28:王女の提案
クレアの話に、ユーリが「岩?」とオウム返しのように尋ねてきた。目を丸くさせ、それどころか数度瞬かせ、頭上に疑問符が浮かぶとはまさに今の彼の表情を言うのだろう。
話を聞いていたフリーデルまでもが怪訝な表情をしている。だがその隣に立つヴィンスはクレアの言わんとしている事を理解しており、逆にフリーデルの反応が分からないと不思議そうに彼を眺めていた。
そんな中、我に返ったユーリがコホンと咳払いをした。
「こうやって反応しても埒が明かないし、そろそろ慣れないとな……」
「慣れるって、何に慣れるの?」
「気にしないでくれ。それよりクレア、弓よりも岩の方が良いと言うんだな」
「えぇ、そうよ」
ユーリに問われ、クレアははっきりと断言した。
次いで草原に視線をやる。
「この距離だと確かに矢を放っても届かないけど、岩を投げれば届くわ」
だからこちらが岩を投げる姿勢を見せれば、応戦の姿勢を示すことができる。
それも届かない矢ではなく届く岩だ。ミルリス国の牽制を上回る。きっと国王も納得してくれるはず。
そうクレアが説明すれば、ユーリが「ちょっと待ってくれ」と一度唸るような声を出して片手を額に当てた。頭痛がするのだろうか。クレアが案じて彼の腕を擦ってやる。
「……それは、投石器を使って、とかじゃないんだな」
「投石器だと届くか微妙な距離だし、手で投げる方が確実じゃないかしら」
「そうか……。でも確かに方法としては有りだな。誰にも当たらない場所に投石すれば牽制になる」
ユーリが草原に構えるミルリス国の騎士隊を見るのは、そこに岩を投げ込んだ時の事を想像しているのだろう。小さく頷くあたり少なくとも彼の想像の中では手応えがあったようだ。
ならばとクレアは更に提案を続けた。
「その後に火柱の魔法を使うのはどうかしら」
「追撃をかけるのか」
「投石に火柱なんてフォーレスタ国やミルリス国にとっては子供騙しの方法かもしれないけど、あえてそれをする事で意表を突けるかもしれないわ」
魔法はとっくの昔に廃れた技術。そしてきっと手で投石というのも原始的すぎるものなのだろう。
だが原始的すぎるあまりミルリス国の者達の頭にその方法はないはずだ。
『まさかそんな古臭い方法を』と驚くだろう。うまくすれば何か新しい技術で攻撃したのかと勘ぐってくれるかもしれない。古い幼稚な技術だからこそ裏を掻き、一時的とはいえ混乱を招く事が出来る。
そうクレアが説明すれば、真剣な表情で話を聞いていたユーリも「そうだな」と同意を返してきた。
「似たような行動で返すより奇をてらった方が良いな。それに投石も火柱も誰にも当てず一度だけにすれば、迎撃の意思はあるがこちらから攻撃を仕掛ける気はないと示せるかもしれない」
活路を見出したのかユーリの声が次第に明るくなる。
次いで彼は改めるようにクレアへと向き直ると、強く手を握ってきた。
「クレア、俺はなんとしてでも争いは避けたいと思っている。父上や兄上には軟弱者と呆れられるかもしれないし、大陸一の国を統べる者の息子とは思えない腑抜けた考えなのは自覚している。だが俺は、誰もが平和で、穏やかに、傷付くことなく暮らしていけるのが一番だと思う。それはフォーレスタ国だけではない、リズベール国も、そしてミルリス国に対してもだ」
無断で国境を越えられそのうえ弓を構えられ、それでも相手も含めた平和を願う。夢見がちな考えだとユーリが笑った。
だが自虐めいた笑みとは違う。己を夢見がちと考えながら、そんな自分を肯定する笑みだ。
「それでも俺の考えに協力してくれるか?」
ユーリに問われ、クレアは彼に握られた手にもう片方の手を添えた。
ぎゅっと包んで返す。
「もちろん。貴方の考えに協力するわ」
そう微笑んで返せば、ユーリもまた目を細めて笑ってくれた。
「……つまり、クレア王女が草原に向けて岩を投げる、という事か?」
「はい。岩を投げた後、炎の柱もあげてもらいます。成功すればミルリス国は直ぐに撤退するでしょう」
「そうか……」
ユーリの説明に国王がしばし考え込む。
次いで彼が視線を向けたのは発案者のクレアだ。鋭い瞳にじっと見つめられ、怖気づきそうになるのをぐっと堪えて背筋を正して視線を受け止める。
ユーリと同じ色合いだというのに、ぎらついた獰猛さを感じさせる瞳だ。大陸一の国を統べる者の覇気というものなのだろうか。
「出来るのか?」
問われ、クレアは真剣な表情で「はい」と返した。
「私は今リズベール国の王女としてこの場に居ます。ですが私は既にユーリ様の婚約を受け入れた身。結婚こそお待たせしておりますが決意は揺るぎません。フォーレスタ国のために投石する覚悟はもちろん出来ております」
「……いや、そうではなく物理的な問題だ」
「物理的ですか?」
「あぁ、岩をどうやって投げるのかだ」
「……どう、とは」
先程と似たような質問をされ、これにはなんと答えるべきか分からなくなってしまう。
『どう岩を投げる』と改めて聞かれると説明に困る。
誰だって、岩は投げたことが無くとも物を投げた経験が一度や二度はあるはずだ。親子や友人同士でボールを投げて遊んだり――ユーリの話と国王の性格から考えるに、彼と子供達の間では無さそうだが――、たとえば横着して片付けるべき物を軽く放ったり。
クレアも幼い頃はヴィンスや同年代の友人達とボールを投げて遊んだ。他にも、犬や猫を飼っている家に遊びに行った時は玩具を放って追いかける姿を愛で、時にはクッションをベッドに放り投げることもあった。母に毛糸玉を取ってくれと言われた時は、わざわざ渡すのが面倒で放って渡し「横着ね」と笑われたものだ。
だが改めて「どうやって」と問われると……。
なんと説明すべきかクレアは考えを巡らせ、そうして真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。
「岩を持って、こう……『んー、えいっ!!』と投げるんです」
説明と共に投げる素振りをしてみせた。
「……なるほどそうやって岩を投げるんだな」
「はい」
「最初の唸りはなんだ? やはり力を溜め込むのか?」
「いえ、目測を計ります」
「……そうか、火柱はどうやってあげるんだ」
「それも『えいっ!』と魔法を使います。なんでしたら今ここで」
ご覧になりますか、とクレアが魔法を使おうとするも、ユーリが「クレア、待ってくれ!」と慌てて止めに入ってきた。
「今ここで火柱をあげたらミルリス国に気付かれてしまうだろう」
「あ、そうね。嫌だわ私ってば、張り切りすぎちゃったみたい」
「父上達も今の説明で全て理解してくださったはずだ。それで、投げる岩なんだが、どれぐらいを持てるか教えてくれれば誰かに運ばせよう」
「それなら大丈夫。今ヴィンスが取りに行ってるわ」
「どこに?」
「崖下に」
「……なるほど目晦ましの魔法か。どうりでさっきからヴィンスの姿が見えなくて、フリーデルが気絶してると思った」
「子供騙しの魔法だけど、崖下から手頃な岩を持ってくる程度なら問題ないはず。そろそろ戻ってくる頃だけど……」
クレアが柵へと視線をやれば、まさにそのタイミングでヴィンスが現れた。
そう、現れたのだ。何もない場所から、身を隠すような場所もないというのに、スッと一瞬にして。
……しかも、巨大な岩を担ぎながら。
「ただいま戻りました」
平然とこちらに報告をしてくる。
ちょうど出現する直前に意識を戻しかけたフリーデルが、目の前に一瞬にしてヴィンスが現れたことにより再び昏倒した。




