少女は虚数の海に還る 『百年の家 作 Jパトリック・ルイス 訳 長田 弘』講談社初版2010年
さて、実際に存在する絵本を今月は紹介させて頂きました。絵本という物はコミックが無かった時代においてもっとも素早く意識に投影できる書籍でした。日本はもちろん世界各国、あらゆる場所で教育に使われてきた絵本、それらには心があり、芸術性があり、面白いものです!
私が一番好きな絵本といえば・・・・・・そうですね。『カッパのクゥと夏休み』でしょうか?
外の月を見つめ、リオは物思いにふけっている。それは八月という死者の月が迫っている事に本能から気付いているからなのかもしれない。
「何やリオ、もうおねむか?」
アヌがそう言ってホットミルクを持ってくると、リオは年相応とは言い難い表情をアヌ、そしてバストに向ける。
「アヌ、バスト……リオね? きっと生まれてきたいんだと思うの。だから、読んで……リオがもう思い残す事がないような絵本、怖いやつ。とぉーっても怖いの」
アヌとバストは顔を見合わせる。ただ事ではない。されど、リオの言う通りにしてやりたくもあった。
ルルルルルルル♪
アヌのiPhoneが鳴る。そしてアヌは電話の相手を見て心底嫌そうな顔をしてでた。
「こらシア姐さん、どないしたんです? えっ? はい、えぇ。わかりました。あの、シア姐さん。すんません。恩にきります」
そう言って電話を切るとアヌは母屋の奥、シアの化粧室へ入り、一冊の絵本を持ってきた。
「これ、読んだるわ! 『百年の家 作 Jパトリック・ルイス 訳 長田 弘』。ほんまおもろいで! 家の視点で話が進むんや」
「家の視点?」
リオは不思議そうにアヌが見せる絵本を眺める。それは小さな年代の写真、家の語り、そして一枚絵と言う形で進む。
「これは、1900年から古い家の話、家の一人称で語られるんや。ほな行くで?1900年、子供達が森に遊びに行き、古い廃屋を見つける。その廃屋みたいな家で遊んでたんやろな? 外国の作家はほんまに芸術肌やかな。1901年に山火事が起きたらしいな。古い石でできた家は、時間をかけて再び頑丈な家にして欲しいと願うんや。人々が資材を運ぶイラスト。修復開始やな」
家は生き返る。どんな家でも生き返る。
「家は人が住まないとダメになるって言いますからね」
「せやな。そして海外は家を異様なくらい大事に使うからな」
「海外は大事に? 日本は大事にしないの?」
リオは不思議そうにそう言う。日本はもちろん物を大事にする筆頭であるが、法律上あまり長く家を建てたままにできない。だから新築が好まれる。海外は長年朽ちなかったと言うところに価値を見出す。
「見てみ! 完全に家は息を吹き返したで!1905年、家族団欒のイラスト。住み始めた人々が植えたぶどうの果実を見ている家。住めるようになった石の家は嬉しそうやろ? そんでワシが好きなフレーズがあんねん。読んでみ」
ここは本当に見事な表現だ。
1915年 結婚のイラスト。そのイケてるフレーズ。
『丘の娘は自分で自分の未来を選んだ』
石の家はそう語った。結婚相手は煉瓦職人で兵士。家から見て、結婚式風景を語る。挿絵は結婚式だからか、ちょっとしたお祭りみたいな風景。
リオも優しそうな表情で読む。
「1916年。赤ん坊が生まれるんだね。春になり、幸せな情景。この地が平和でありますようにと家は祈ってる。少しここ面白いね。二羽のうるさいガチョウも許されますように……だって」
外国人なりのジョークがまた洒落ている。家はガチョウがうるさいなと遠回しに苦言を漏らしている。
「でもな? 家の見てきた物はいい事ばかりとちゃうねん!」
日常の風景。それは平和が簡単に壊れてるという裏返しにも見える。
1918年。
「第一次世界大戦終戦っすね! この泣いている女性……戦争は何でも持っていってしまうっすから……家はこれも寡黙に見てるんすね……」
妻は夫を失った。戦争で死んだらしい。家は子供達が学校へ行く描写を語る。みんなが無邪気だった時間は素敵だった。
でも短かったと、不穏な空気を感じる。
「この絵本、今までの怖さとは違う怖さを感じる……でもリオはこの絵本で何かわかるかもしれない」
アヌとバストはうなづくと続きを読む。
扉絵は雪、子供達を見送る母。
「この1929年は平和っすね。藁に乗る子供達、ぶどうのシミだらけになったことを家は語るっす。収穫時期なんすかね? それに家は何かの前兆かと語ってるのが意味深っすね」
バストがペラりとめくると、ぶどうの収穫とぶどう酒作っている描写。リオとアヌと見合わせて微笑む。楽しそうで、幸せな風景だ。
「1936年は小麦の狩入れを見ている家やな。家族総出で収穫が多いかどうかを見てるやん。こういう日常えぇよな。憧れるわ」
だが、次の挿絵。小麦切り集める描写。この次の年は多くの悲しみを生んだ年。
「やっぱ、描写されるんすね……1942年。第二次世界大戦下、一番辛かった時代っすよね。二枚写真は兵士に脅される家の人、そして戦場にいるもしかしたら子供の姿・・・・・・」
「外国作家ならではの胸を打つ表現や、“破壊が、絶望が、憎悪が、犠牲者を追い立てる“遠くに見える戦火。家は最後の避難所になったんやな。苦しんで苦しみながらなお耐えてきた人たちのここが涙出そうになるな?」
かなり辛い描写。苦しそうな人が所狭しといるのだ。
「これ、子供向けの絵本にしてはやばいでしょ! 1944年。第二次世界大戦下 兵士がチーズを持っている足に血がついている。何をしてこのチーズを得たンスか? またこの詩的表現いいっすね。“千の太陽が煌めく戦争は、誰の戦争なのだろう?“ 本当にそうっすね」
戦争に関して、本作で一つ学べる事がある。兵士は当然のごとく殺人マシーンではないのだ。抵抗運動の兵士たちが農民達の作業などを手伝ってくれる。兵士たちが中良さそうに住民達と話している描写。
「どこまで行ってもこの絵本は子供向けなんや。せやけど、日本と海外の違いってなんか分るか? リオに、ばっすん」
分らないと首を振るリオ。そしてバストは答えを述べる。
「日本は楽しむ事、想像力をかき立てる事に重きを置いてるんすけど、海外は学ぶ事と自分で考える事に重きを置いてるからっすか?」
どちらがいいか、というのは難しい話である。海外の子供は知識が追いついていないのに大人の真似事のような口達者な事を言う反面、日本人の子供よりも圧倒的に自立力、自己解決力は強い。かたや日本の子供は幼稚するぎる反面、確実性常識性に関して海外の子供の追随を許さない。
どちらの教育も良い面があり、悪い面がある。絵本一つでこれだけ違うのだ。どうせなら両方を楽しんで頂きたい。
「1958年。料理中の母を見る子供達。せやけど、この絵から一つ子供の成長を見れるんや。息子が親元を離れることを示唆する家の台詞。車に荷物を積み、別れを惜しんでいる描写。この絵本は文字が殆どないのに、挿絵で全てを物語ってる。これぞ絵本やな」
リオは笑いながらも、固まる。
1967年 お婆さんが麦わら帽子を結っている。それを見ている少女。これは思い出を描写しているのだろう。次のページを開くと葬式らしい。母親が亡くなった。家は語る。心をなくした家は露のない花のようなものだ。弔いの鐘がひそやかに鳴った。
「ねぇ、この家。悲しいのかな? 悲しんでいるのかな?」
家は沢山の出会いと別れを経験してきたのだろう。黒を見に包み、悲しそうな人々の描写。
1973年 墓場の写真。
「これは結構くるっすね・・・・・・」
”新しい世代は今までの暮らし方を継がない。家はいよいよ自分の運命、旅の終わりを予見する。石の家は若い力でも取り替えられないのだと”
農耕で生計を立てる生活は終わり、皆都会に出て行くのだ。家は再び住まわれる事はない。
「家は誰も住まなくなると、寂れていく、廃屋に再び戻っている家やな。哀愁しか感じへん。キャンプやボーイスカウトなどが遠くでテントを張って、いつしかアウトドアの観光地のようになっている描写や・・・・・・もうこの家に未来はないんか?」
家が反映し、そして朽ちていく絵本。
1993年、木にカラスが乗っている描写。そんな救いのない物を見せられてリオはアヌに質問する。
「アヌ・・・・・・なんでこの絵本なの? リオに、消えて欲しいの?」
「アヌさん!」
バストが珍しく感情的に叫ぶのにアヌは鼻で笑ってリオとバストを見る。それにつかみかかるバストにアヌは言った。
「離せ、このダボくれ! 読書中や、リオお前が読めって言ったんや。最後までちゃんと読み切れええな? これが家の語りや」
二十年後、自分は自然の力で完全に消えるだろうと呟く家。
更地の中、石の家はポツンと漂う。もういよいよ終わりを感じる。泣きそうなリオの肩を抱くバスト。
1999年。重機の写真
家の最後の語り。
夜の小鳥達が美しい声でささやいている。
おっそろしく古い家は、今どこにある? 自分の新しい住所が、分からない。すぎたるは及ばざるだ。
この上ないものは、どこへ消えたのか?
けれども常に、私は我が身に感じている。
なくなったものの本当の護りては、日の光と、そして雨だ、と。
「リオ、いつかは何でも消えていく。多分、ワシとばっすんもや。今の時間が悠久の一時に思えるかもしれへん。でも永遠なんてないんや・・・・・・リオ、最後のページ、お前が開くんや」
リオはここまで優しくしてくれたハズのアヌからのこの仕打ち、もう既に心は折れ、それでも最後の力でページをめくる。
「・・・・・・えっ! これ」
「マジ・・・・・・っすか」
アヌはしてやったりという顔で笑う。そしてビールのプルトップをあけて一口。
リオが開いたページ。
そこには近代的な大きな庭とプールのある家。
家は生まれ変わったのだ。
「この家は見つけられた。リオ、お前もワシ等に見つけられたんや。産まれてこれへんかったかもしれん。せやけど、お前はここにおる。そして、ワシ等はここにおる。リオ、またいつか戻ってきぃ・・・・・・だから、産まれてきぃ。ええな?」
リオは本来存在しなかった。この古書店『おべりすく』という不思議な古書店で認知されなければリオは誰にも知られる事もなく記憶に残る事もなく、ただ虚数になるだけだった。
「アヌぅううう!」
アヌは両手を広げる。リオはアヌの腕の中に飛び込む。これは実はドッグセラピーだったのだ。リオの・・・・・・水子の魂を鎮める為の・・・・・・アヌの腕の中でリオはゆっくりと目を瞑る。そしてリオは本来いなかった少女は、雪が溶けて春が来るように、世界からいなくなった。
「アヌさん、あれで良かったんすか?」
バストはビールをアヌに手渡してそれを軽くコツンとぶつけてから小さな乾杯。酒に少し酔わされてアヌは語った。
「リオは可愛そうな子やけど、シア姐さんからしたら穢れや。シア姐さんがわざと帰ってこーへんかったんわ。ワシに介錯をさせてくれたっちゅー事やな」
そんな事を言いながらアヌは普段吸わない煙草を紙に巻いて火をつけた。
「絵本か、ばっすん。お前、絵本と言えば思い出せるのなんや?」
「宝物比べっすかね?」
「マニアックやのぉ・・・・・・ワシはパパは魔法使いかの」
「あー。あの鉛筆削りからスパゲッティが出てくるの、憧れだったすよ」
すぅと紫煙を吸ってからアヌはひゅーと煙を吐く。肺に煙を入れず、口内と鼻孔のみで煙草を吹かす本来の煙草の吸い方。
「リオ・・・・・・産まれ変わって戻ってくるかのぉ」
そう言いながら外の月を眺めていると、ガラガラガラと古書店の扉が開かれる。こんな閉店後に誰が来たのか? 神様か? トトさんか、汐緒か・・・・・・
そこには私学の制服を着た見知らぬ女子中学生。
「なんや嬢ちゃん、閉店やでぇ! また明日来てんかー!」
「アヌぅ!」
アヌに抱きついて自分の匂いをマーキングする少女。年齢に対してよく発育している少女。バストは死んだような目でアヌを見つめ、アヌはストライクゾーンから外れている年齢の少女相手にチョップをくれてやる。
「なんや! ワレぇ! それで痴漢やーとか言うて冤罪ぶっ込んで来る気かぁ!」
「アヌ、リオだよ。このあたりの土地神に産まれかわれたの! だから毎日アヌのところに遊びにこれるからね」
アヌとバストは顔を見合わせる。
「え?」
「あれじゃねーすか・・・・・・水子から、たたりもっけに進化した的な・・・・・・」
ごろにゃんとアヌに甘えるリオ・・・・・・古書店『おべりすく』に人外の常連が一人できた瞬間だった。あれこれと朝方まで絵本談義に付き合わされるアヌ・・・・・・
「次は詩集でもよもか・・・・・・」
ホラー絵本特集でしたが、最後は少し感動的な物を選ばせて頂きました。
古書店は実は、東京方面では自粛対象でした。さてさて8月からはまたセシャトのWeb小説文庫が再会されます。ですがこちらの業務日誌も不定期で更新をと私は希望してますよぅ^^
それでは皆様、また会いましょう!




