兄弟の絆
「しっ。待て!」
ザリガニを獲った帰り道、ジャブジャブと小川の浅瀬を歩いていたエディアルドたちは、先頭を歩いていたヨシュアの指示に立ち止まった。
彼は小川の曲がり角に生えた木立に身をひそませ、その先をうかがうようにしている。
「どうした?」
ラスティが聞くと、ヨシュアは振り返って、にやっと笑った。
「姉貴たちが水浴びしている」
彼の姉レイチェルは十八歳で未婚である。ということは、気の合う仲間で水浴びをしているにちがいない。気の強い女の集まりだから、あまり近付かない方がいい。
「じゃあ、迂回していくか」
エディアルドはあっさりと言って、岸へと足を向けた。
「えーっ。ちょっと待ってくれよ、あいつらの服の間に、ザリガニ入れてこようぜ!」
ヨシュアの提案に、エディアルドは立ち止まって、考えた。それは面白そうである。
日頃、服を汚すなとか、破くなとか、ポケットにカエルの干物を入れるなとか、つまみ食いするなとか、うるさい女たちだ。憂さを晴らすには、ちょうどいい。
遊び仲間たちも、期待に満ちたまなざしで彼を見ている。
「・・・・・・やるか?」
「やる!」
「やるやる!」
「やろうぜ!」
その場にそろった八~九歳の悪ガキ七人に、反対する者は一人もいなかった。
エディアルドは、紫色の宝石のような瞳を輝かし、優しく可愛らしい顔に、悪戯な小憎らしい表情を浮かべた。
「では、勇敢なる我が同志諸君よ、敵への報復を誓おうではないか!」
「おー!」
彼らは敵に声が聞こえぬように小声で威勢良く答え、手に手に持った釣竿を高くかかげたのだった。
エディアルドたちは陸地にいったん上がり、斜面を登って深い木立の方から女たちに近付いていった。
「団長、敵は五。川の中ほど、深いところにおります。剣は身に帯びてません。武器は髪を洗う櫛のみと思われます! 服は川原の小石の上に置かれておりました!」
第一発見者のヨシュアが、そのまま斥候を買って出て、一人下まで覗きに行き、すばしこく帰ってきた。
下は川が蛇行した内側であり、小石のたまった川原となっている。川原に大きな茂みはない。茂みから服までの往復が、最大の難関となることはわかっていた。
「うむ。では、部隊を二手に分けようか。一方は囮となり、敵を攪乱。その間に、本隊が目的を達する。他に案のある者は?」
エディアルドはぐるりと全員を見回した。
「それでいいんじゃね?」
「うん。俺、攪乱」
「あ、俺も、俺も!」
あっというまに、ラスティ以外の全員が手を挙げて名乗り出た。ラスティはエディアルドの隣で、少し睨みをきかせるようにして言った。
「諸君、囮は危険で名誉ある役目だが、本来の目的は、ザリガニを敵の服にしのばせることだ。誰が相応しいか、わかってるよな?」
すなわち、女たちのすぐそばまで気付かれぬように、水の中を潜っていける者である。
この中で泳ぎの得手は、ラスティ、ミハイル、ユアンだった。残るは五人。ちょうど敵の数と同じである。一人が一つの服にザリガニを突っ込んで置いてくることができる。
全員が納得した顔になったところで、エディアルドは囮組の指揮官をラスティに任命した。本隊はもちろんエディアルドである。
本隊組の人員は一人一匹ずつザリガニを持ち、あとは釣竿などと一緒にバケツごと木の根元に置いた。砦に帰ったら、誰か大人に焼いてもらって食べるつもりだったのだ。
バケツの中で、がさがさとザリガニたちが這い出ようと奮闘している。その音を後にして、彼らはそれぞれの持ち場へ向かった。
木陰や茂みに隠れつつ、エディアルドたちは、川原が見渡せる所まで下りてきていた。
服の位置を確認する。それぞれの標的を決め、身をひそめたままで、囮の行動を待つ。
女たちは川の中の石に座って髪を梳りつつ、流れの音に負けぬよう、大きな声で話していた。
「それにしても、年々クラウド様のお顔は、おっそろしくなってくわねえ!」
「ほんとほんと! 御領主様に負けるとも劣らないお顔だわあ!」
「あんなお顔でキスを迫られたら、私たちじゃあ、失神しちゃうわよね!」
「あんたは、わざとしなだれかかるんだろうけど!」
レイチェル以外の女たちが、笑いながら、エディアルドの尊敬する長兄の悪口を口々に言った。
それを聞いた瞬間、エディアルドは立ち上がって、さっきの木の根元までとって返し、両手に五つのバケツを提げて、滑り降りるようにして帰ってきた。
そのまま、勢いを殺さず、まっしぐらに女たちへと走っていく。彼の走った後には、バケツからこぼれたザリガニが、点々と落ちていった。
「おい、アル!?」
仲間たちは彼の突然の行動に仰天した。が、さすが悪戯っ子集団だった。すぐに彼を追いかけ、追いつき、彼の手から、一つずつバケツを受け取っていく。
「兄上や父上を愚弄しやがって。絶対許さない」
怒りに燃えた目で口走ると、仲間たちに命令を下した。
「頭の上から、ザリガニをぶちまけてやれ!!」
「了解!!」
エディアルドたちは、威嚇の奇声をあげて、水を蹴散らし、女たちへと近付いていった。
驚いた女たちが、あんたたちなんなの!! と怒りだしたが、今度はそこへ水の中からラスティたちが現れ、両側から挟まれて、彼女たちは動きようがなくなった。
その間に、バケツ持ち組は女たちに肉薄し、身長の足りない分、バケツの中からザリガニを掴み出し、女たちに投げつけはじめた。
「ちょっと、なに、やだっ、ザリガニ!?」
体を隠しつつ、きゃあきゃあと逃げ惑うが、ラスティたちがうまくまわりこみ、彼女たちをけっして逃がさない。
全部投げつけ終わると、エディアルドは、撤収!! と指示して、川原へと駆けた。
そして、女たちの服を屈んで拾い、それをまるめて、川の中に放り込んだ。それを見て、他も同じに拾っては放り投げる。服が水に流されていく。
「なっ、なにするの!! このクソガキどもーっ!!」
女たちが、怒ってわめく。
「思い知ったか、馬鹿女ども!!」
最後にエディアルドは嘲笑い、背を向けて、今度こそ一目散に逃げ出したのだった。
その日の夕方、領主館に抗議にやってきた女たちの訴えを聞いて、エディアルドの父は、彼に事の顛末の確認を取った。
しかし、エディアルドは、自分が指示してやったことだと認めはしたものの、その理由を、頑として話そうとはしなかった。
そして、女性に理由もなく無体をはたらいてはならない、謝ってくるのだ、という命令にも、けっして従おうとはしなかった。
私は絶対に謝りません。悔しげにそう言ったきり、むっつりと黙り込んでしまったのだ。
結局、エディアルドは納戸に閉じ込められ、反省するまで出さん、と言い渡された。そうして彼は夕飯を食べないまま、納戸で一晩を明かすことになったのだった。
もっとも、次兄は飲み物を、三番目の兄は枕と毛布を、四番目の兄は遊び相手のおとなしい猫を、そして長兄は腕一杯の食べ物を、こっそり差し入れてくれたから、納戸の中でも何も不自由はなかったのだが。
エディアルドが、優しい兄たちに、ますますの愛情と尊敬と忠誠を誓った、夜だった。




