ラスティの義務
ハルシュタットの血に連なるとすぐにわかる、白金の髪にブルーの瞳をした少年が、領主の執務机の前に立っていた。
眼光鋭い一睨みだけで、数多の敵に背を向けさせてきたハルシュタットの当主、ロッドバルト・ハルシュタットは、その恐ろしい顔を歪めて、椅子から立ち上がり、少年に近付いた。
「よく来たな、ラスティ」
少年の頭を大きな手で撫で、親しげに背中を叩く。
少年も恐れた様子はなく、ロッドバルトに笑顔を向けたところを見ると、唇の引き攣ったこれは、彼としては笑っているつもりなのだろう。少年はそれを、ちゃんとわかっているようだった。
……まあ、ルドワイヤの男たちは、多かれ少なかれ、そんな面相の男ばかりである。赤ん坊の頃から見慣れているのだから、今さらどうということもないのだろう。
ただし、ラスティと呼ばれた少年は、優しい顔立ちをしていた。母親似らしく、少し垂れた目尻がチャーミングで、育てばさぞかし女性に騒がれそうだという片鱗があった。
「それは新しい剣か。どれ、抜いて見せてごらん」
ロッドバルトが数歩下がると、ラスティはいっぱしの構えで剣を抜いてみせた。子供のものにしては少し大きい。これからの成長を見越して与えられているからだ。
「うん。よし。しまいなさい」
ラスティは、剣の重さに振り回されることなく、きれいに鞘にしまいこんだ。柄をはなした掌には、たくさんのつぶれたマメの痕があり、子供にもかかわらず皮も硬く厚くなっていた。
ラスティは自然と背の高いロッドバルトを見上げた。ロッドバルトも笑みを消し、領主然とした重々しさをまとって、少年の前に立っていた。
「ラスティ・カルス。ルドワイヤ辺境伯ロッドバルト・ハルシュタットが命じる。これより後、その身と剣をもって、エディアルド・ハルシュタットに仕えよ。ルドワイヤの外で血を残す役目を担う、エディアルドを守るのだ。離れた地に行くおまえたちを、私たちは守ってやれぬ。すべてはおまえの肩にかかっている。できぬと言うなら、今、申し立てをせよ」
「できます! この身にかえても、必ずアルを……、エディアルドを守ります!」
ラスティは少年らしい真っ直ぐさで答えた。
「うん。おまえならできると信じている」
ロッドバルトはラスティに歩み寄って、その両肩に手を置いた。ロッドバルトの顔が険しさを増す。その手に、ぐっと力が込められ、耐えきれず、ラスティは一歩ふらついた。だが、彼は目をそらすことだけはしなかった。
そうしてロッドバルトは、ラスティを押さえつけ、ごく間近で語りかけた。
「……だが、もしも、エディアルドを失ってしまった時は」
思いがけない内容に、ラスティが息を呑み、目を見張る。
「おまえは後を追ってはならない。ラスティ・カルスという名を捨て、おまえがエディアルド・ハルシュタットを名乗るのだ」
ラスティは、まさか、そんなことは、と震える声で呟いた。だが、ハルシュタットの当主は、厳然と命じた。
「エディアルド・ハルシュタットを守るのだ。わかるな?」
ラスティの中にもエディアルドと同じ、いや、ルドワイヤ生まれの母を持つ彼は、エディアルド以上に濃い、ハルシュタットの血が流れている。その血を残せと言っているのだった。
「できるな?」
畳み掛けたロッドバルトに、ラスティは、うろたえた目の色から一転、挑むまなざしで言い返した。
「エディアルドを守ります」
ロッドバルトはしばらくラスティを見つめ、おもむろに唇を歪めて、頷いた。
「おまえたちを、信じている」
力強くラスティの肩を揺すってから、彼は手を離した。
「その血の誇りを忘れるな。よいな?」
「はい」
「では、行ってよろしい」
「失礼いたします」
ラスティは深く頭を下げ、執務室を退出した。
国境を接するボワール王国との緊張が高まり、とうとう開戦となる半月前のこと。
エディアルドとラスティは、二人きりで王都の王国騎士団へと送り出されたのだった。




