奇妙な旅路、それぞれの行く末
ガッポガッポと、砂利道を一台の荷馬車が進む。道の両脇には雑草が生い茂り、田畑もあった。疎らではあるが、家屋が並んでいる。けれど家のほとんどはボロボロで、人が住んでいる気配はなかった。
周囲には尖った山が多く、側には運河が流れている。水は透明で、底を泳ぐ魚の姿すら見えた。
雑草の合間から野うさぎが飛び出しては、どこかへと行ってしまう。
見上げた空は青く、雲はゆったりと動いていた。太陽の光が眩しく地上を照らしている。どこまでも続く空には鳶が飛んでおり、鳴き声が遠ざかっていった。
「──うわあ、自然がいっぱいだあ! あ、うさぎがいる。可愛い!」
華 閻李は荷馬車の窓から顔を出し、もふもふとしたうさぎを目で追いかける。
彼らは水の都である蘇錫市を後にし、次の場所へ向かうべく馬車に乗っていた。
黒髪で三つ編み、美しい顔立ちの長身の男は全 思風だ。彼は整った顔立ちに笑みを浮かべながら、前の椅子に座って手綱を曳いている。鼻歌を披露しながら優雅に先頭を陣取る様は吟遊詩人のよう。
馬の身体に巻きついた紐を操作し、砂利道を進んだ。
そんな彼を尻目に、荷馬車には二人の者がのんびりと座っていた。
一人は禿という國では珍しい銀の髪を持つ、儚き見目の美しい少年である。少女のような愛らしい顔立ちと、ぱっちりとした大きな両目、病的なまでに白い肌など。庇護欲をそそるほどに神秘的な雰囲気を持っていた。
金の刺繍が施された朱の外套が彼の銀髪に映える。普段は床につくほどに長い髪だが、今は頭の上で赤い紐によって結ばれていた。
そしてもう一人、美しく、儚い見目の少年の向かい側には、爛 春犂という中年男性が座っている。
白と黄色の漸層の漢服を着た強面な男性だ。
頭の上で髪をお団子にし、布でひと纏めにしている。つり上がった両目に、すっきりとした目鼻立ちに含むのは威厳のある姿か。無言で口を閉じているだけでも怖いとすら思える堅物さを感じた。
そんな三人は、それぞれ違う特徴を持つ美しい男たちである。女性からはきっと黄色い声が飛び交うと感じるほどに、彼らは端麗な顔立ちをしていた。
一見すると接点すら見当たらない三人が、ともに馬車で旅をしていた。
「小猫、あまり窓から顔を出しては駄目だよ?」
落ちてしまうからねと、全 思風は優しい声音で諭す。
荷馬車にいる二人に背を向け、両手で手綱を持っていた。ちらりと後ろへ振り返れば、爛 春犂と目が合う。
しかしどちらも親しいという間柄ではないため、お互いにそっぽを向いて終わりとなった。
そんな気まずさが流れる車内の一角では、華 閻李が二匹の動物と遊んでいた。
一匹は、白いもふもふとした毛並みの中に黒い縦じま模様が入っている仔猫である。しかし猫というには耳が丸かった。この仔猫の正体は白夜と呼ばれる神獣で四神の内、西を司る存在とされている。
そんな仔猫の姿をした白虎は、華 閻李がどこから持ってきたのかわからない猫じゃらし草で遊んでいた。
もう一匹は真っ黒な蝙蝠である。大きくて円らな瞳が愛らしい、小柄な蝙蝠だ。
この蝙蝠は白虎のように特徴があるわけではない。けれど器用な肢を使って、逆さまになって天井にぶら下がっていた。すぴーすぴーと、鼻ちょうちんを出しながら寝入る様はとてもかわいいらしい。
「躑躅ちゃん、今日も可愛いなあ」
華 閻李は天井を見上げ、躑躅と名づけた蝙蝠に向かって微笑んだ。すると足元にいる白虎が「みゃう」と鳴き、お腹をだす。
「……もちろん猫君も可愛いよーー!」
もふもふもふと、お腹を撫で回した。長い尻尾に手を伸ばし、触り心地抜群の肉球をぷにぷにする。仔猫はきゃっきゃと喜びながら、もっと撫でてと急かしていた。
それに我慢できなくなった華 閻李は仔猫のお腹に顔を突っこむ。
すると、突然ぐいっと首根っこを掴まれてしまう。
「……閻李」
子供を見つめる爛 春犂は、大きなため息を溢した。
「えっ!? な、何ですか先生?」
驚く子をその場に座らせ、自身をも背筋を伸ばす。
威厳のある表情は変わらずに、少しばかりの躊躇いをため息に混ぜた。
「閻李、お前はこれからどうするつもりかね?」
「え? どうって……」
大きな目で、何度も瞬きする。
トテチ、トテチと、かわいらしい足取りで華 閻李の膝の上に乗る仔猫をよそに、爛 春犂の表情は固かった。
華 閻李は、ええとと戸惑う。
「……このまま、お前は流されて生きていくつもりか?」
「流されて?」
意味不明だと、華 閻李は小首を傾げた。
「街での出来事はもちろん、村の事とてそうだ。それらは全て、お前が決断したものか? あの男に導かれるがまま、なあなあにして進んでいるだけではないのか?」
旅をするにしても目的は必要となるだろう。しかし今の状態は、華 閻李自身が決めたこととは到底思えなった。
もちろん、細かなところは自身で決めているのだろう。だがそれは本当に些細な部分だけで、大まかなものは周囲に流されているから、それに乗っかっているだけではないのか。
私にはそう見える、と告げた。
「これから向かう場所にしてもそうだ。それは、どんな目的で向かう? ただ、殭屍の事件を追うためだけか? 追ってどうする?」
そんなものは目的とは言わない。それこそ爛 春犂、そして全 思風の意見に流されているだけなのだと叱咤する。
「……僕、は」
華 閻李は何も言えなくなってしまった。
爛 春犂の言う通り華 閻李という存在は、目の前にある何かにしがみついているだけだったからだ。
自身で決めたことはあれど、それが旅の目的に繋がるほどのものではない。じゅうぶん、承知の上だった。
──はは、痛いところを突かれたな。僕自身が、これからどうしたいのか。それを決めなければならない。そんなのはわかってる。でも、何をどう決めればいいっていうの!?
顔を下に向ける。髪の毛で隠れた瞳は図星を突かれたことで、潤んでしまった。
爛 春犂の言葉は正しい。それがわかっているからこそ反論できず、下を向いたままになる。けれどこのままではいけないと、涙を絞って顔を上げた。
そのときである。馬車が停まり、手綱を曳いていたはずの全 思風が現れた。華 閻李を大きくて逞しい両腕に包み、厚い胸板に子供の顔を埋めこませる。
この行動には爛 春犂も驚きを隠せない様子だ。
全 思風は爛 春犂を睨みつける。絶対零度の眼差しで爛 春犂を見、美しい形の唇をゆっくりと開いた。
「そういうあんたはどうなのさ? こうやって、私たち二人だけの逢瀬を邪魔してるんだ。それなりの理由があるんだろうね?」
番犬顔負けに、華 閻李を泣かす者は許さないという気迫を撒き散らす。
全 思風と爛 春犂は互いを鋭い視線で射抜く。
しかし、先に座から降りたのは爛 春犂だった。彼は再び姿勢を正し、二人をまっ直ぐに見入る。深呼吸をすませ、低い声を荷台の中に響かせた。
「──私は、ある方の勅命を受けて動いておる」
眉ひとつ動かさぬままに、一言一言をハッキリと口にする。
「先の皇帝として禿が三代目、魏 曹丕様の勅命の元に動いておる」
淡々とした口調で語られる真実に、華 閻李と全 思風は目を丸くした。
特に全 思風は思うところがあるようで、苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
三代目皇帝、魏 曹丕は数年前にこの世を去ったとされている。そんな死人の命とは何なのか。
全 思風の表情は、ますます険しくなっていった。




