌打ちした。


「ずっと、不思議だった。小猫(シャオマオ)が言ってたけど、あの男がどうやってあの子の見た目を知ったのか」


 小猫(シャオマオ)と愛称で呼ぶ少年華 閻李(ホゥア イェンリー)は、とても美しい顔立ちをしていた。少女のように大きな目はもちろん、赤ちゃんのようにもちもちとした肌。全体的に端麗(たんれい)な見目をしていた。

 さらにはそれを引き立てるのが髪である。全 思風(チュアン スーファン)爛 春犂(ばく しゅんれい)黄 沐阳(コウ ムーヤン)ですら黒髪だ。それが一般的であり当たり前な色であるこの(くに)にとって、華 閻李(ホゥア イェンリー)の銀髪は異質そのものである。

 

閻李(イェンリー)の先祖……初代皇帝の寵愛(ちょうあい)を手にしていた者は、この(くに)の人ではないと聞く。どこの(くに)までかは知らぬが禿(とく)の者たちからすれば、神秘的に見えるようだ」


 かくいう爛 春犂(ばく しゅんれい)華 閻李(ホゥア イェンリー)の本当の髪色を見たとき、儚げだと思ったとのこと。


「話を戻すが、黄 沐阳(コウ ムーヤン)がどこからか拾ってきたのが閻李(イェンリー)だ。名前は(かろ)うじて覚えていたそうだが、それ以外は何も覚えていないのだと、当時の医師が言っている」

 

 黄族(きぞく)に連れて来られたとき、華 閻李(ホゥア イェンリー)はボロボロだった。体中に包帯を巻き、血(まみ)れだったと()う。

 声は出ず、精神すらも壊されていた。ときおり何かに(おび)えて暴れだし、食べたものを吐いてしまうという状態にまで(おちい)っていた。


「良心のある者たちが看病をし続け、一年後には元気になっていた。しかし記憶は戻らず、元気と引き換えに顔を髪で隠すという行為が始まった」


 その理由は定かではなく、意味を知るのも華 閻李(ホゥア イェンリー)本人のみとなっている。


「そういった経緯(けいい)があり、閻李(イェンリー)の素顔を知る者は少ない」


「なるほどね。黄 沐阳(コウ ムーヤン)小猫(シャオマオ)の素顔を知っていたっても(うなず)ける」


 だけどと、爛 春犂(ばく しゅんれい)を睨んだ。


「それで小猫(シャオマオ)を襲い、追い出していい理由にはならないよね?」


 王たる姿勢ではなく、一人の男として。愛する存在を守る大人として、黄 沐阳(コウ ムーヤン)含む黄族(きぞく)の全てを非難する。

 これには爛 春犂(ばく しゅんれい)も返す言葉がないようで、深々と頭を下げて「代わりに謝罪しよう」と許しを()うた。


「……私に謝ったってしょうがないだろ? 後で小猫(シャオマオ)にでも謝まれば?」


 サンザシ飴でも渡せば機嫌がよくなるはずだと、そっぽを向く。それでも大切な華 閻李(ホゥア イェンリー)のことだから投げ出すのは無理だと、天井を眺めて爛 春犂(ばく しゅんれい)へと向き直った。


「ねえ、それとあんたが勅命(ちょくめい)を受けてる内容と何の関係があるの? 例え小猫(シャオマオ)の先祖がやらかした事だったとしても、今のあの子には関係ないんじゃないの?」


 ご先祖様の仕出かしたことの責任を取れと言うのであれば、それはお門違いではないかと口述(こうじゅつ)する。


 爛 春犂(ばく しゅんれい)は軽く(うなず)いた。


冥界(めいかい)の王……いや、全 思風(チュアン スーファン)殿。私が言いたいのはそういう事ではない」


 あきれたかのようにため息をつく。そして全 思風(チュアン スーファン)に、もう一度帳面を見せる。(ページ)をめくり、ある箇所を指差した。


 そこに書かれていたのは初代皇帝とともにいた、銀の髪を持つ者たちの名である。全ての者たちが(ホゥア)で始まることから、華 閻李(ホゥア イェンリー)の先祖である事実が(うかが)えた。


「初代皇帝の行方がわからぬ今、手がかりは閻李(イェンリー)のみ。あの子供の行く末……いや。行く道に、殭屍(キョンシー)事件の全貌(ぜんぼう)が見えてくるやもしれぬ」


 いつもと変わらぬ声音(こわね)で語る。


 全 思風(チュアン スーファン)はぎょっとした様子で体を起き上がらせた。爛 春犂(ばく しゅんれい)を見下ろし、両拳をわなわなとさせる。


「は? つまりは、私たちの旅に同行すると? 冗談じゃない。せっかく小猫(シャオマオ)との愛を(はぐく)みながら、幸せを満喫(まんきつ)しようとしてたのに!」


 なぜ、どいつもこいつも私たちの逢瀬(おうせ)を邪魔するのかと、逆恨(さかうら)みにも近いかたちで爛 春犂(ばく しゅんれい)に食ってかかった。挙げ句の果てに奇妙な叫び声をあげ、大袈裟(おおげさ)なまでに床を強く叩く。


「初代皇帝は仙道(せんどう)ではないとされている。しかし……もしかしたら知られていないだけで、本当は仙道の力を持っているやもしれぬ。そういう話が出たから、私は魏 曹丕(ウェイ ソウヒ)様の(めい)に従って…………って、聞いておらぬな?」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)の目的を伝えた。しかし全 思風(チュアン スーファン)は上の空状態である。

 

「──よし、わかった! あんたの目的はそれだとしても、私と小猫(シャオマオ)には関係のない事。だからお前は空気として扱う。私と小猫(シャオマオ)の間に障害(しょうがい)があった方が燃える!」


 真実の愛を手にするためにと、明後日の方向に考えを進ませた。外にいる華 閻李(ホゥア イェンリー)を呼び寄せる。


 子供は仔猫と蝙蝠(こうもり)を抱きしめ、笑顔で近づいてきた。そして華 閻李(ホゥア イェンリー)の両脇に手を差しこみ、軽々と持ち上げる。

 突然持ち上げられた子供はきょとんとしていた。そんな華 閻李(ホゥア イェンリー)の気持ちを無視し、彼はこれでもかというほどに頬擦(ほおず)りをする。




 直前までの毅然(きぜん)とした姿はどこへやらな全 思風(チュアン スーファン)を見、爛 春犂(ばく しゅんれい)先が思いやられるなとため息を(こぼ)したのだった。

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