表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルシュタット家の日常  作者: 伊簑木サイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

兄弟の絆

「しっ。待て!」

 ザリガニを獲った帰り道、ジャブジャブと小川の浅瀬を歩いていたエディアルドたちは、先頭を歩いていたヨシュアの指示に立ち止まった。

 彼は小川の曲がり角に生えた木立に身をひそませ、その先をうかがうようにしている。

「どうした?」

 ラスティが聞くと、ヨシュアは振り返って、にやっと笑った。

「姉貴たちが水浴びしている」

 彼の姉レイチェルは十八歳で未婚である。ということは、気の合う仲間で水浴びをしているにちがいない。気の強い女の集まりだから、あまり近付かない方がいい。

「じゃあ、迂回していくか」

 エディアルドはあっさりと言って、岸へと足を向けた。

「えーっ。ちょっと待ってくれよ、あいつらの服の間に、ザリガニ入れてこようぜ!」

 ヨシュアの提案に、エディアルドは立ち止まって、考えた。それは面白そうである。

 日頃、服を汚すなとか、破くなとか、ポケットにカエルの干物を入れるなとか、つまみ食いするなとか、うるさい女たちだ。憂さを晴らすには、ちょうどいい。

 遊び仲間たちも、期待に満ちたまなざしで彼を見ている。

「・・・・・・やるか?」

「やる!」

「やるやる!」

「やろうぜ!」

 その場にそろった八~九歳の悪ガキ七人に、反対する者は一人もいなかった。

 エディアルドは、紫色の宝石のような瞳を輝かし、優しく可愛らしい顔に、悪戯な小憎らしい表情を浮かべた。

「では、勇敢なる我が同志諸君よ、敵への報復を誓おうではないか!」

「おー!」

 彼らは()に声が聞こえぬように小声で威勢良く答え、手に手に持った釣竿を高くかかげたのだった。


 エディアルドたちは陸地にいったん上がり、斜面を登って深い木立の方から女たちに近付いていった。

「団長、敵は五。川の中ほど、深いところにおります。剣は身に帯びてません。武器は髪を洗う櫛のみと思われます! 服は川原の小石の上に置かれておりました!」

 第一発見者のヨシュアが、そのまま斥候を買って出て、一人下まで覗きに行き、すばしこく帰ってきた。

 下は川が蛇行した内側であり、小石のたまった川原となっている。川原に大きな茂みはない。茂みから服までの往復が、最大の難関となることはわかっていた。

「うむ。では、部隊を二手に分けようか。一方は囮となり、敵を攪乱。その間に、本隊が目的を達する。他に案のある者は?」

 エディアルドはぐるりと全員を見回した。

「それでいいんじゃね?」

「うん。俺、攪乱」

「あ、俺も、俺も!」

 あっというまに、ラスティ以外の全員が手を挙げて名乗り出た。ラスティはエディアルドの隣で、少し睨みをきかせるようにして言った。

「諸君、囮は危険で名誉ある役目だが、本来の目的は、ザリガニを敵の服にしのばせることだ。誰が相応しいか、わかってるよな?」

 すなわち、女たちのすぐそばまで気付かれぬように、水の中を潜っていける者である。

 この中で泳ぎの得手は、ラスティ、ミハイル、ユアンだった。残るは五人。ちょうど敵の数と同じである。一人が一つの服にザリガニを突っ込んで置いてくることができる。

 全員が納得した顔になったところで、エディアルドは囮組の指揮官をラスティに任命した。本隊はもちろんエディアルドである。

 本隊組の人員は一人一匹ずつザリガニを持ち、あとは釣竿などと一緒にバケツごと木の根元に置いた。砦に帰ったら、誰か大人に焼いてもらって食べるつもりだったのだ。

 バケツの中で、がさがさとザリガニたちが這い出ようと奮闘している。その音を後にして、彼らはそれぞれの持ち場へ向かった。


 木陰や茂みに隠れつつ、エディアルドたちは、川原が見渡せる所まで下りてきていた。

 服の位置を確認する。それぞれの標的を決め、身をひそめたままで、囮の行動を待つ。

 女たちは川の中の石に座って髪を梳りつつ、流れの音に負けぬよう、大きな声で話していた。

「それにしても、年々クラウド様のお顔は、おっそろしくなってくわねえ!」

「ほんとほんと! 御領主様に負けるとも劣らないお顔だわあ!」

「あんなお顔でキスを迫られたら、私たちじゃあ、失神しちゃうわよね!」

「あんたは、わざとしなだれかかるんだろうけど!」

 レイチェル以外の女たちが、笑いながら、エディアルドの尊敬する長兄の悪口を口々に言った。

 それを聞いた瞬間、エディアルドは立ち上がって、さっきの木の根元までとって返し、両手に五つのバケツを提げて、滑り降りるようにして帰ってきた。

 そのまま、勢いを殺さず、まっしぐらに女たちへと走っていく。彼の走った後には、バケツからこぼれたザリガニが、点々と落ちていった。

「おい、アル!?」

 仲間たちは彼の突然の行動に仰天した。が、さすが悪戯っ子集団だった。すぐに彼を追いかけ、追いつき、彼の手から、一つずつバケツを受け取っていく。

「兄上や父上を愚弄しやがって。絶対許さない」

 怒りに燃えた目で口走ると、仲間たちに命令を下した。

「頭の上から、ザリガニをぶちまけてやれ!!」

「了解!!」

 エディアルドたちは、威嚇の奇声をあげて、水を蹴散らし、女たちへと近付いていった。

 驚いた女たちが、あんたたちなんなの!! と怒りだしたが、今度はそこへ水の中からラスティたちが現れ、両側から挟まれて、彼女たちは動きようがなくなった。

 その間に、バケツ持ち組は女たちに肉薄し、身長の足りない分、バケツの中からザリガニを掴み出し、女たちに投げつけはじめた。

「ちょっと、なに、やだっ、ザリガニ!?」

 体を隠しつつ、きゃあきゃあと逃げ惑うが、ラスティたちがうまくまわりこみ、彼女たちをけっして逃がさない。

 全部投げつけ終わると、エディアルドは、撤収!! と指示して、川原へと駆けた。

 そして、女たちの服を屈んで拾い、それをまるめて、川の中に放り込んだ。それを見て、他も同じに拾っては放り投げる。服が水に流されていく。

「なっ、なにするの!! このクソガキどもーっ!!」

 女たちが、怒ってわめく。

「思い知ったか、馬鹿女ども!!」

 最後にエディアルドは嘲笑い、背を向けて、今度こそ一目散に逃げ出したのだった。


 その日の夕方、領主館に抗議にやってきた女たちの訴えを聞いて、エディアルドの父は、彼に事の顛末の確認を取った。

 しかし、エディアルドは、自分が指示してやったことだと認めはしたものの、その理由を、頑として話そうとはしなかった。

 そして、女性に理由もなく無体をはたらいてはならない、謝ってくるのだ、という命令にも、けっして従おうとはしなかった。

 私は絶対に謝りません。悔しげにそう言ったきり、むっつりと黙り込んでしまったのだ。

 結局、エディアルドは納戸に閉じ込められ、反省するまで出さん、と言い渡された。そうして彼は夕飯を食べないまま、納戸で一晩を明かすことになったのだった。


 もっとも、次兄は飲み物を、三番目の兄は枕と毛布を、四番目の兄は遊び相手のおとなしい猫を、そして長兄は腕一杯の食べ物を、こっそり差し入れてくれたから、納戸の中でも何も不自由はなかったのだが。


 エディアルドが、優しい兄たちに、ますますの愛情と尊敬と忠誠を誓った、夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ