33:再び穏やかな時間を
「フォーレスタ国内に混乱も無かったようで良かった」
「あぁ、クレアのおかげで迅速に対応出来たからな。それにきみのご両親も今回の件を大事にせずにいてくれて良かった」
「ユーリの考えを話したら、両親も平穏こそが一番だと受け入れてくれたの。落ち着いたらぜひユーリに挨拶をしたいとも言っていたわ」
「俺もきみの両親に会えるのが楽しみだ。父上も……、あれはあれで歓迎しているんだと思う」
分かりにくいけど、とユーリが肩を竦める。それに対してクレアは穏やかに微笑んだ。
場所はフォーレスタ国の王宮敷地内。
離れのある小さな森を二人で散歩している最中である。
再びフォーレスタ国に戻ってきた際、別の住まいをというユーリの提案を断り、クレアは以前と同じように離れで生活することを望んだ。
離れは木々に囲まれていて落ち着くし、住み慣れた建物の方が勝手が分かるし既に愛着もある。
なによりクレアへの疑いがまだ晴れておらず、大人しく離れに居た方が良いだろうと考えたのだ。
ミルリス国との一件でクレアは彼等に向けて投石し魔法を放ち、そして撤退させた。働きは十分過ぎるほどである。だがその事実は極秘事項とされ、あの時テラスにいた者達には緘口令が敷かれている。
世間的には、ミルリス国は突如天変地異に見舞われ、隊列を崩し撤退を余儀なくされた……とされている。
幸い向こうも深くは言及してこないため、この説が広く知れ渡っている。――彼等も何が起こったか理解できずにいるのだろう。「気持ちは分かる」とユーリとフリーデルが話し合っていたのはつい先日のこと……――
つまりクレアもヴィンスもあの場には居なかった事になっており、功績は極秘とされ、ゆえにいまだ疑いは晴れていないのだ。
「すまない。クレアがフォーレスタ国を守ってくれたのに、それすらも話してはいけないなんて……」
「私はユーリの役に立てたならそれで十分だから、謝らないで。それに崖を登るお転婆な王女だと思われたら恥ずかしいし」
「……お転婆、か」
「フォーレスタ国では崖を登る習慣が無くて、身分ある女性はよいしょよいしょと崖を登ったりなんてしないんでしょう? でも私があの場に居た事を知れば皆どうやってあの場に来たのか気になって、崖を登ったと知ったらお転婆と思うはず」
そんな事になったら恥ずかしくて離れから出られなくなってしまう。
そうクレアが頬を押さえながら訴えればユーリが笑った。
だがクレアとしては笑って済ませられる問題ではない。国民には知られずに済んだとはいえ、国王には崖を登った事を知られてしまっているのだ。そのうえ彼の目の前で岩を投げてしまった。
「あの時はユーリの役に立とうと必死だったとはいえ、私ってばなんてことを……。原始的な技術ばかり使うおてんば王女だと思われていたらどうしよう。今すぐに誤解を解きに行った方が良いかしら? それともまずは謁見の許可を得てから?」
「いや、大丈夫だ。落ち着いてくれ。父上がもしもクレアをお転婆なんて言ったら、俺がちゃんと訂正しておくよ」
だから、とユーリに宥められ、ようやくクレアは落ち着きを取り戻した。
そうして再び二人並んで歩く。
風が吹けば木々が揺れて心地良い音を奏で、チチと高い鳴き声と共に鳥が羽ばたいていった。
ここはあくまで王宮の敷地内にあり、『森』とは呼んではいるもののただ景観のために自然を残しただけだ。道も舗装されており、リズベール国を覆う森と違って獣もいない。
だが草木が揺れて鳥が鳴く中を歩くと自然を感じられ、その中に佇む離れもまた自然の一部のように溶け込んでいる。
そんな離れを眺めながら歩いていると、ユーリが小さく笑った。
「ユーリ、どうしたの?」
「随分と必死だと思ってさ。そういえば、クレアはお転婆やはしたないと思われるのを妙に嫌がるな。そんなに嫌なのか?」
「そんなの誰だって嫌に決まってるでしょう。……それに、実は、ここだけの話なんだけど」
周囲を見回し誰も居ないことを確認して、更に声を潜めてクレアが話を続ければ、誰にも聞かれたくない話題なのだと察してユーリが「ん?」と尋ねてきた。
少しばかり身を寄せてくるのは内緒話だと理解しているからだろう。クレアもまた身を寄せ、彼の耳にそっと顔を寄せる。
そうして囁くように告げた。
「……実は私、小さい頃は国一番のおてんば王女って呼ばれていたの」
ひそりと伝え、すぐさまユーリから離れた。
彼はきょとんと目を丸くさせ「そうか……」と呟き、数秒置いた後に声をあげて笑い出した。
「そこまで隠したいって事は、相当だったんだな」
「そんなに笑わないで。それに幼い頃だし、同年代の子より少し元気で、ちょっと活発で動き回っていただけよ。それに元気ではあったけど、はしたないって程じゃないし」
「でもおてんばだったんだろう?」
「……確かにそうだけど」
認めざるを得ないとクレアが素直に認めれば、ユーリの笑みがより強まった。
だが事実、クレアは幼い頃はまさに『お転婆』と言える少女だった。
あちこち走り回り、森の中も駆け回っていた。木の実を見つければするすると木を登り、大きな岩を物ともせずに飛び越えていた。朝から日が暮れるまで走り回って遊び倒し、言いつけを守り森を突き抜けて浮いた事こそ無いがいつも森を抜けるギリギリまで浮いていた。
火柱に限らず豪雨や雷鳴の魔法も何度も使い、両親から苦笑交じりに「落ち着きなさい」と諭された事は数え切れないほどだ。
「昔の事とはいえ恥ずかしい……」
「おてんばのレベルが凄いな。でもそれなら、迷わず岩を投げて炎の魔法を使ったのも納得だ。クレアらしい作戦だったんだな」
「お父様とお母様にも言われたわ。それどころか、お父様ってばヴィンスに対して『今も昔もクレアの世話役を押し付けて』なんて彼を労いだすのよ」
まったくもう、とクレアが怒った表情を見せた。
これは照れ隠しである。察しているのだろうユーリの表情は緩んだままだ。
次いで彼は何かを考えた後、「ヴィンスとは……」と、ここには居ないクレアの近衛騎士の名前を口にした。
「乳兄弟なんだろう? ずっと一緒に居たんだよな」
「えぇ。ヴィンスの母親が私の乳母で、昔から一緒に生活していたの」
「そうか……。ところで、その……、ただそれだけなんだよな? たとえば嫁入りに連れてくるくらい大事だとか……」
「ユーリ、どうしたの?」
「いや、もちろん家族として大事というのは分かってる。俺もフリーデルの事は兄弟のように、それどころか実際の兄弟以上に信頼しているし、クレアにとってのヴィンスが同じ存在だと分かってる。……ただ、」
言い難い事なのか、ユーリが雑に頭を掻き、歯切れ悪く「その」だの「少し気になって」だのと的を射ない言葉を紡ぐ。
彼のその態度にクレアの中で疑問は増すばかりで、じっと彼を見つめた後……、「もしかして」とはっと気づいた。
「ユーリ、もしかして、ヴィンスに嫉妬しているの?」
「そうはっきり言わないでくれ。最初に君がヴィンスを連れて来た時は気にもしなかったんだ。むしろ騎士を連れてくるなんて俺を警戒しているんだと思っていた。だけど、今はどうしても気になってしまって……」
クレアは離れに暮らし、ヴィンスは離れの裏手にある小屋で生活している。夜こそ別々だが日中は共に過ごしている。
どうやらユーリは今更になってその距離が気になってしまったらしい。しどろもどろになりながら話す彼に、クレアは穏やかに微笑んだ。
愛おしさが胸に湧く。この暖かく甘く擽ったい感情を抱くのはユーリに対してだけだ。
「ヴィンスとは乳兄弟でしかないから安心して。今でこそ私のことを『クレア様』と呼んでいるけど、ついこの間まで『クレア姉様』と呼んでいたのよ」
「そうか、それなら本当に兄弟のようで……。『クレア姉様』?」
「えぇ。それまでは『クレア姉様』と呼んでいたのに、ある日突然『クレア様』と呼ぶようになったの。彼の母も同じ時期に『お母様』から『母上』になって、二人で一緒にヴィンスの成長を喜んでいたら、すっかり拗ねて三日も口を利いてくれなかったのよ」
懐かしい、とクレアがコロコロと笑いながら話す。
その口調と声色は家族の昔話を語るもので色恋めいた要素は一切無い。まるで姉が弟を愛でつつ話すかのようで……、ユーリが再び「クレア姉様……」と呟いた。
「クレアが姉なのか……? あれ、でもクレアは十七歳で……」
「私は十七歳だから私の方が姉よ。血は繋がってはいないけどね。あ、でも呼び方を変えた時の事はヴィンスの前では話さないでね、また拗ねて口を利いてくれなくなるかもしれないし」
「あ、あぁ、分かった言わないでおこう。……ただ、つまりヴィンスの方が年下って事だよな?」
信じられない、と言いたげに確認してくるユーリに、クレアは拗ねた時のヴィンスのことを思い出して穏やかな笑みを浮かべたまま、一度頷いて返した。
次話19時更新で完結です。
最後までお付き合い頂けますと幸いです!




