繰り返される悲劇
蓋碗
小さな湯飲み
村の入り口付近で殭屍たちと応戦している者たち。
そんな彼らから少し離れた場所で、同じ服装をした者がひとりだけ、別行動をとっていた。
ボサボサの黒髪は地につくほどに長く、白髪が混じっている。長く伸びた前髪は目を隠し、どんな瞳なのかを伺い知ることはできなかった。
服装にいたっては、入り口付近で戦っている者たちと同じとは思えぬほどにボロボロである。それでも気にする様子はなく、そっと壁の隙間から外をのぞいていた。
「お、お姉ちゃん」
そんな者の背後から、小さな女の子に声をかけられる。振り向けばそこには女の子を含む数人がおり、彼らは怯えるように身をよせ合っていた。
女の子が短い手足を、ボサボサな髪の者へと伸ばす。
「大丈夫だよ。彼らは仮にも仙人様たちなんだ。君たちを助けてくれるはずだ」
ボサボサな髪の者の声は中性的だった。
よく見れば身長はそれほど高くはない。小柄で線の細い子供といったところか。それでも、性別まではわからなかった。
「う、うん……お姉ちゃん、わたしこわい」
「……うん、僕も怖い。でも大丈夫だよ」
そっと少女の頭を撫でながら、花の簪を贈る。それは黄色い山茶花で、かわいらしい少女にとてもよく似合っていた。
少女は驚きながら簪に触れる。
「僕にできるのは、これぐらいだから」
どこから持ってきたのかもわからぬ簪であったが、少女はたいそう喜んでいた。泣きそうだった表情には笑顔が浮かび、嬉しそうに大人たちへ見せていく。
「ありがとうお姉ちゃん。わたし、雨桐っていうの。お姉ちゃんは?」
小柄な人物は男か、それとも女か。どちらかもわからぬ見目であったが、遠慮なく小柄な者を女性として扱った。
ふいに、小柄な人物は自身の前髪を触る。するとそこからまつ毛の長い、大きな瞳が零れた。
「わぁー! お姉ちゃん、すっごくきれいな人だぁー」
これには少女だけでなく、この場にいた誰もが目を見開く。
「……よく、わからないや。だけど、僕は男だよ」
「そう、なの? じゃあ、お兄ちゃん?」
「うん」
小柄な人物は自分の見た目に無頓着のようだ。外見を褒められても表情ひとつ変えず、淡々と答える。
「…………あっ」
そのとき、彼の背中が急に明るくなった。いったい何があったのかと、壁の隙間に片目を置く。
そこから見えるのは荒れた村、そして入り口付近に大量に押し寄せている殭屍たちだった。どうやらともに来ていた、黄色い旗の者たちが戦っている。彼らは平凡な顔立ちの男を中心に、陣形をとりながら殭屍に対抗しているようだ。
特徴のない平々凡々な男が、率先して殭屍と応戦している。
彼は札と剣を上手く使いわけ、数多の戦法で勝利を掴んでいった。
──あの男、普段は口は悪いし我が儘だ。だけど、こういうときは強さを発揮するんだよね。
火事場のなんとかではなく、純粋に強い。平凡な顔立ちの男は、そういう質をもっていた。
だからといって、現状が全て有利に働くわけではない。現に今、彼は窮地に立たされているようだった。
わずかに残っていた同士たちが、次々と殭屍の餌食になっていく。さんにん、ふたり、そしてまたひとりと、もう片手の指で数える程度にしか残っていなかった。
これだと、彼ら人間側がいなくなるのも時間の問題である。
「雨桐たちはここにいて。僕は彼らを助けてくるから」
感情が読み取れぬ瞳を、隠れている村人たちへ向けた。彼らは困惑を交えた視線で、小柄な人物を見つめている。
「おね……お兄ちゃん、行っちゃうの?」
不安に揺れる眼差しで、小柄な人物を引き留めた。
けれど彼はごめんねとだけ呟き、扉を少し開けた。左右を見回し、殭屍の気配を探る。どうやら殭屍たちは入り口付近に引きよせられているようで、一体とて家屋の周囲にはいなかった。
そのことに安堵し、体が通れるぐらいまで扉を開ける。危ないという声が背後からたくさん聞こえてくるが、小柄な人物は返事することなく外へと飛び出していった。
入り口付近に殭屍が集まっている。それを確認するや否や、木陰に隠れた。
成り行きを見守るように殭屍、そして人間たちを注視する。
「……殭屍たちの方が有利、なのかな?」
残っているのは片手の指で数える程度の人間たちだ。彼らは無数にいて、疲れをしらない殭屍たち相手に、疲弊しているよう。顔色が悪く、疲労の色すら見てとれた。
──黄 沐阳は確かに強いけど……あの男、連携を取るということを知らないからなあ。
独りよがりに戦った結果、孤立してしまう。それを心配した矢先、ひとりをのぞいた皆が殭屍に成り果ててしまっていた。
「あーあ、言わんこっちゃない。殭屍を倒すときは近接じゃなくて、遠距離の方が上手く動けるんだよね」
他人事のように呟く。髪をくるくると指に巻きつけ、はあと深くため息をついた。
しょうがないなとあきれた様子で片手を前に出す。するとそこから小さな輝きが生まれ、黄色くてかわいい花が出現した。
「──さあ、あの男を助けてあげて」
低くも高くもない声が、手のひらにある花を浮かせる。花はふわりと揺れ、ゆっくりと特徴のない男の元へと進んでいった──
† † † †
月明かりが、村を寂しく照らす。
わずかに生き残った村人たちは、質素な夕ご飯を作った。昼間に訪れ、助けてくれた者たちへの感謝の言葉を並べながら団らんする。
「……お兄ちゃん、また、来てくれるかな?」
少女は恋焦がれるように、頭についている花を触った。
小柄な人物はボロボロな姿ではあった。けれど儚げで、どこか神秘的な雰囲気を持っていた。
少女はまだ子供なので、気の利いた言葉など出てこない。それでも小柄な人物の顔を思い浮かべるだけで、ふふっと笑顔になっていった。
ふと、大人たちにご飯を食べるよう言われる。
少女は元気よく返事をし、※蓋碗を手に取ろうとした──
直後、自身を含む、生き残った村人たちが突然苦しみだす。
少女は苦しさのあまり、その場に倒れてしまった。薄れゆく意識が、ともにいる大人たちの姿を捉える。彼らも苦しみもがいていた。けれど……
「……お、兄、助け……」
目の前で見るは、昼間の恐怖そのもの。大人たちが次々と殭屍へと変わっていったのだ。
しかしそれは少女とて例外ではない。彼女もまた、土気色の肌に血管を浮かせていく。
村の中で唯一明かりのついている家から、大きな音が響いた。けれど悲鳴などは聴こえてこない。
「──成功、か」
村の家屋の屋根に、ひとつの影があった。静かだけど、全てが終わる村を見ながらほくそ笑んでいる。
その手には鉄でできた鳥籠を持っていた。
そのとき、明かりのついた家から人々が出てくる。その中には雨桐という少女もいた。しかし彼らは既に人としての生をなくし……
意思を持たぬ屍──殭屍──へと変貌をとげていた。




