龍脈、地脈、霊脈
【秋明菊】
菊に似た、白やピンクの花
華 閻李を優しく抱きしめ、一人ぼっちにしてしまったことが間違いだったと訴える。何度も小柄な子供に向かって、ごめんと謝り続けた。
その男らしい大きな背中と優しくて暖かな腕が、華 閻李を困惑へと誘う。
子供はどうしたものかと、眉根に弱った感情を乗せていた。
閉口などと思ってはいないのだろう。むしろ心配してくれて嬉しいのだと囁き、彼の背中に両手を伸ばした。
「君は、本当に優しいね」
子供に抱きつく両腕の力が、より強まる。
門番の前で見せた、強気で、誰も寄せつけない気高さ。飄々としていて掴みどころのない男。それらが嘘のように全 思風の全身は弱々しく、震えた。
「……えっと、入り口にある彼岸花は番犬みたいなものなんだ」
あぐね続けるわけにもいかないからと、唇が動いた。少しだけ戸惑い、話題を切り替える。
彼は腕を離した。子供の話に耳を傾け、興味深く、彼岸花を凝視する。
「番犬? 確かに毒があるけど。ああ……そうか。毒がある花を置いておけば、誰も寄りつかなくなるからね」
「うん。僕は自由な時間が欲しかったから、彼岸花を盾にしておいたんだ」
苦笑いしながら彼岸花について伝えた。
彼岸花は美しい。けれど球根部分に毒を持っていた。彼岸花に詳しくない者は、花そのものに毒があると思うのだろう。
その心理を利用して、部屋の入り口へと置いているのだと語った。
「へえ、面白いね。確かに効果はあるんじゃないかな? でも、部屋の中に彼岸花って咲くものなのかい?」
彼岸花への興味を捨て去ることなく、視線を子供の元へと戻す。
「……あなたは、その秘密を知りたいの?」
瞬刻、華 閻李の表情に艶が生まれた。
長いまつ毛の下にある瞳を少し細め、妖艶な空気が流れる。小さいけれどぷっくりとした唇からは甘い吐息が肉感的に聞こえた。痩せこけている頬のはずなのに、いやに人を惹きつけていく。
銀に煌めく美しい髪と、端麗な顔立ち。それらが全て華 閻李を形作る科となった。
そんな妖艶な見目をした子供を前に、全 思風は喉仏を強く動かす。
──この子は本当に、一瞬でも艶やかになるなあ。蝶のように美しく、それでいて秋明菊のように白く儚い。だからこそ、私はこの子を手放したくないんだ。
「……いや、止めておくよ。誰だって、秘密にしたい事はあるからね」
両目を閉じて、首を横にふる。
「うん、ありがとう」
子供は微笑んだ。髪の後れ毛をかき上げ、細くて白い首を晒け出す。
そんな子供の横にいる全 思風は、右手で自身の顔を覆った。「あー、これでは生殺しだよ。私は理性を保てるだろうか!?」と、耳の先を真っ赤にして唸る。
「……そ、それよりも! 君は今回の事件、どう思う!?」
あからさまな話題逸らしをする。真剣な面持ちになり、殭屍事件のあらましを一通り口にした。
華 閻李は天井を仰ぎ見、足をぶらぶらさせる。
「わかんないよ」
頬を膨らませる姿には、子供らしさが滲み出ていた。
彼は、子供っぽさをなくさない華 閻李の頭を撫で微笑する。
直後、子供の瞳は細められてしまった。そっぽを向き、彼の手を払う。かと思えば、神妙な顔つきになった。
「……ずっと、気になってる事があるんだ」
全 思風へ視線を向けることなく、細腕を天井へ掲げる。左の人差し指だけを立て、ふうーと軽く息を吐いた。
すると入り口にある彼岸花たちが姿を変え、橙色の桂花になった。
花を潰すことなく、香りを堪能するように鼻を近づける。子供は桂花の甘い香りに頬を緩ませ、彼へと花を渡した。
「あのね? 殭屍が出たという場所が、夔山っていうのが引っかかるんだ。ただ、夔山は昔から、冥界へと通じる山って言われている。だから、あの山の近くで殭屍が大量発生する事自体は珍しくない。ない、けど……」
言葉を濁していく。確信や自信がないようで、モゴモゴとしていた。
無意識なのだろうか。全 思風の服の袖を摘まんでいる。不甲斐なさからくる悔しさなのかは判断できないが、彼を見つめる大きな両目は潤んでいた。
──ああ、凄くかわいい。目に入れても痛くないとは、このことを言うんだ。
幸せを噛みしめたい気持ちに駆られる。彼は首を左右に振って現実を直視した。
「何かが引っかかっているんだよね? それは何?」
心の内を悟られぬよう、あくまでも余裕のある大人としてふる舞う。全 思風の低い声が部屋の中に響いた。
子供は頷き、彼から手を離す。
「今まで、村人全員が殭屍になる。なんてことは、なかったんだ。それに……」
「それに?」
彼は華 閻李の小さな手を握った。子供は不安からくる恐れに逆らえなかったのだろう。握られた手を振りほどきはしない。それどころか、強く握り返してきたのだ。
「直接村に行った時確認したけど、霊、地、龍の脈には変化なかった」
不安がりながら、床の下から一冊の本を取り出してパラパラとめくる。表紙には黄族の教本と書かれていた。数頁めくり、地脈などの説明が書かれている部分に目を通す。
龍脈とは、地中を流れる力のことである。地中に流れる【気】を龍に例えたもの。
地脈とは、生ある存在がその場に強く根吹くこと。言い換えるなら、根っこである。
しかしこれらは一例でしかない。どちらも同一であり、違うという解釈もあった。
そして霊脈。これは仙人の力の源であり、泉でもあると言われている。彼らが非現実的な能力を持ち、それを扱えるのも、この霊脈があってこそと言われていた。
「地脈が根となり、龍脈を作る。それを、仙人が霊脈として使用する。──というのは上辺の話。本当は……」
「──仙人が使う力は、霊脈を必要としない。だろう?」
それだけ言うと彼は、じっと華 閻李の顔をのぞきこんだ。




