七〇センチの距離
少女は押し入れから僕が寝る布団の準備をしている。それとなぜがもう一枚敷こうとしていた。
どうして二枚敷くのかと聞くのは野暮な質問であろう。
「べつにふすまで仕切ってるだけで、鍵とかかけてるワケじゃないし」
とは少女の言い分だ。たしかにその通りで、この家でプライバシーの壁は存外に低い。
「さあさ。敷き終わったから今日はもう寝よ」
僕は少女に半ば強引に寝かしつけられると、明かりを常夜灯にする。
それから少女は布団の中に潜りこんだ。
僕と少女の布団の間は一〇センチくらいの隙間がある。これが少女との間の仕切りであると考えるべきか。
僕は体を縁側のほうへ向ける。それでなくでなくても少女の息づかいは鮮明き聞き取れた。たしかな存在感。それを感じている。
すると布がすれる音と、ごそごそという物音が混じりあいながら近づいてくる。
布団の中にいた僕の浴衣の背中部分を何かがつかむ。
「お兄さん、もう寝たの?」
「そこまで寝つきはよくないよ」
振り返ると四つんばいの姿で、少し不満そうというか怒っているかもしれない表情の少女がいた。
「だったら、こっち向いて寝てよ」
「まだ怖いの?」と僕はさっきまで観ていた映画の話をする。
「それもあるけど。せっかくだし、話しようよ」
「どんな話がいいかな?」
「じゃあ、お兄さんのこと教えてもらおうかな」
僕からすれば意外な提案。少女からすれば案外、普通のことかもしれない。
僕は寝返りをうって反対に体を向ける。
そこには横になって、僕に顔を向けてくる少女。
先ほど言ったとおり、布団の間は一〇センチ離れている。
そこから僕も少女も布団の端から三〇センチほど離れてお互い向き合っている。つまり距離でいうと七〇センチほど。
お互い、手を伸ばせばあっさりと届くだろう。
「どうしたの?」少女は枕に頭を預けて微笑みを浮かべる。
僕と少女はこの距離を保って話をする。
僕は少女に自身の物語を語った。
夜が更けるといつの間にか僕らは眠りに落ちていた。
お読みいただきありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
感想、評価も今後の励みになりますので、ぜひお願いします。




