次世代のアラクネ2
「‘にしてもドレイクが少なすぎるのも困るな。俺たちの取り分が減っちまう’」
個々人の取り分までは明確に決められておらず、活躍に応じて分配される。
ドレイクの数が少ないと全体的な報酬も減るし、活躍の機会が減って取り分も減ってしまう。
「‘……サンジュン、ミョンウがいない’」
「‘あっ?’」
後ろの方にいた覚醒者が、取り分の心配をしていたサンジュンという覚醒者を呼び止める。
サンジュンはA級覚醒者であり、今回ドレイクゲートのボス討伐には名乗りを上げなかった。
ドレイクぐらいなら何とかなるが、ボスになるとリスクが高い。
報酬は欲しいけれども、命までかけるつもりはないのである。
太羽島攻略に参加したという名声は得つつ、多少の報酬ももらい、なおかつリスクは最小限に抑える。
そんな狡猾な考えを持った男であった。
連れているのは自分のギルドや繋がりのある覚醒者たち。
ミョンウはサンジュンのことをアニキと慕ってくれるような弟分的な覚醒者だ。
サンジュンが足を止めて後ろを振り向く。
今いるのは小さな林である。
ドレイクが少ないと活躍できないなどとボヤきつつ、ドレイクに襲われにくい林を選んでいたのだ。
「‘あいつ……どこ行きやがった?’」
確かにミョンウの姿がないとサンジュンは顔をしかめた。
単独行動するようなやつではない。
勝手にどこか行くようなことはないし、モンスターひしめく太羽島で一人で行動する理由もない。
トイレがしたくて我慢できなくとも、襲われるリスクがある以上恥ずかしくとも声はかける。
「‘だがドレイクはいない……’」
こうした時に考えられるのはモンスターに襲われたという可能性だ。
しかしそんな可能性も考えにくい。
今この辺りを支配しているモンスターはドレイクである。
他のモンスターはおらず、襲われるならドレイクになる。
「‘翼の音も鳴き声も聞こえませんでしたもんね’」
ドレイクは静かなモンスターではない。
むしろ騒がしく、接近が分かりやすい。
敵対的な存在がいないためなのか、気配を消すこともなければ翼はバサバサと音を立て、襲撃する時には分かりやすく鳴き声を上げる。
そんなものどこにもなかった。
ということはドレイクに襲われたのではない。
ならばどこに行ったのか。
「‘やっぱりトイレじゃないですか? 恥ずかしくて……一人で行ったんでしょう’」
胸がざわつくような感覚を吹き飛ばすような一人が冗談めかして笑う。
危険な環境ではあるものの、ドレイクの数は少なく攻略隊の方が圧倒している。
林はドレイクに襲われにくく、ドレイクの襲撃は分かりやすい。
小さい方ならすぐに済むし、一人で行くこともあり得なくないのかもしれない。
「‘あれ……ヨングのやつは?’」
「‘ヨング? さっきまでそこにいたはずなのに’」
妙な沈黙が流れた。
気づくとまた一人、近くにいたはず覚醒者がいなくなっている。
「‘全員警戒しろ! 背中をつけてつけて死角をなくせ!’」
一人なら偶然で片付くかもしれない。
けれども二人になるともはや偶然で片付けられない。
何かがあるとサンジュンは感じた。
それぞれ背中を向けて円を描くように陣形を取り、周り全てを警戒する。
「‘嫌な予感がしてならない。二人の捜索は後回しにして他の奴らと合流するぞ’」
「‘そんな……’」
「‘このままここにいれば危険だ’」
覚醒者として大事なのは勘である。
何よりも危険を察知して引き時を見極める勘がサンジュンを危険な世界でも生き延びる要因であった。
サンジュンの頭の中で警鐘が鳴り響く。
ここにいてはならないと勘が告げている。
いなくなった二人を探している余裕はない。
「‘あれはミョンウじゃないか!’」
林の木の影から俯いた人が出てきた。
格好から最初に消えたミョンウであると気づいた一人が駆け寄る。
「‘おい! 勝手なことをするな!’」
「‘何言ってるんですか? どこ行って……’」
近づいてみて何だかおかしいと男は思った。
変な体勢である。
何というか吊られているみたい。
力が無く、だらんとして上から何かで引っ張って無理やり支えているようだった。
「‘なんで何も……うわっ!’」
ミョンウが顔を上げた。
何も映さない虚な瞳を見て男は驚く。
「‘後ろだ!’」
「‘えっ……’」
サンジュンの叫び声が聞こえて、男の視界は後ろを向いた。
でも振り向いたのではない。
体は前を向いたまま頭が後ろを向いた。
骨が折れるような鈍い音と共に首が半回転して後ろを向くことになった。
「‘……アラクネ?’」
後ろにいたのは女性のような姿をしたモンスター。
だがよく見ると体にクモのような特徴がある。
何をされたのか。
それを考え始める前に男の命は失われて地面に倒れた。
「‘なんでこんなところに……’」
アラクネが手を振るとミョンウも糸が切れたように地面に倒れた。
「‘にげ……’」
木の上から人型クモが飛び出してきて覚醒者の一人の頭に手を伸ばす。
そのまま頭を掴むと地面に叩きつけて、潰してしまう。
「‘逃げろ! このことを、誰か伝えるんだ!’」
勝てない。
アラクネを見たサンジュンはそう思った。
せめてA級が数人いないとまともに戦うこともできないとサンジュンは一目散に逃げ出した。




