表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/154

夢と現実

 "約束して"


 瓦礫(がれき)の山に埋もれた腐敗臭(ふはいしゅう)(ただよ)うなか、優しい声が走る。燃え(さか)家屋(かおく)、泣き叫ぶ人々。

 それらを耳にしながらも声の主は語った。


「──君を必ず迎えにいくよ。だから、私の事を覚えておいて」 


 悲鳴や業火(ごうか)阿鼻叫喚(あびきょうかん)が飛び交うこの場においても、声の主は笑う。


「君が世界のどこにいても、私が見つけるから」


 声の主の髪は黒かった。それはそれは長く、顔を隠すほどに暗闇に満ちた髪である。けれど瞳は(ほのお)を移し取ったような、燦々(さんさん)とした(あか)だった。

 (りん)とした姿勢の上には漆黒(しっこく)漢服(かんふく)を着ている。スラリと伸びた身長で、骨格(こっかく)や声からして男性であることが(うかが)えた。


 そんな男の前には、ボロボロになった子供がいる。声が届いているのかすらわからないほどに泣きじゃくり、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。

 けれど子供の周囲には、この場に不釣り合いな色とりどりの花が落ちている。山茶花(さざんか)木蓮(もくれん)桔梗(ききょう)などの花だ。それらは子供が泣く度に宙へと舞い上がる。

 瞬間、山茶花(さざんか)は雪になった。木蓮(もくれん)は炎、桔梗(ききょう)は小石へと姿を変える。



 男はこの光景を見ても美しく笑むだけだった。


「……今はまだ、◼️◼️を迎え入れるだけの力がない。私個人にはあっても、全てにはないんだ」


 男は舞う花を一つだけ掴み、腰を曲げて片膝をつく。

 泣きじゃくる子供の頬に触れ、そっと口づけをした。子供の唇はかさついているが、声の主は嬉しそうに微笑する。子供のもちもちとした柔肌(やわはだ)を少しだけ堪能(たんのう)し、やがて立ち上がった。


「──ああ、もう行かないと」


 泣いている子供へ再度腕を伸ばしかけたが、素早く引っこめる。(きびす)を返し、泣く子供へと背中を向けた。

 あちこちから聞こえる悲鳴や、鼻をつくような嫌な臭い。それらをもろともせず、声の主は歩き出した。

 ふと、何かを思い出したかのように立ち止まる。そして自身の髪を二本抜いた。髪に、ふーと息を吹きかける。すると不思議なことに一本は蝙蝠(こうもり)、もう一本は小さな勾玉(まがたま)へと変わった。

 蝙蝠(こうもり)勾玉(まがたま)(くわ)えさせ、泣く子供の元へ行くように(うなが)す。


「今はこれしかできないけど……きっと、君を迎えに行くから。それまではこの勾玉(まがたま)を離さないで」


 蝙蝠(こうもり)(くわ)えている勾玉(まがたま)は白かった。それと対になるかのような黒き勾玉(まがたま)を、声の主は振り向くことなく子供に見せる。


 そして声の主は……



 惨状(さんじょう)となるこの場から姿を消した──


 † † † †


 蘇錫市(そしゃくし)での殭屍(キョンシー)化が収まった後日、華 閻李(ホゥア イェンリー)(ゆか)で寝ていた。ただ床で寝ているのではなく、全 思風(チュアン スーファン)という美しい青年の腕に包まれて寝ている。

 部屋には(ベッド)が一台あるのだが、そこは蝙蝠(こうもり)と白い毛並みの仔猫が大の字になって占領(せんりょう)していた。


 すぴーすぴーと、(けもの)たちの規則正しい寝息(ねいき)が聞こえるなか、ふっと、華 閻李(ホゥア イェンリー)は目を覚ます。

 部屋の中は薄暗く、外を見れば月が出ていた。部屋の(すみ)に置かれた提灯(ちょうちん)の灯りが瞳を揺らす。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)の長く、美しい銀の髪が、明かりの色と混ざり合った。鉛白えんぱくになったかと思えば象牙色(ぞうげいろ)と、多重に渡って染まっていく。

 床へと伸びた髪は蜘蛛(くも)の糸のように繊細(せんさい)だった。漢服(かんふく)(こすれ)れる小さな音をかきけすように、ふわりと動く。


 顔色は病的なまでの白い肌、けれど大きくて優しい瞳はなんと美しかろうか。細くしなやかな腰や指なども合わさり、儚さが一層(いっそう)際立(きわだ)っていた。

 そして言葉にはできないほどの(つや)が色香となって、華 閻李(ホゥア イェンリー)の腰に(しな)を作った。


「……夢? でも、何だろう。(なつ)かしい気がする」


 首にかけてある(ひも)を手に取る。するすると紐の先を出せば、そこには(はい)色の勾玉(まがたま)があった。夢の中で見た勾玉(まがたま)と同じなようで違う。

 そんな勾玉(まがたま)だった。

 すっと提灯(ちょうちん)の明かりに(かざ)せば、あちこちに小さな傷や汚れがあるのがわかる。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)はせっせと勾玉(まがたま)()いた。汚れは取れたものの、色は変わらず。


「……この勾玉(まがたま)、僕はいつ手に入れたんだろう? もしかして、さっきの夢で見た場所? ……っ!」


 先ほど見た夢を思い返そうとするが、モヤがかかって上手くいかなかった。むしろ頭痛を引き起こしていく。ズキズキと痛む頭を抱え、両目を強く(つぶ)った。

 その姿は(はかな)く、とても美しい。




「──小猫(シャオマオ)、大丈夫かい?」


 そのとき、隣で寝ていた青年が上半身を起こす。

 宵闇(よいやみ)に負けぬほどに黒い髪は長かった。寝ながらにして三つ編みからほどくことのない髪は、崩れてすらいない。

 切れ長の濡羽色(ぬればいろ)の瞳が、心配そうに揺れ動いた。


「あ、うん。大丈夫だよ。偏頭痛(へんずつう)だと思うから」


小猫(シャオマオ)」 


 華 閻李(ホゥア イェンリー)が無理して笑っている。そう思ったようで、彼は筋肉のついた(たく)ましい両腕を広げて華 閻李(ホゥア イェンリー)を迎えた。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は恥ずかしそうにしながらも、もそもそと全 思風(チュアン スーファン)の腕の中へと身を寄せる。


 全 思風(チュアン スーファン)は頬を(ゆる)ませながら、優しく華 閻李(ホゥア イェンリー)を抱きしめた。そのまま静かに(ゆか)へと寝っ転がる。


「ああ、幸せな瞬間だ。君は小さくて可愛いから、本当に幸せだ」


 すーはーと、華 閻李(ホゥア イェンリー)の香りを吸った。

 

 華 閻李(ホゥア イェンリー)は頭上で何が行われているのか見ることができずにいる。彼の力が強いのか、華 閻李(ホゥア イェンリー)がひ弱なのか。どちらにもとれることだったので、あえて口にはせずにされるがままとなっていた。


(スー)?」


 何してるのと声をかければ、頭上からクスッという微笑した声が(こぼ)れる。


「ふふ、何でもないよ。それよりも小猫(シャオマオ)、寝ないのかい?」


「うん。目ぇ、覚めちゃった。(スー)は?」


 ゆっくりと顔を上げた。そこには全 思風(チュアン スーファン)端麗(たんれい)な顔があり、彼はとろけるような眼差しを見せている。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は少しばかり気まずさを覚えた。えっとと、しどろもどろになりながら次の会話を頭の中で考える。

 

「ふふ、私はそんなに眠らなくても大丈夫なんだ。でも小猫(シャオマオ)は違う。子供だから、なおさらお休みしなくちゃね?」


 甘く、それでいて(ささ)やかな口づけを、華 閻李(ホゥア イェンリー)(ひたい)に落とした。彼は唇を離し、すっぽりと収まっている小さな体をさらに引き寄せる。

 自らの両足を、華 閻李(ホゥア イェンリー)の細い足と(から)ませた。指も同様に一本一本をゆっくりと(まと)わりつかせ、()うようにくっつく。そして何度かにぎにぎさせ、これでもかというほどに両者の指を絡ませた。

 華 閻李(ホゥア イェンリー)の細い髪を指にくるくると巻きつけてみるが、するりとほどけてしまう。それでも諦めてはいないのか、さらさらな髪に軽く口づけを(ほど)した。


「──安心して小猫(シャオマオ)、怖い夢を見たら、私がすぐに()けつけてあげる。夢の中だろうとどこだろうと、私が絶対に君を守ってみせるから」


 再び、と抱擁(ほうよう)する。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は抵抗どころか、彼の背中に腕を回した。ふふっと整った顔に笑みを乗せ、無邪気な子供のように彼の胸板へと顔を()める。


「え!? し、小猫(シャオマオ)!?」


 全 思風(チュアン スーファン)の驚き様は、今までの頼りがいある姿とは真逆だった。華 閻李(ホゥア イェンリー)がとった行動を予想していなかったのか、慌てふためいてはキョドる。

 それでも華 閻李(ホゥア イェンリー)は彼と離れることをしなかった。


「えへへ」


 甘えているのだろう。

 少女のように愛らしい顔は、頬どころか耳の先まで茹でタコこようになっていた。それでも大切にしてくれる彼を手放したくないのだと、そう(ささや)く。


「ね、寝よう。ね!? 小猫(シャオマオ)、寝ようか、ね!?」


 理性を保つ。それができなくなりそうだからと、欲を隠すことなく声に出した。


 華 閻李(ホゥア イェンリー)は小首を(かし)げ、なんとなく(うなず)く。そしてゆっくりと目を閉じていった。






 ざあーと、窓の外から聞こえるのは柳の音である。風に遊ばれ、夜の(とばり)の中を静かに泳いでいた。


「…………理性、保てるかな?」


 全 思風(チュアン スーファン)は一人、静寂(せいじゃく)が包む夜を(なが)める。眉をへの字に曲げ、頼りない声で呟いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ