飽きぬことなき謎
全 思風の笑みは崩れることを知らない。いつまでも見つめては、ふふっと口元を綻ばせた。
華 閻李の長く美しい髪を一房指に絡め、くるくると巻いていく。けれど引っ張るわけでもなく、ただ、眺めた。するりとほどけていく細い髪を視線だけで追いかける。
「ねえ小猫、龍脈などの目に見えぬもというのは、どうやって感じ取れるのか。それを知っているかい?」
妖しく煌めく銀の髪から手を離し、幼い眼差しに問うた。
華 閻李は迷うことなく首を横にふり、知らないと口にする。
「正直な話、私もそれは知らないんだ。空気と同じで見えやしないからね。だけど、これだけは言える」
彼の声が、一気に駆け上がった。隣にいる美しい銀髪の少年を、黒く深い瞳で注視する。
「あの村に出た殭屍は、確かに君たちが倒した。直後に龍脈や地脈も確認してみたけど、正常だった。それは間違いないよ」
まるで見ていたような言い草だ。そして嘘、偽りといったものはないと言わんばかりに撃実な言葉を放つ。
驚きを瞳に乗せる華 閻李を凝視し、ふふっと子供っぽく笑ってみせた。
これには華 閻李も警戒心を解くしかなかったようで、肩から苦笑いをする。けれどすぐに笑顔を消し、何もない空虚な天井を見上げた。
「……そうなると、どうしてまた殭屍が現れたのかな? 村人が、なぜ殭屍になってしまったのか。それの謎が残るんだよね。僕にはわからない事だらけだよ」
大人と子供の間にいる声をもって、華 閻李はため息をつく。床の上で足をぶらぶらとさせながら、何でだろうと首を傾げた。
「だってさ、僕らは確かに殭屍討伐に成功した。それなのに再び殭屍が現れたんだ。あの男……黄 沐阳自身の是非はともかく、実力は確かなんだ」
全てにおいて完璧とはいかなかった。けれど村を救ったのは紛れもない事実。平和になった村で、そこに住まう人々と話をしたのも記憶に新しかった。
しかしその村が、再び殭屍の餌食になってしまった。
華 閻李からすれば、それは納得のいくものではなかったようで……
「たった一ヶ月だよ? その間に同じ村が再び殭屍の被害にあうなんて……」
もちろん、絶対に二度とあわないという保証はない。それでもこのような短期間に、しかも同一の場所で起きたのだ。
それを偶然で片づけるのは無理があるのではなかろうか。子供は、まくし立てるように語った。
すると彼が子供の頭を撫でながら、あることを発語する。
「再発はね、起きないとは限らないんだ。どんな病気だって再発はするだろう? それと同じさ。ただ……」
ふふっと、柔らかな笑みを浮かべた。
「殭屍は、陰の気が強い者が儀式を行う事で作られる。死体を故郷へと送り届けるために術を施した。それが歩く死体の始まりであり、趕屍と呼ぶ」
ここまではいいかいと、華 閻李を見つめる。
子供は肯定し、床の下に手を潜らせた。そこから一枚の巻物を取り出す。それはどこにでもある一般的な巻物ではあったが、虫食いが酷かった。
けれど気にすることなく巻物を広げる。中身は真っ白ではあったものの、ところどころに汚れがあった。
華 閻李は隣に座る彼に、筆と墨を持っていないかと尋ねる。
「あるよ。ちょっと待ってね。ええと……」
彼は自身の衣の袖へ手を突っこんだ。そこから筆と墨を取り出し、子供へと手渡す。
「……あ、ありがとう」
なぜ、そんなところに入れているのかが不思議であったが、華 閻李は作り笑顔で受け取った。
けれど何事もなかったかのように、つらつらと話を進める。
「棺を立てかけたり、上下逆さまにしたりするのは、風水的によくない。その結果、魂魄の魄が透けきらなくなってしまう。そんな状態の死体は空洞そのもの。そこに陰の気を流しこめば、殭屍は完成する」
一筆ずつ墨で書いていけば、殭屍の元となる死体を中心した絵ができていた。
生者の魂を抜き、それを放置。残った体に陰の気を入れ、動かす。ただ、それだけの絵であった。
「だけどそれだけでは、殭屍は言う事を聞かない。動きはするけど、制御不能の死体でしかない。だよね思?」
一気に話を詰めた後、華 閻李は筆を置く。その場で上半身だけで背伸びをし、入り口を守護する彼岸花へと向かった。
子供の後を追うように、彼もまた彼岸花の元へと歩む。
「うん、そうだね。意のままに操るには血晶石が必要となる」
彼の言葉に同意した華 閻李は頷いてくれた。
「……ねえ小猫、血晶石から探ってみるってのはどうかな?」
「え? あー……確かに、それなら……うーん、でもさ。どうやって?」
「…………え?」
二人は無言になる。
お互いの息遣いだけが部屋中に流れていった。
全 思風は子供を見下ろす。小柄できれいな見目の少年は、少しばかり口を尖らせていた。
──ああ、うん。小猫、手詰まりな状態への不満が洩れてるよ。
華 閻李はぶーぶーと、喜怒哀楽を目や口で披露していた。普段はあまり表情を変えない子供にしては珍しいため、それを見ていた彼は口元を押さえて笑いを堪える。
ふと鉄格子の窓から外を見れば、夕陽が沈んでいた。真上の空には星が点々と昇っている。月も出始めていた。
「小猫、続きは明日にしよう。というか、明日、夔山の麓の村まで行ってみようか?」
百聞は一見に如かずだよと、子供の頭に優しく触れる。
子供は拗ねていた頬を戻し、何度も頷いた。
「うん、いい子だね。それじゃあ明日の朝、迎えに来るか……ら……」
踵を返して立ち去ろうとしたとき、華 閻李に服を引っ張られてしまう。
彼は困惑しながら腰を曲げ、子供と目線を合わせた。どうしたのと尋ねてみると、少年は瞳を潤ませながら見上げてくる。
「……こ、こで、一緒に寝てくれても、バチは当たらないよ? だって、僕らはもう友だちでしょ?」
もじもじと。華 閻李は恥ずかしそうに、耳の先まで真っ赤になっていた。
おそらく他意はないのだろう。純粋に寂しさからくるもの、仲良くなったのだから一緒の床で寝ても問題はない。
そういった気持ちで言ったのだろうと、彼は推測した。しかし……
「え? あー、えっと……」
誘いを受けた全 思風の心臓は飛びはねてしまう。鼓動がとても早くなり、全身から妙な汗が出ていた。全く死んでいない表情筋はさらに緩む。
──私の理性、保てるだろうか。
そんな一抹の不安を抱えながら、彼は暗くなった空を眺め続けた。




