ブラックドラゴン戦5
「……ヤバっ!」
カレンのことを気にしている暇もなく、ドラゴンの尻尾が振り下ろされる。
まともにくらったらペシャンコにされてしまいそうな一撃を圭は横に転がってかわす。
「強い……」
一撃一撃が必殺の威力を込めている。
これがドラゴンなのかと圭は険しい表情を浮かべる。
「ふぅっ!」
ただドラゴンは図体が大きい分攻撃の動作も大きい。
攻撃そのものの素早さもかなりの速度であるが、回避はできそうである。
ドラゴンが尻尾を振り下ろした隙をついて、ダンテが攻撃を仕掛ける。
圭たちの世界にドラゴンなんて生物はいない。
だからどんな生物であるのかは、よく分からない。
しかし生物であるということは分かっている。
生物としてダメージを受けてマズいのは、頭や心臓だと相場が決まっている。
大きな体のどこに心臓があるかなんて今は知りようもないけれど、頭の位置なら丸わかりだ。
「なんだと……?」
黒い魔力が込められた一撃がドラゴンの頭に直撃した。
防御も回避もするつもりがないように、まともに頭で攻撃を受けていた。
低く鈍い音が響いて、ドラゴンの頭が弾かれる。
だがドラゴンは金色の瞳をダンテに向けて睨みつける。
ダンテとしてもかなり力を込めたのに、ウロコの一枚すら傷付かなかったことに驚いてしまう。
「ダンテ! くっ……強いというより……硬いな!」
ドラゴンが口を開いてブレスを放つ。
ダンテがブレスをモロに喰らって、赤い炎に包まれる。
一撃の威力が高いことは分かっていたが、それだけではなく頑丈さは常軌を逸脱している。
フィーネの攻撃もダンテの攻撃もドラゴンにダメージを与えられない。
夜滝が放つ魔法もドラゴンは防ぐ様子すらなく体で受ける。
だが一切のダメージはなく、ただ少し怒らせるだけ。
攻撃は回避や防御ができるからいいとして、攻撃が通らない相手をどう攻略したらいいというのか。
「圭さん! 喉元です!」
「喉元?」
「こういう時はドラゴンの喉元に弱点の逆鱗があるのが定石ですよ!」
少し離れたところにいる薫が叫ぶ。
物語でドラゴンの弱点といえば逆鱗と呼ばれる部位である。
イメージでは喉元にあるのが薫の印象だった。
「喉元……」
カレンも復帰して、圭たちは必死に攻撃をかわす。
その中で薫の言う逆鱗を探して、ドラゴンの喉元を観察する。
黒い体をしている上に頭の影になって喉元はかなり見にくい。
「……あれか?」
じっと見つめていると何かうっすら光るものを見つけた。
圭の真実の目がドラゴンの逆鱗を見抜いたのだ。
「ただ位置が高いな」
巨大なドラゴンの喉元は、圭たちからかなり高い場所になってしまう。
今の能力値なら飛び上がれば手が届く。
しかし手が届くこととちゃんと狙えることはまた別である。
「みんな! ドラゴンの喉を狙いたい!」
「オッケー!」
「ふむ、任せておくれ」
圭が指示を出すとみんなが一気に動き出す。
「まずは倒してしまおうか」
夜滝が魔力を杖に集中させる。
「はっ!」
夜滝の足元を中心に地面が凍りつき始め、ドラゴンの足元へと凍りつくところが広がっていく。
「フィーネ、復帰!」
山の下に落ちていたフィーネが戻ってきた。
「フィーネ、横からやっちゃうよ!」
「ピッ? 分かった!」
波瑠がフィーネを抱きかかえて飛び上がる。
今度は上からじゃなくて横からドラゴンを狙う。
空中で大きく一回転して勢いをつけて、波瑠はフィーネから手を離した。
「ピピピー!」
フィーネがドラゴンの脇腹に向かって槍を突き出す。
突き刺されば儲け物と思った一撃は、硬いウロコに阻まれてしまう。
けれどもドラゴンの体はフィーネの力にふらついた。
次の瞬間、足元の氷に足を取られてドラゴンが大きく転倒する。
『どおおおおりゃああああっ!』
キューちゃんがドラゴンの頭にかじりついて、動かないように押さえつける。
「圭、今だよ!」
「よしっ!」
圭は倒れたドラゴンに向かって走り出す。
「くらえ!」
近づくと分かった。
喉元に一枚だけ形の違うウロコがある。
圭は剣に魔力を込めて、逆鱗に向かって剣を突き出した。
「くっ……! これも……ダメなのか!?」
圭の全力の一撃はドラゴンの逆鱗に当たった。
だが金属がぶつかるような高い音が響いただけで、逆鱗を破壊することはできなかった。
『うぎゃああああっ!』
「キューちゃんが!」
次の瞬間、ドラゴンが怒りをあらわにした。
頭を押さえつけていたキューちゃんは乱雑に振り飛ばされ、ドラゴンは地面の氷を砕きながら立ち上がる。
「お兄さん!」
ドラゴンの金の瞳と圭は目があった。
逃げるにもドラゴンとの距離が近すぎる。
ヤバいと思った圭の前にカレンが割り込んでくる。
「大地の力だ!」
地面が迫り上がって、圭とカレンを守る壁となる。
「圭君、カレン!」
だがドラゴンが横に振った尻尾は壁を容易く破壊して、カレンは盾で尻尾を受け止めた。
ほんの一瞬の均衡。
しかしカレンは攻撃を受け止めきれずに圭もろとも吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
カレンが割り込んで盾になってくれたおかげで、なんとか圭は無事だった。
だが尻尾の叩きつけを喰らったカレンは地面に叩きつけられ動かない。
「……撤退だ!」
圭は判断を下した。
このままじゃ勝てない。
相手にダメージを与える手段が分からない以上、戦い続けるのは不可能だ。
「ダンテ、夜滝ねぇ! デカい一撃で目くらましを!」
「分かった」
「いくよぅ!」
撤退の判断に反対する人はいない。
ダンテが黒い魔力で攻撃し、夜滝も視界を覆い尽くすような火炎をドラゴンに向けて放った。
相変わらず防御することもないドラゴンは魔法をまともに受けた。
しかし、魔法が消えた後、圭たちはいなくなっていた。
怒りの咆哮。
十八階にきて圭たちは手痛い敗北を喫することとなったのだった。




