ブラックマーケットの依頼3
「席にどうぞ」
男は対面に置いてあるソファーを手で指し示す。
「失礼します」
「いきなりお呼びして申し訳ない」
「いえ……」
なんとなく不思議な人だなと圭は思った。
「私がブラックマーケットの主である新山です」
男は新山とあっさり名前を名乗ったけれど、圭には嘘だと分かっていた。
『黒岩丈一郎
レベル5
総合ランクE
筋力G(無才)
体力G(無才)
速度G(無才)
魔力F(一般)
幸運G(無才)
スキル:アイテムボックス
才能:優れた聴力』
本当の名前は新山ではなく黒岩だ。
ただ色々と疑問に思うことがある。
偽名なことはいい。
圭だってジェイと名乗っているし、信頼できるか分からない相手に本名を名乗らないことも理解できる。
まず覚醒者なことに驚くが、ブラックマーケットなんて場所を統括しているのだからそれもそんなにおかしな話ではない。
だが能力値は低い。
まるで覚醒したての圭のように魔力以外がGである。
ただ総合ランクはE級だ。
覚醒者等級に直すとD級相当の覚醒者ということになる。
能力値は低くて、とてもじゃないがD級の力はない。
となるとスキルや才能が優秀なのだろう。
「鼓動が早いですね。そう緊張なさらずに」
黒岩は微笑みを浮かべる。
「……目が?」
「おお、よく相手のことを見ているのですね?」
ずっと黒岩に対して違和感を感じていた。
それがなんなのか分からなかったが、ジッと黒岩のことを見つめていてようやく気がついた。
顔は圭の方を見ているのに見られているという感じがないのだ。
サングラスをしているからかと思ったが、圭からわずかに顔の向きがずれている。
体を動かしてみても黒岩の顔が追いかけてくることはない。
目が見えていないのかもしれないと圭はピンと来た。
暗がりにサングラスも圭から顔を隠すというより、ただ見えない目を隠しているだけな可能性もある。
「その通りです」
黒岩はサングラスを外す。
サングラスを外しても黒岩は目を閉じたままだった。
「私は目が見えません」
「……すいません」
「いえ、いいんですよ」
仮に勘づいても触れるべきことじゃなかったと圭は反省する。
「それでは本題に入りましょうか。人を助けてほしい……聞いていますね?」
「はい」
「私の娘は覚醒者なのですが、お転婆な子で……自分の力を示すのだとだいぶ前に家を飛び出してしまいました。等級は高かったので良いギルドに入りましたが、こんなことになるとは想像もしていませんでした。……たとえ家を飛び出してもあの子は私の娘であり……私の人生の光なのです」
関係のある人だと聞いていたが、攻略に入ったメンバーの中に黒岩の娘がいたらしい。
「あなたにお願いするのは私に力を与えてくれた…………神があなたならばと教えてくれたからです」
「……神が?」
「私は非力です。ですがブラックマーケットなどという大きなものを手中に収めています。それは神のお力があるのですよ」
「……そういうことですか」
昔なら鼻で笑ったかもしれない。
しかし今はそんなこともあるのだろうと知っている。
圭にとって神の存在が裏にあっても、もはや驚くべきことではないのだ。
「ふふ、驚きもしなければ、疑問を抱くこともないのですね。うちで掴んでいるよりもあなたは謎深きお方のようだ」
「まあ……色々あるので」
「知りたいと思ってしまうのは……こんな仕事をしている悪い癖ですね。ですが今はそんなことも言ってられません。神があなたを推薦した。塔のシークレットをクリアするならばあなたたちほど適したものはいないと」
神の側からすると、圭たちはいくつものシークレットクエストをクリアしてきた猛者になるのかもしれない。
「娘を助けていただければブラックマーケットは一生村雨様に感謝をいたします。村雨様のご依頼であればどんなものでもお受けします。村雨様に関するどんな情報も私たちは他に渡すことはありません。お願いします……あの子を助けてください」
黒岩はテーブルに手をついて頭を下げる。
「……とりあえず仲間たちにも聞いてみます。俺が勝手に決めるわけにはいかないので」
「前向きなご返事ありがとうございます」
少なくとも圭は断らなかった。
黒岩の顔が明るくなる。
「……先ほど一つ嘘をつきました。私の名前は本当黒岩丈一郎と申します。ブラックマーケットでも私の本名を知るものはほとんどおりません。信頼の証だと思ってください」
一度上に戻った圭は夜滝たちにどうするかを聞いた。
結果として引き受けてもいいだろうということになり、圭たちは十四階のシークレットクエストに挑むこととなったのだった。




