踊る二つの足跡です。
「若宮グループの年末パーティー、ですか?」
クリスマスを数日後に控えた二学期の終業式の日、学校から帰った俺と奈緒はキャサリンさんの前でその話を聞かされた。
若宮グループの系列会社の経営者でもある若宮家の親族一同、そしてその会社の重役達が集まり、年末にパーティーを行っているらしい。その恒例行事の給仕のヘルプとして、俺達も参加することになるという話だった。
人件費をケチっているというわけではなく、奏お嬢様のことを考えた宗次郎さんの提案だった。会長としてプレッシャーのかかる舞台で、親しい人間が多い方が負担も減るだろうという考えだ。
奏お嬢様が初めて会長として参加した昨年のパーティーでは、途中で体調を崩したため、最後のスピーチをすることができなかったらしい。
主旨は理解した。しかし、ベテランの奈緒はともかく、未熟な俺がそんな華やかな場で仕事をするなんて大丈夫なのだろうか?
「小憎よ、お前もいつまででも新人ではない。いつもの仕事ぶりから、わしが任せてもいいと判断したのじゃ」
「そうね、いつもどおりの彰人なら大丈夫だと思う。私もできるだけフォローはするから安心して」
普段は褒められることが少ないので、その言葉は素直に嬉しかった。二人とも、あまり褒めすぎると調子に乗る俺の性分を熟知しているのかもしれない。
やっぱり人に認められる事は嬉しいものだ。
とにかく、その評価に応えることができるように、俺なりに全力で仕事に臨むことにしよう。
「クリスマスイヴが恋人達のための日だって?スイーツ脳が極まった意見だよね。まあ、リア充は何にでも乗っかって楽しもうとする、貪欲な恥知らずだから仕方ないけどさ。本来は敬虔なクリスチャンのための日で、副次的に夢見る子供達が楽しむための日だろうに。自分たちがまぐわるのに意味を持たせたがる意味が本気で分からないよ」
柳原が怪電波のような雑音を放っている。清々しいほど僻んだ意見だった。
十二月二十四日、いわゆるクリスマスイヴと呼ばれる日、俺達は『喫茶店いるか』に集まり、プレゼント交換会なる催しを行おうとしていた。
集まったのは俺、奏お嬢様、奈緒、華ちゃん、諏訪部さん、そして小宮山と田代、何故か柳原も一緒だった。
「ヤナギンさあ、そういうの本気で営業妨害だと思うんだよね。せっかくのイヴに嫌な気持ちになりたくないでしょ?」
華ちゃんが珍しく本気で説教じみたことを言っている。
店内にはカップルと思しき人達もいるので、華ちゃんの意見はもっともなものだった。
俺は集まった面々を見回して、皮肉な笑いを浮かべた。
「しかし、イヴの夜にこんなに予定のない若者達がいるなんてな」
「アキちゃんにだけは、そんなこと言われたくないです。ねえ、奈緒?」
「好きな人と二人っきりで過ごせるクリスマスって素敵でしょうね」
奏お嬢様と奈緒はにっこりと微笑みを浮かべているが、俺は思わずサッと視線を反らしてしまった。うん、完全に失言だったね、どれだけ待たせてるんだよって話だよね……本当にすみませんっ。
俺は慌てて田代に話を振る。
「田代が予定がないなんて、意外だよな。クリスマスのお誘いなんていくらでもあるだろうに」
「よく知らない子に誘われても困るだけだろ。だったら気心の知れたお前と一緒の方がまだマシだ」
……こいつ、顔を真っ赤にして何を言っているんだ?
女性陣がヒソヒソと何かを話し合っている。どうやら小宮山が振られた原因や、俺の煮え切らない態度に対する疑惑が持ち上がっているようだ。
何か気になることでも?何なら、俺が女の子が大好きだってことを行動で示してもいいんですよ?全力でいくけど、警察は呼ばないでね。
「それじゃあ、皆集まったことだし、そろそろお楽しみを始めようか?」
華ちゃんがイベントの進行役のような口ぶりで場を仕切ってくれる。
テーブルの上にはマスターのご厚意で、チキンやケーキなどのクリスマスらしいメニューが用意されていた。いずれも手作りとのことで、マスターの料理の腕に改めて驚かされた。
今回のクリスマスプレゼント交換会は、一人千円までの品物を用意して持ち寄るのがルールだった。プレゼントはランダムに交換され、誰に誰からのプレゼントが渡るのかは分からない。各人のセンスが問われるイベントだった。こういうイベントで微妙なプレゼントを選んでしまうと、仲間内でセンスの悪い人という評価ができあがってしまう。それは避けたいところだ。
番号が書かれたシールを自分が用意したプレゼントに貼り、一カ所に集める。
そして、くじ引きをして、くじに書かれた番号に対応したプレゼントがそれぞれの手元に渡った。
俺が引いたのは二番のくじ。おしゃれな柄の包装紙で包まれた掌サイズの箱だった。
「あっ、それ、あたしのプレゼントだ」
小宮山が少し嬉しそうな声を上げる。こういうのは皆の前で包みから出すと盛り上がるんだよな。
「じゃあ、開けてみてもいいか?」
その流れでお互いのプレゼント披露会が始まる。皆が包みを開ける俺の手元に注目した。
小宮山からのプレゼントはコンパクトミラーだった。手帳のような作りになっていて、カバーを開くと鏡が現れる。外のカバーはダークブラウンで、シンプルな外観のため男の俺でも持ち歩きやすい。
「へえ、いいじゃないですか。男の子に当たることも考えて選んだんですね」
「ま、まあね、一応ね……」
諏訪部さんの言葉に小宮山が照れくさそうに答える。
「彰人はいつも寝癖をつけているから、ちょうどいいかもしれないわね」
「おう、これでお前の手を煩わせることもなくなるな」
いつも寝癖を奈緒に指摘され、無理矢理直されることが多いのだ。
「やっぱり、それ、持ち歩かなくてもいいわよ。壊すといけないから」
奈緒が慌てたように言い募った。
「とにかく、ありがとうな、小宮山。大事にするよ」
「うっ、うん」
小宮山が素直な様子で照れているのは悪くない。なかなか貴重な姿を見ることができた。
華ちゃんが勢いよく手を上げる。
「はいはーい、それじゃ、次は私へのプレゼント開けちゃうねえ」
華ちゃんが手のひら位の大きさの紙袋を開いて、大きくため息をついた。
「はぁー、これは私の所に来るのが筋ってもんだよね。運命を感じるよ」
華ちゃんの奇妙な反応に、皆がその手元をのぞき込む。
紙袋の中にはリボンが入っていた。ラッピングに使うようなリボンがロールのまま入れられていたのだ。
「これ、どういうことだ?」
田代の疑問はもっともなものだった。お互いに顔を見合わせて、誰からのプレゼントなのか確認する。奈緒だけがその行為に参加せず、そっぽを向いている。いや、よく見ると奏お嬢様と小宮山の挙動もおかしい。二人の目は明らかに泳いでいた。
華ちゃんが元気のない声で説明する。
「これ、奈緒のプレゼントなんだよ。私がアホなアドバイスしちゃったからさあ……」
「華子、言わなくていいから」
こんな思わせぶりなやりとりをされると気になってしまう。
「いやあ、だからね、何を贈ればアッキーが喜ぶかって相談されたから、答えたんだよ。自分の体にリボン巻きつけてプレゼントだって迫れば大喜びだってね。本当に買ってくるとは思わないからさあ」
「……」
「プレゼント買い直すのももったいないから、これ入れときなよってことになって……」
「まあまあ、いいじゃん、いいじゃん。軽いジョークってやつだよねっ、ねっ?さあ、次いってみよう!」
強引に場を盛り上げようとするような小宮山の声。席から立ち上がって、ことさらに自分に注目が集まるように振る舞う。あからさまに怪しい挙動だった。
小宮山が「ジャーン」と効果音を口で言いながら、プレゼントの中身を皆に見えるように取り出した。
小宮山はそれがリボンのロールであることを確認すると、その場に崩れ落ちた。
奏お嬢様がだらだらと汗を流しながら、あらぬ方を向いている。
諏訪部さんと田代、そして柳原の表情が無になり、その目から光が消えた。俺も同じような表情をしていることだろう。俺は仕方なく小宮山に質問した。
「一応、説明してもらおうかな?」
「はい……若宮からどんなプレゼントがあんたに喜ばれるかって相談を受けましてぇ……以下同文っ!」
だんだんと小宮山と華ちゃんの距離が近くなり、最後はひしっと抱き合った。
こいつらは……奇人姉妹にいらん知恵を吹き込みやがって……。
奏お嬢様から抗議の声が上がる。
「はいはいっ、もちろん私はジョークのつもりで、他の人に当たったときのプレゼントも用意しようと思っていましたっ」
「でもさぁ、一応、千円以内がルールだから。あんたにだけ余計なお金、使わせるわけにはいかないよ」
小宮山が柄にもなくもっともなことを言っている。
華ちゃんがそれを聞いて、「分かるっ」て顔でしきりに頷いていた。
「まあ、誰にも迷惑がかからなかったみたいだし、良かったんじゃないかしら?」
奈緒が涼しい顔で話をまとめようとしている。こいつ……いつの間にか当事者じゃないような顔をしてやがる。だいたい、俺以外の奴に当たったらどうするつもりだったんだよ?実際にそうなってるし。
「それにしても、奈緒ったら、そんな細いリボン選んで肝心なところが隠れなかったらどうするつもりだったんですか?」
奏お嬢様の質問に奈緒が首を傾げる。言っていることはよく分からなかったが、奏お嬢様が選んだリボンは、確かに奈緒のリボンよりも太めのものだった。
「ええと……奏お嬢様はどんな姿でそのリボンを使うつもりだったのかしら?」
「えっ?」
「まさかとは思うけど、裸……」
「わあーっ!!今のなしっ!私、何も言ってませんっ!!」
「……」
この人、ジョークどころか実用性を考慮したチョイスじゃねえか……。
これ以上、この話題を掘り下げても誰も得をしないだろう。俺は咳払いをひとつすると、次の人へとバトンを渡す。
「じゃあ、次の人、行ってみようか」
「それじゃあ、私が開けさせてもらいますね」
諏訪部さんが手を上げ、自分に当たったプレゼントを開く。
中から出てきたのは、ビーズのブレスレットだった。
「ああ、それ、俺のプレゼントだわ。実は、手作りなんだよね」
イケメン田代が鼻の下をこすりながら、照れくさそうに名乗り出る。
本人はドヤ顔だったが、周りの女子の反応は微妙だった。
「うわあ、手作りのアクセとか重すぎね?」
「イケメンなのにプレゼントは残念だよねえ」
小宮山と華ちゃんの酷評を取りなすように、諏訪部さんが田代をフォローする。
「私、こういうの大好きです。こんなに素敵な数珠を貰えるなんて……」
「いや、それ、ビーズのブレスレットなんだけど……」
田代が選んだビーズの色は濁った茶色やくすんだ緑色ばかりで、確かに線香の香りがよく似合いそうだった。センスが残念という、イケメンの意外な弱点が発覚したようだ。
「あーあ、これは付き合わなくって正解だったかもねぇ。田代のセンス、やばすぎでしょ」
「うっ、うるさいんだよ。分かる人は分かってくれるから」
田代の強がりをゲラゲラと笑い飛ばす小宮山。二人の関係は修学旅行以降も良好だった。そして、最近の小宮山は、自分の失恋すら話のネタにすることができるようになっていた。
小宮山を振った気まずさで、田代は一時、彼女との距離を置こうとしていたようだ。田代に積極的に話しかけ、それをさせなかったのは小宮山自身だった。彼女は田代との関係を恋愛感情とは別のものを基にして、新たに築き上げようとしていた。
それは田代という『友達』に対する気遣いであるのだろう。
他に欠点は多くとも、そういった情に厚い所は素直に尊敬できる。とても強い女の子だと思った。
話が一段落する頃合いを見計らい、奈緒が手を上げる。
「それじゃあ、次は私が」
「ああ、それ、僕のプレゼントだね」
包みを開ける奈緒の手がピタリと止まった。
柳原のプレゼント、確かに開けるには勇気のいる代物かもしれない。
奈緒は慎重に中身を確かめながら包装紙を開いていく。
「あっ、それ、最近駅前にできたチョコレート専門店の箱ですね」
諏訪部さんの情報は、俺も聞き覚えがあった。テレビにもよく出ている有名パティシエがオーナーのチョコレート専門店が、駅前にオープンしたのだ。連日、店頭に行列ができるほどの人気店で、品物を手に入れることすら難しい状態だった。
小宮山が感心したような声を洩らす。
「へえ、よく手に入ったねぇ」
「そういう時事的な希少価値もあるから、こういう場にはいいんじゃないかと思ってね。誰かと一緒に食べることができるしね」
柳原らしからぬスマートなチョイスだった。いや、こいつは意外とこういった、状況をわきまえた行動ができる男だった。普段は空気をあえて読んでいないだけで、実際は周りのことをよく観察しているのだ。
直前の田代のプレゼントが微妙だっただけに、このプレゼントは女性陣に好評だった。
「まあ、こういった場で実用的でもない、形に残るようなプレゼントなんて、貰っても困るだけだしね。少しでも相手のことを考えていたら、普通はそんなプレゼントは選ばないよね」
「うっ……」
イケメンを異常なまでに敵視する柳原が、ここぞとばかりに田代を攻撃する。壁の向こうの相手に泥水を浴びせかけるような、姑息な攻撃だった。
「ふうん、ありがとう。チョコレートは好きだから、素直に嬉しいわ」
「いやいや、どういたしまして、喜んでもらえて嬉しいよ」
奈緒からのお礼への対応もスマートに見える。いつもなら勝負にもならないイケメンと変態の対決は、変態の完勝となったようだ。田代が本気で落ち込んでいる様子が印象的だった。
「はぁ……まあいいや、今度は俺がいくよ」
田代が気を取り直すように自分の手元の包みに手をかける。
包装紙の下から、大きなキャンディのような包みがいくつか入った瓶が出てきた。見慣れない品物だった。
「ああ、それ、私のプレゼントだね。バスフィザー、知ってる?」
華ちゃんのプレゼントのようだ。バスフィザー?聞き覚えのない言葉だ。
「いわゆる入浴剤ですね。日本のものとは少し違って、香りが強くてバブリーなのが特徴です」
奏お嬢様が説明してくれた。なるほど、あのキャンディみたいな塊を湯船に溶かすわけだ。華ちゃんらしいオシャレなプレゼントだった。
「私がいつも使ってる愛用品なんだよねえ。良かったら使ってみてよ」
「愛用品って……これ、いつも柴田がお風呂に入れてるのか?」
「そうだよ?香りが良くてリラックスできるから、お勧めだよ」
「お風呂、柴田が……」
田代が顔を真っ赤にしている。こいつは女子に人気があるくせに、女の子に対する免疫ってものが全くないんだよな。今も何を考えているのやら。
「柴田ってさ、垢抜けてて何か良いよな。他の女の子とは雰囲気が違うって言うかさ」
「……」
田代の自分に言い聞かせるような声は小さく、俺の周りにしか聞こえない。小宮山が呆れたようにため息をつく。
「田代ってさぁ、意外と惚れっぽいんだよねぇ」
「何でお前はその惚れっぽい男のセンサーに引っかからなかったんだろうな?」
「まあ、ビッチっぽいのは駄目なんだろうね」
「誰がビッチよ!あんた、いい加減にしなさいよ?」
柳原の意見に小宮山がくってかかる。
「まあまあ、柳原だってお前がビッチだとは言ってないだろ。でも、ビッチっぽいってのはお前の特徴なんだから、ある程度は仕方ないと思うぞ」
「あんたらねぇ……」
「お前が恋愛に純粋なのは知ってるよ。まあ、綺麗だし派手に見えるから誤解されるんだろうな」
「えっ、えっ?もう、何なのよ……突然?」
俺の言葉に小宮山が急にもじもじとし始める。湯気が出そうなくらい真っ赤な顔になっていた。こいつ、可愛いところあるんだな。俺は小宮山の乙女な反応に、思わずニヤニヤとしてしまった。
隣のテーブルから強烈なプレッシャーを感じる。奏お嬢様と奈緒がじとっとした目で俺達の方を見ていた。俺は二人を刺激しないように、静かに柳原に目配せをした。
「次は僕の番だね。これ、誰のプレゼントだろう?結構重いな……」
可愛くラッピングされた包みだった。巾着袋のような形状になっていて、袋の上の部分をリボンでくくってある。柳原がリボンを解き、袋を逆さまにすると、手のひらの上に金属製のボールのようなものが転がり出た。野球のボールよりも一回り小さな玉で、手のひらですっぽりと包み込めるサイズだった。
「あっ、私のプレゼントです。実用品なんですけど、良かったら使ってくださいね」
諏訪部さんが穏やかな微笑みを浮かべながら、名乗り出た。
柳原が興味深そうに、手のひらの上で玉を転がしている。
「へえ、これ、何に使うんだろう?」
「鉛球なんですけどね、ストレスが溜まったときに使うといいですよ」
なるほど、マッサージか何かに使うんだろうか?
諏訪部さんは続けて使い方を簡潔に説明してくれた。
「嫌なことがあった時に握り潰すとスッキリしますよ」
「…………んん?」
「完全にすり潰すと、指の間から砂みたいになってこぼれ落ちてくるんですよね。それを見ていると心が落ち着くんです」
「……」
「一個しか用意できなかったんで、一回しか使えないのが申し訳ないんですけど。消耗品だから仕方ないですよね」
「……ちなみに、ちなみになんだけどね。諏訪部さんはこれ、どのくらいの頻度で使ってるの?」
「一週間で三つくらいですかね?」
ああ、わりと頻繁に使ってらっしゃる。意外とストレスの限界容量が小さいんですかね?普通は鉛球って消耗品にはなり得ないんですけどね。
柳原は真っ青な顔でガタガタと震えていた。あの夏の日の思い出が蘇ってきたのだろうか?
諏訪部さんにストレスを与えないような言動を心がけよう。俺達はアイコンタクトで自重を誓い合った。
「最後は私ですか?と、いうことは……これ、アキちゃんのプレゼントですね」
奏お嬢様は目を輝かせながらプレゼントの包みを開く。期待のためか、フンフンと鼻息が荒い。
奏お嬢様に当たったのか、選んだ品物に相応しい人に渡ったようだ。
皆の注目が集まる中、奏お嬢様が包みから取り出したのは、上品なハンカチだった。 どんなプレゼントにするか迷ったのだが、無難なものを選んだのだ。無難な選択とはいえ、自分の目と足を使って選んだプレゼントだった。
「何かさぁ、普通だよねぇ」
「普通だねえ」
「普通ですね」
「普通だな」
「普通だよね」
「普通」
「ぐっ……」
こいつら、絶対に示し合わせてるだろ?奏お嬢様は分かってくれるはず。
ハンカチを手にした奏お嬢様がぽかんとした顔をしている。
「雛子さんから聞いてたような個性が出ていませんよね?」
「……」
「どういうことなんですか?どんな変態グッズが出てきても、受け入れる準備はできていたんですけどね」
俺、何で説教されてるの?大体、誰にプレゼントが渡るか分からないのに、おかしな物を用意できないだろう。他の奴らはともかく、諏訪部さんに当たったりしたら、魂を砕かれてもおかしくないんだぞ。
「やる気が感じられませんよね、ちゃんと変態グッズを用意するべきです。今すぐにでもっ!」
奏お嬢様の熱弁に、周りから戸惑ったような雰囲気が感じられる。代表して諏訪部さんが、皆が思っていることを言ってくれた。
「あのう、若宮さん、その口ぶりだと若宮さんが変態グッズを心待ちにしていたように聞こえるんですが……」
「……」
奏お嬢様は虚を突かれたように黙り込んだ。周りの人々の顔を見回し、顔面どころか胸元まで真っ赤に染め上げる。
「……違います、私はプレゼントだから仕方なく、あくまで空気を読んで、受け入れる心構えをしていただけです」
あくまでも冷静な対応のように見せようと、ゆっくりとした口調で話そうとする奏お嬢様。しかし、目に涙を浮かべながら声を震わせているようでは説得力がない。奏お嬢様の額からは尋常じゃない量の汗が流れていた。
この人、好奇心が旺盛すぎるところがあるからなあ……。雛子の話に感化されすぎていたんだろう。
奏お嬢様が手に持っていたハンカチで額の汗を拭く。
さっそく俺のプレゼントが役に立ったようで何よりだ。
楽しいひとときは、瞬く間に終わりを告げ、俺は若宮邸への帰路についていた。
歩道を歩く俺の右側には奏お嬢様、左側には奈緒、誰に決められた訳でもないのに、自然とその並びになってしまう。
『喫茶店いるか』にいる間に雪が降ったのだろう、道路にはうっすらと雪の塊が残っていた。街灯の光をキラキラと反射させ、幻想的な雰囲気を作り上げている。
俺達は何となく黙ったまま夜道を歩き、それぞれの思いに耽っていた。三人分の白い息が空中で交わり合っている。
商店街と若宮邸の中間にある小さな児童公園。歩道から中をのぞき込むと、誰にも踏み荒らされていない雪のカーペットが広がっている。歓声を上げながら、奏お嬢様がそこに足を踏み入れた。
「まったく、子供みたいね」
奈緒が苦笑しながら、はしゃいでいる奏お嬢様を見ている。
奏お嬢様は自分が雪の上に付けた足跡を確認しながら、踊るようにステップを踏んでいた。
「奈緒っ、奈緒も早く来てっ」
奏お嬢様に呼ばれた奈緒が、その後に続く。二人が残した足跡が、くっつき、離れ、絡み合い、模様のように雪の上に描かれていく。
姉妹でありながら、幼少期を一緒に過ごすことがなかった二人。複雑な出会いを果たした後も、この児童公園で一緒に遊んだことなどないのだろう。
今こうして、ここで笑い合っていることが奇跡のように感じられる。
彼女に伝えなければならないことがあった。彼女に伝えたいことがあった。
しかし、今だけは、その笑顔が曇るようなことはしたくない。
いつもの俺の逡巡。
決まっている結論を先延ばしにしているだけではないか。
それを伝えることはいつだってできるのだから、今じゃなくてもいいはずだ。
二人が呼ぶ声に応え、俺は公園に足を踏み入れた。




