表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/154

捕らわれた花

(そち)

お前など、固有を指す。


 全 思風(チュアン スーファン)は自らの鼻を疑った。

 彼は死者と生者、そのどちらもを嗅ぎわける能力に自信を持っている。それは間違えるはずがないという絶対的な自信であった。


 ──私は冥界(めいかい)の王だ。その私を(だま)せる者など、そうそういないはず。その私をここまでコケにした奴、か。会ってみたいものだ。


 そして殺してしまいたい。そう願った。背景にあるものが何にせよ、大切な子を奪われたのである。冥界(めいかい)やこことは違う世界のことよりも、それが一番許せなかった。 


「……爛 春犂(ばく しゅんれい)、もしもあんたの言う通りなら、私たちは何を相手にしている? そして、何に馬鹿にされた?」


 死者を()べる王としての怒りは凄まじく、周囲に強烈(きょうれつ)な突風を()き散らす。

 笑う唇の裏にあるのは静寂(せいじゃく)という名の怒涛(どとう)漆黒(しっこく)を詰めた瞳は燦々(さんさん)と燃え盛る(ほのお)となった。


 爛 春犂(ばく しゅんれい)は彼の変化に驚きを隠せないのだろう。恐怖とは違う、凍えるまでに冷淡(れいたん)な表情を見せられグッと拳を握った。額から流れる汗は妓楼(ぎろう)に集まる人々に対するものではない。全 思風(チュアン スーファン)という人物への警戒の現れだった。

 それでも今だけは頼もしい味方である。唯一正常かつ、目的をともにする者であるのだと、全 思風(チュアン スーファン)に口を酸っぱくして伝えた。


「……ああ、そうだったね。私たちの目的はそれだった」


 全 思風(チュアン スーファン)の瞳は徐々(じょじょ)に落ち着きを取り戻していく。ふーと深呼吸をし、爛 春犂(ばく しゅんれい)を見やった。

 爛 春犂(ばく しゅんれい)は心の底から肩を落としている。


「すまない爛 春犂(ばく しゅんれい)、どうやら私は、自分が思う以上に嫉妬深いらしい」


 独占欲の(かたまり)であることを自白した。華 閻李(ホゥア イェンリー)という少年を奪われたことへの怒りに、気が狂いそうだと苦く()む。


「……全 思風(チュアン スーファン)殿、なぜそこまでして、閻李(イェンリー)(こだわ)る? 何が、あなたをそうさせるのだ?」


「さあ、ね。それは私以外が知っても理解はできないだろうさ」


 爛 春犂(ばく しゅんれい)の言葉の端々(はしばし)には、全 思風(チュアン スーファン)の正体を探るような何かが見受けられた。けれど彼は口を固くし、瞳に緊張を走らせる。

 眼前(がんぜん)を眺め、事の成り行きを見守った──





 集められた人々の目は(うつ)ろだ。どこを見ているのかすらわからない。人としての好奇心も封印され、なにかを思考することすら許されない状況となっていた。しかしそのことに文句を言う者はここにはいない。(あやつ)られ、意識そのものを封じられている者しかいないからだ。

 

 全 思風(チュアン スーファン)は彼らの中を、くまなく目で探る。しかし……


 ──おかしい。小猫(シャオマオ)の姿がない。あの子は銀髪だから、かなり目立つはず。それなのに……


 どうして見当たらないのか。全 思風(チュアン スーファン)のなかでは、かつてないほどの(あせ)りが生まれた。このまま飛び出して、人間たちの中に紛れてしまおうか。そんな考えさえ浮かんでくる。

 けれど隣にいる爛 春犂(ばく しゅんれい)に肩を(つか)まれ、首をふられてしまった。


 全 思風(チュアン スーファン)の歯は、ギリリと音をたてる。腰にかけてある剣に手が伸びていった。

 

「──ふふ、随分と集まったものよのぉー」

 

 そのときである。

 集められた者たちに、(つや)のある声がかけられる。黒い外壁(がいへき)の建物である妓楼(ぎろう)の奥から、コツコツと足音を響かせて誰かがやってきた。

 黄緑色の(うす)い上着に、桃色の衣をつけた女だ。彼女の後ろには、白い布を被った数人の者が控えている。


 その女の顔を見るなり、全 思風(チュアン スーファン)は驚愕した。なぜなら、彼女は死体としてあがっていた妓女(ぎじょ)なのである。



「※(そち)たち、喜ぶがよい。(わらわ)(にえ)となれる事を!」


 かん高い金切(かなき)り声をあげた。桃色の衣を宙へと放り投げれば、それはたちまち巨大な壁へと変わる。壁は集められた人々を囲み、キリキリと(きし)んでいった。人々をぎゅうぎゅう詰めにしていく。

 操られた人間たちは悲鳴をあげることすらしなかった。倒れたり、互いの体がぶつかったり。散々(さんざん)に終わるだけであった。


 けれどそんな彼らにある異変が(おとず)れた。人々の顔や体など、あらゆる箇所から生気が抜けていってしまう。最終的には木乃伊(ミイラ)のように干からびてしまった。

 当然そうなってしまった人間たちは立っていられるわけもなく、次々と倒れてしまう。


「さあ! (わらわ)の為に、その生気をくじゃれたもう!」


 女は声高らかに叫んだ。そして自身の胸元の服を掴み、バッと前を広げる。


 見えたのは女の美しい裸体(らたい)……ではなく、穴の空いた体であった。彼女が狂ったように高笑いすれば、人間たちから煙のようなものが出る。それは女の胸部へと吸い上げられていった。


 やがてそれが終わると女は服を着、満足そうに(えつ)に入る。ただ、まだ足りないだの、もっと欲しいだのと、欲望を吐き続けていた。しばらくすると白い布で顔を隠す者たちが彼女に何かを(ささや)く。

 女は両目をにんまりと不気味に下げ、妓楼(ぎろう)の奥へと戻っていってしまった。そのときに彼女からジャラジャラという、(くさり)のような音が木霊(こだま)した。





 一部始終を見ていた全 思風(チュアン スーファン)爛 春犂(ばく しゅんれい)は、すっと立ち上がる。動かぬ木乃伊(ミイラ)と成り果てた人々を目下(もっか)に、互いの顔を見合せていた。


「……(おどろ)いたね。事件の黒幕が、あの死体の女だったなんて。しかも貫匈人(クァンションレン)だったなんてね」


 全 思風(チュアン スーファン)は肩にかかる三つ編みを払いのけ、めんどくさそうに言う。


全 思風(チュアン スーファン)殿、その貫匈人(クァンションレン)とやらは、どのような妖怪か?」


「ん? ああ、あいつは……」 


 [貫匈人(クァンションレン)]

 胸に穴が空いた妖怪。心臓は穴よりも下にあり、それを知らぬ者たちは多い。身分の高い者は穴に(やり)などを通し、他者へ自身を運ばせる。

 これだけ聞くと何の害もないように思えるのだが、実際は違っていた。

 この妖怪のなかには、今の女性のように胸の穴を嫌う者もいる。それを埋めるためには人間の霊力を必要とし、常に食らい続けていた。


「私も実物を見るのは初めてだけど……」


 女の執念(しゅうねん)は怖いなと、全 思風(チュアン スーファン)は苦く笑う。

 瞬間、木乃伊(ミイラ)と化していた人々が起き上がった。青白い顔色と、虚ろな瞳。そして誰もが両腕を胸の位置まで上げていた。


爛 春犂(ばく しゅんれい)、話は後だ。殭屍(キョンシー)化が始まった」


「……っそのようだな! 全 思風(チュアン スーファン)殿! ここは私が! 全 思風(チュアン スーファン)殿は閻李(イェンリー)を!」


 全 思風(チュアン スーファン)は強い。けれど人の体を()した相手では、その強さは(あだ)となる。瞬時に殺し()ねないからだ。

 血晶石(けっしょうせき)殭屍(キョンシー)になったのならば、彼の方が適任だろう。しかし今回はそうではない。殭屍(キョンシー)になった行程(こうてい)からして、人へと戻す方法があるに違いなかった。

 しかしそれは爛 春犂(ばく しゅんれい)のように、仙術(せんじゅつ)を使える者ではなくては不可能。


 それを()まえたうえで、互いの適材適所(てきざいてきしょ)となる道を示したのだ。


 全 思風(チュアン スーファン)もそれがわかっているようで、彼の援護(えんご)を甘んじて受ける。ここはまかせたと頷き、塀の上を伝って妓楼(ぎろう)へと侵入(しんにゅう)した。


 □ □ □ ■ ■ ■


 全 思風(チュアン スーファン)たちがそれぞれ別行動をとる少し前、妓楼(ぎろう)のとある部屋の中で、あの女性がくつくつと(わら)っていた。女は靴音とともに(くさり)の音を(ひび)かせて歩く。

 

 嫌というほどに明るい部屋ではあったが、あちこちに拷問(ごうもん)器具が置かれていた。なかには血のようなものがついている物もある。

 

「…………ああ、美しい。何という美しいお子じゃ」


 女は壁に手を伸ばした。そこにある長い銀の糸を(おのれ)の指に絡ませる。しかし髪はするりと指を抜け、床へと垂れていった。


「それにとても強い……極上の霊力を持っておる」


 女の細い指が(いや)らしく()う。


 その先にいるのは美しい銀の髪を持つ、端麗な顔立ちの少年──華 閻李(ホゥア イェンリー)──だ。彼は両腕を鎖に(つな)がれ、壁へと貼りつけられている。気を失っているようで、女に触られても動かなかった。


 女は華 閻李(ホゥア イェンリー)の前髪を強く(つか)み、舌で自身の唇を舐める。それでも彼は意識を取り戻すことなく、眠り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[気になる点] 街の人が…! イェンリーが不気味な女に!泣
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ