初代皇帝の花
全ての事件の黒幕は初代皇帝ではないか。
爛 春犂のそれはあまりにも現実味がなく、華 閻李と全 思風は眉をしかめた。
しかしその予想に全 思風が待ったをかける。
華 閻李を膝の上に乗せ、子供の両手をニギニギとした。子供らしい肌の滑らかさはもちろん、男にしては小さな手である。
顎を子供のふわふわとした頭の上に置き、爛 春犂に冷めた眼差しを送った。
──ふふ。小猫は会った頃に比べて、肉がついたかな? それに、とってもいい薫りがする。これは……薔薇、かな?
花の術を使う華 閻李らしい薫りだなと、子供の暖かさとともに癒しの時間を味わう。
「──爛 春犂、どうして初代皇帝が絡んでいると? そもそも初代皇帝はもういないんじゃないのかい?」
そんなに長生きできる人間なんかそうはいない。
人ならざる力を得ている仙道であっても、せいぜい数百年程度だろう。しかしそれは仙道だからこそ。
初代皇帝は普通の人間だ。百歳まで生きたら長寿と言われるだろう。
「……それとも初代皇帝は仙道だったわけ? そう言いたいの?」
喧嘩腰に言葉を投げた。爛 春犂を敵でも見ているかのように、咎めるような視線を送る。
爛 春犂は彼からの質問を微笑しながら答えはじめた。
「いいや。ただ、死体が見つかっておらぬのなら、その可能性も視野に入れるべきだと思うてな」
「確かに行方不明のままではあるけどね。それにしたって、ちょっと横暴じゃないかい? だってそうだろ? 行方がわからないってだけで犯人扱いしてるんだから」
どちらも場を譲るつもりはないようで、二人は目には見えない火花を散らしていく。
全 思風は膝に華 閻李を座らせたまま子供に笑顔を落とし、爛 春犂は二人から視線を外すことをしなかった。どちらもはははと上辺だけの笑いをし、互いを射抜く。
「……ともかくさ、誰の命令で動いてるにせよ、証拠すらない憶測で物を言うのはどうかと思うよ?」
与えた食べ物を全て平らげた華 閻李に微笑みを向けた。袖の中に手を突っこみ、今度はごま団子や桃饅頭を取り出す。それを華 閻李にあげ「癒されるー」と言いながら、優しく抱きしめた。
華 閻李が丸い瞳に嬉しさを乗せる様は、小動物のように愛らしい。
ただ全 思風は、それで満足するような男ではなかった。爛 春犂との話そっちのけで華 閻李を構い倒し始める。
それを目撃している爛 春犂はこめかみを抑え「私はいったい何を見せられているのだ」と、あきれたため息を溢した。しかしすぐに咳払いをし、何度目かの脱線に肩から脱力しつつ話題を元に戻す。
「確かに全 思風殿の言う通り、今のままでは単なるこじつけにすぎん。しかしそこに一つ、歴史の影に隠れた存在を表に出したらどうなる?」
「…………」
珍しく、全 思風の眉がピクリと動いた。華 閻李を包んでいた腕がほどかれる。
「小猫、これを白虎たちにあげてきてくれるかい?」
優しい声音で伝えた。その手には白い布の袋がある。
受け取った華 閻李は小首を傾げ、これは何かと尋ねた。
「それはそこの白虎や、躑躅にあげるご飯のようなものだ。米粒っぽく見えるかもだけど、白虎みたいな神獣には栄養剤となるからね」
臭いがすごいから、ここで開けないようにと念を押す。それを聞くなり、開けようとした華 閻李の手は引っこめられた。
お腹を出して眠っている白虎を抱きしめ、天井で休んでいる蝙蝠の躑躅を呼ぶ。そして扉を開け、笑顔でご飯をあげてくると言って出ていった。
全 思風は華 閻李の姿が部屋から消えたのを確認し、静かに扉を閉じる。
「追い出したのか?」
爛 春犂の何気ない一言に、全 思風は首を左右にふった。
「あのご飯は本当の事だ。躑躅も白虎も、こちらの世界の生き物ではないからね。人間たちの住む世界のご飯を食べても、霊力として供給はされないんだ」
それを補うための物だと言いながら、元の位置に戻る。音をたてずに座り、再び爛 春犂と向き合った。
華 閻李が側にいない全 思風の空気は一変。凍えるような霊圧を放出していた。瞳には優しさの欠片すらなく、他者を他者とも思わぬ目をしている。
姿勢を崩し、壁にある柱に肘を置いた。置かれた手を拳状にし、その上に顎を乗せる。片足を伸ばして、冷めた眼差しで爛 春犂を見下ろした。
その姿はまさしく、高貴で妖しい雰囲気を持つ王そのものである。
「──それで?」
出た声は、いつもよりもさらに低音だ。
両目を細めてほくそ笑んではいるが、瞳には闇が生まれているかのように、深く暗い。濡羽色の瞳は次第に朱く染め上げられていった。
「なぜ、影に隠れたなんて言うんだい?」
深紅に虚ろう瞳からは、感情というものがない。ただ、爛 春犂という男を映しているだけだった。
「冥界の王であるあなたが、そこまで怒るとはな」
しかし彼も負けてはいない。場数を踏んでいるようで、爛 春犂は全 思風の変貌に多少の驚きを見せただけだった。
「調べたところ、初代皇帝の影には一人。初代皇帝とは違う者がいたそうだ。どのような理由でかは定かではないが、常に側にいて、皇帝の寵愛を受けていたと聞く」
「……ふーん、それで?」
相変わらず、全 思風の感情は動くけはいがない。それどころか、ますます底に沈んでしまっているかのように冷めていた。
「殆どその者についての記載はない。むしろ、歴史から消された。そんな感じの者だった」
真面目に答える爛 春犂を前に、全 思風は肩にかかった三つ編みを払いのける。
それでも爛 春犂は重たい口を開いていった。
「どこから来たのか。いったい何者なのか。それすらわかってはおらぬ。ただ一つ……その者は、髪の色に特徴があったと記されていた」
爛 春犂の発言に、全 思風を纏う空気が揺らぐ。一瞬ではあったが、それは確かな動揺となっていた。
「この、禿の國では決してありはしない。太陽に透かせば透明、ときには蜘蛛の糸のように白かったとある」
淡々と、それでいて、どこか遠慮がちに語る。
「まるで閻李の髪と同じ。おそらくは、閻李の先祖なのだと。そしてあの子は……」
両目を瞑り、深呼吸をした。
「初代皇帝の寵愛を受けていた一族の直系であり、現在唯一所在がわかっている生き残りだ──」




