表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/154

扉と鍵

 危険な状況に見舞われ始めているのは、どこも同じ。例外はない。

 雨桐(ユートン)の姿をした麒麟(キリン)は、そう告げた。


『詳しくは調査とかしてみないとわからないけど。どうにも、各勢力で怪しい動きをしている連中がいるようだよ』


 人間の住む、この地上。麒麟が暮らす世界、そして全 思風(チュアン スーファン)が治めていると言われている冥界。これらの世界で、それぞれが不穏な動きをしていた。なかには、別勢力で手を組んでいる者もある。

 

『今まで、よく気づかれずにやってたって思うよ』


 だってそうだろと、ぶっきらぼうに口を尖らせた。


(せつ)みたいな、考えるのが苦手な奴はともかく、あんたのような王様ですら騙せてるんだ』


 麒麟は全 思風(チュアン スーファン)を王様と呼んでいる。それは、彼が冥界の長であるという事実でもあった。


 全 思風(チュアン スーファン)は強い。普通の人間はおろか、仙術を持つ者たちですら立ち向かうこと敵わず。剣術も、体術すらも、敵う者を見つける方が難しいのだろう。

 何者にも怯まない精神。美しく、それでいて人目をひく出で立ちの彼は、聡明な頭脳すらも合わせ持っていた。冥界という、名前以外は不明な場所においても、彼は絶対強者のまま。

 その強さは麒麟の住まう地にまで届いていた。


 そんな彼を、唯一谷底へ落とせる存在は全 思風(チュアン スーファン)が敬愛してやまない少年、華 閻李(ホゥア イェンリー)だけ。誰もが口を酸っぱくして、そう答えるはずだ。

 

『よーく考えてみなよ。そんなあんたを出し抜こうって奴が、冥界のどこかにいるんだ』


 面白いよなと、他人事として爆笑する。


 全 思風(チュアン スーファン)は麒麟の言動にイラつき、大きな手で子供の両頬を挟んだ。麒麟はひたすら謝り続け、解放されたときには涙目になっていた。


『せ、(せつ)の事よりも! ……人間側は、この村を血命陣(けつめいじん)で滅ぼした連中が暗躍(あんやく)してるのは間違いないよ』


 この言葉を聞き、全 思風(チュアン スーファン)の眉がピクリと反応する。麒麟を凝視した後、視線を逸らして物思いに(ふけ)った。


 ──私の治める冥界には、不審な輩がわんさかいる。それは今も昔も変わらない。それにあそこは何もない場所だ。正直、つまらない。あんな場所で陰気臭い連中に囲まれてるぐらいなら、こっちでのんびり過ごす方がましさ。それに……


小猫(シャオマオ)がいるからね。私はあの子を護るために、寂しい想いをさせないために側にいるって決めたから」


 瞳は甘く溶け、唇は蠱惑(こわく)に笑う。しっとりとした口調が目尻を緩ませた。


 見たこともないほどに優しい表情をする彼を見て、麒麟は仰天してしまう。


『……えへ。王様はあの子の話をする時は、そんな顔するんだね』


 茶化しているわけではなかった。けれど意外なほどに暖かい笑みを目の当たりにし、これが驚かずにいはいられないと、ひときしりの談笑をする。鉄仮面に近かった全 思風(チュアン スーファン)の新たな一面を知り、両手を上げて(たの)しそうにした。


 しかし、全 思風(チュアン スーファン)は一瞬で切りつめた表情に戻る。麒麟を目視(もくし)し、チッと舌打ちをした。


「私のことはいい。それよりも、幾つかの勢力で裏切り者が出ているというのが問題だ」


『うん。それについての理由はハッキリしてるよ』 


「何!?」


 麒麟による思ってもみなかった返答に、全 思風(チュアン スーファン)は身を前へと乗り出す。麒麟をこれでもかというほどに睨み、早く言えと急かした。


 麒麟は、はいはいと呆れた様子で生返事をする。


『──【冥現(めいげん)の扉】。十年ほど前にそれが、少しだけ開いたんだ。ただ、数秒もしない内に閉じちゃってね。それでも、かなりの騒ぎだったよ』


 冥現の扉とは、麒麟や全 思風(チュアン スーファン)の故郷と、人間たちの住まうこの地を結ぶ扉のことであった。

 麒麟は霊力が強い。そして全 思風(チュアン スーファン)も、冥界の王だけあって強力な力を持っていた。しかしそんな彼らであっても、人間界へは迂闊(うかつ)に渡ることができない。


 麒麟の場合は雨桐(ユートン)という、魂のない肉体のおかげで人間の世界へと出ることができた。いくつかの偶然が重なり、麒麟は降り立つことに成功する。


『王様がどうしてこっちの世界にいるのかは……』


「秘密だ」


『ですよねー』


 軽口を叩く麒麟の額を、全 思風(チュアン スーファン)は指で弾いた。遊んでいるわけではないと刺すような視線を送る。


 麒麟はブー垂れつつも、咳払いをした。


『──知ってると思うけど冥現の扉は、玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)が作ったって言われてる。彼は(せつ)を始め、王様やこの世界の人間……宇宙すらも支配下に置いていたって話だ』


 霊現の扉は、その偉大な者が作りしものだった。次元、時空すらも飛び越え、ありとあらゆる世界を行き来できるとされている。

 扉は玉皇上帝が姿を消して以降、開くこともなかった。それが十年ほど前に動いたとなれば、欲をかいた者たちが狙うのは必然的である。


『完全には開いてないみたいだけど。鍵が見つかってしまうのも、時間の問題だよ』


 鍵という言葉に、全 思風(チュアン スーファン)の眉はつり上がっていった。しかし麒麟はそれに気づかないようで、つらつらと説明を施していく。


『鍵は物なのか、それともいきものなのか。それすらわかっていない。でも、この村で事件を起こした連中……白い服の人たちは、それを血眼で探してるって話さ』


 けれどそれは、白服の者たちだけに限ったことではなかった。麒麟という神獣(しんじゅう)も、求めているようである。ただ麒麟は、人間のように私利私欲で求めているのではないらしかった。

 

『今、(せつ)から言えるのは上からの指示ってだけ。見つけ次第捕獲、あるいは保護しろってさ』


 よいしょっと、子供の姿らしからぬかけ声をつけて立ち上がる。両腕を伸ばし、大きく伸びをした。


「……お前、これからどうするつもりだい?」


 一見すると麒麟を心配するかのように聞こえる。

 けれど彼の頭の中は華 閻李(ホゥア イェンリー)のことでいっぱいだ。麒麟が乗っ取ってしまっている幼子がいなくなれば、大切な子である華 閻李(ホゥア イェンリー)が悲しむ。それだけは避けたかった。


 それが顔に出てしまったのだろう。麒麟が、はははとお腹を抱えながら大笑いした。


『王様さ、変わったよね? 昔は無表情かつ、なーんにも興味持たなかったのに』

 

「私の事はいい! それよりもお前は、これからどうするんだ?」


 本当は、華 閻李(ホゥア イェンリー)のために麒麟を繋ぎ止めておきたいと思っていた。けれど神獣である麒麟を側に置いておくことは全 思風(チュアン スーファン)にとっては、あまり喜ばしくはない。


 麒麟はそんな彼の心情を汲み取ったようで、苦く笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかとても壮大な展開になってきました(°_°) ユートンもどき(麒麟)さんはこんな状況でもひょうきんだね [気になる点] 鍵ってまさか…
[良い点] 中華ファンタジーいいですね。 とても作り込まれた世界観で圧倒されます。 また全思風の狂気と美しさがたまらないです( ´ω` ) [一言] 更新楽しみにしてますね( ´ω` )/
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ