決戦
黒 虎明、そして爛 春犂。このふたりは率先して朱雀へと向かっていった。
黒 虎明は大剣をふるい、その衝撃波で朱雀の翼を消そうとする。
霊力を剣にこめ、少しだけ肘を後ろへ退いた。片足を前に出し、体重を乗せる。そのまま突きの姿勢で、ふっと息を吐いた。空を斬る音とともに地を蹴り、朱雀の背中へと斬りこむ。
けれど深紅の焔が邪魔をし、大剣の先を溶かしてしまった。
「……っ何!?」
男は急いで朱雀から離れる。溶けた剣の先端を見ては舌打ちし、爛 春犂に視線で答えを求めた。
すると爛 春犂は一歩前に出て、指揮棒のようなものを朱雀へと向ける。
「気をつけなされよ。あれの焔は、魂すらも犯す。触れた瞬間、魂そのものが蝕まれるぞ!」
「……恐ろしいな……いや、まて! そうなると、あの少年はどうなる!?」
ふたりは朱雀の器になっている華 閻李を見た。子供はふふっと妖艶に笑っている。
「……わからん。だが閻李はもともと、術師として非凡な才能を見せていた。術を使うのに必要な霊力はたんまりとあるのだろうな」
朱雀の焔によって霊力を消費することはあっても、倒れることはないのだろう。倒れるとすれば精神を歠まれるか、体力に限界が訪れるか。それのどちらかだろうと推測した。
「……とはいえ、このままでは我々が先に殺られてしまうだろうな」
指揮棒のようなものを一振し、向かってくる深紅の焔を弾く。そのまま札を投げ、朱雀を囲った。瞬間、札から細い線が現れる。線は札と札を橋渡り、楕円形の結果を作り上げた。
それでも朱雀にはあまり効果がないようで、結界は内側から少しずつ焔によって溶かされ始める。
「ふふ。無駄よ。この体の霊力は無尽蔵。いわば、底無しなのよ。どれだけ使っても倒れはしないわ!」
そう口にした直後、硝子が割れるように、結界が砕けてしまった。
結界を施した爛 春犂は指揮棒のようなものを強く握る。そして黒 虎明とともに、朱雀へと疾走していった。
それに負けじと、神獣たちも参戦する。白虎の牡丹は持ち前の素早さを生かし、焔を避けていった。
青龍の椿は朱雀とは違う色の焔を吐く。勢いを相殺させようとしているのか、朱雀の焔だけを狙っていた。
麒麟は爛 春犂たちに向かってくる焔を防ぎながら、彼らとともに走る。
「──黒 虎明。あいつは操られてたんじゃないのか?」
それを眺めることしかできない全 思風は、片膝を地につけていた。脇腹に食らった傷を治すため、自身の黒い焔で応急措置をしている。
ときおり口の中に溜まる血を吐き出しては、苦しそうに呼吸をした。
そんな彼を守るように数枚の札で結果を貼るのは、皆より少しだけ遅れて来た黄 沐阳である。
飛び火する朱雀の焔から彼を守るように、一生懸命霊力を札に注いでいた。
「……ああ、操られてたさ。俺じゃ、手も足も出なかった。でも爛 春犂が現れて、獅夕趙を支配してた焔を取り払ってくれたのさ」
「……そう、だったのか」
彼は視線を、今自分の代わりに戦っている爛 春犂へと注ぐ。
相手が相手なだけに、かなり苦戦を強いられているようだ。ともに戦う黒 虎明や神獣たちですら、朱雀に指一本すら触れられずにいる。
圧倒的な力の差を見せつける朱雀だったが、彼らもた諦めはしなかった。劣勢であっても、諦めずに立ち向かう。その姿勢が、彼の目に入ってきた。
「俺も戦えたらよかったんだけどな。獅夕趙との戦いで、かなり消耗しちまってさ。こうやって結界を張るのがやっとなんだ」
黄 沐阳の悔しさを含む言葉が、彼の耳に届く。
「それにさ。あいつ……爛 春犂のやろー。何か、気になる部分があるみたいでさ。獅夕趙に、玉 紅明の事を細かく聞いてた」
「……玉 紅明? そういえば、玉 紅明の姿がないけど?」
どこだと、黄色い服の男の背中を見つめた。すると黄 沐阳は首を左右にふる。
「……ここに来る途中の扉で発見されたよ。しかも、木乃伊みたいに干からびてた」
もともと、玉 紅明は死んでいた。その体を朱雀が乗っ取り、若さや美しさなどを保っていたのだろう。しかし今は、その朱雀自体が華 閻李へと移った。捨てられた女は、哀れとしか思えぬような姿に成り果ててしまう。
人の体を弄ぶことは、神獣として許されるものではなかった。それでも朱雀はやめることなく、器を少年へと変えたのだ。
「小猫……」
前方を直視すれば、朱雀に乗っ取られた子供が大勢を相手に妖艶に微笑んでいる。しかし最初の頃に比べると、顔に疲れが出ているようだ。やがて……
全身に深紅の焔を纏い、彼らを弾いた。ふらり、ふらりと、体力的に限界が来た子供の体で、朱雀は苦虫を噛み潰したような表情をする。
かと思われた瞬間、左手を前に突き出した。すると手のひらが淡く輝く。
その目映い光に、誰もが両目を閉じた。
「──私は、負けない」
少年と女性。そのふたつの声音が、光の中で重なる。
真っ白だったはずの朱雀の足元は、みるみるうちに藍色になっていった。そこから音もなく、ひとつの蕾が浮き彫りになっていく。芽を開き、雄しべや雌しべが顔をだした。
朱雀はその花にくるまれていく。汗ばんだ額を拭うこともなく、不敵な笑みを浮かべた。朱雀が蕾の中へと姿を消した瞬刻、一気にそれは膨れあがっていく。
やがて、巨体という言葉では片づけられないほどの大きさとなっていった。蕾は蒼い硝子のような色に変わり、華 閻李の象徴ともいえる彼岸花へと変貌を遂げる。
背の高い全 思風や黒 虎明ですら、蟻のように小さく見えてしまうほどだ。天井のないこの空間ですら突き破るほどに、彼岸花の頭が遠い。
「──小猫!」
次の瞬間、全 思風は、黄 沐阳が張った結界の外へと飛び出す。傷が癒えているのかすらわからない状態のままに、一目散に駆けよった。
けれど子供は、彼の声など届かぬほどに遠い場所へと行ってしまった。
朱雀に乗っ取られた少年を飲みこんだ彼岸花だったが、開花することはない。花に負けない太い幹に支えられながら、ゆらり、ゆらりと揺れていた。
そんな幹を、彼は両手で触れる。苦痛を眉に乗せながら、幹の表面を剥がしていった。
「小猫、小猫、小猫! お願いだから返事をして! お願いだから……心を閉ざさないでおくれ!」
皮を剥くかのように、爪を立てる。
石のように頑丈な幹であったため、彼の爪は剥がれてしまう。血が、爪と肉の間からポタポタと落ちようとも、止めることはなかった──
† † † †
暗く、誰もいない。そんな場所にたったひとり、華 閻李は踞っている。嗚咽を溢しながら肩で泣いていた。
──思が、僕の両親を殺した。僕は、そんな人に心を許していたの? 親の敵なのに……
もう、何を信じていいのかわからなくなっていた。涙を流し、延々と続く暗闇で踞る。もうそれしかないのだと、子供は涙に諦めの心を加える。
ふと、そのときだ。自分しかいないはずの空間に、夕陽のような光が落ちてく。
それは何かと、泣き腫らした目で見つめた。
チチチ……
落ちてきたそれは、弱々しく鳴く。バタバタと翼をはためかせてはいるものの、飛ぶ様子はなかった。疲れはてたように地面の上で寝そべり、ポロポロと大粒の涙が羽を濡らしている。
子供はそんな存在を目の当たりにし、涙を拭った。
「……鳥、さん?」
それは夕陽のように輝く深紅の羽毛の鳥、朱雀であった。




