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【完結】囚われ王女のあずかり知らぬ最強な日々  作者: さき


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24/34

24:草原の先

 


「やられたな」


 ユーリが呟いたのは、リズベール国との国境にあたる草原にミルリス国の騎士隊が姿を現したと報告が入ってから三時間後。

 場所は草原を一望できる高台。神殿のテラスに出れば涼やかな風が頬を撫でるが、さすがに今はそれに爽快感を覚えている余裕は無い。

 なにせ普段であれば緑一色のそこには、見慣れぬ騎士隊が隊を組んでこちらを向いているのだ。


 以前に工事関係者が『面白みのない殺風景な土地』と言っていたが、今となってはその殺風景こそが平和の証だったのだと思える。

 そもそもユーリは何もない草原の景色を愛していた。風が吹けば一帯の草が揺れる。まるでその先にある森へと誘うような細かな動き。さぁと波のように聞こえる草の音。

 緑が広がり、そして夜になると太陽の沈みに合わせて次第に暗くなる。人工的な明かりは一つとしてなく、星空のした夜の闇が広がり、耳を澄ますと草が揺れる音や森に住む生物たちの息吹が静かに響くのだ。


 あの美しい景色に比べ、それを踏み潰して隊を成すこの景色の味気無さと言ったら無い。

 もちろんそんな事を不満に思っている場合ではなく、脳裏に蘇るかつての美しい光景を首を小さく横に振ることで掻き消した。

 次いで上着の内ポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認すると隣に立つフリーデルに話しかけた。視線は眼前の見たくもない光景に向けたままだが。


「報告が入ってから三時間、今の今までずっと膠着状態が続いているが、この調子だと当分は動かなさそうだな」

「何か仕掛けてくる様子は無さそうですね。今回は牽制だけと見て間違いないかと」

「そうだな……」

「あえてここまで入り込んできたのは、リズベール国を背にすることで脅しているつもりなのでしょう。不穏な行動を取ればフォーレスタ国に攻め込むも良し、森に入りリズベール国を巻き込んでも良し。どうとでも出来る、と」


 ミルリス国がリズベール国に攻撃の矛先を向けた場合、フォーレスタ国は彼等を護らなければならない。

 まだ婚約の段階とはいえ王子と王女が婚約関係を結んでいるのだ。そのうえで見捨てたとなれば諸外国からの評価は落ち、今後の国交に影響を及ぼす。

 ミルリス国はそれを見越したうえで国境である草原に隊を構えたのだろう。


 それも、今日は他国との議会のため重役達が出払っている。

 幸いユーリの父親にあたる国王と彼の側近達こそ王宮に居たが、王位継承者であり国政の殆どを担っている第一王子、その右腕である第二王子、彼等の補佐を務める第三王子達までもが不在だ。

 更には彼等を支える宰相や騎士隊長も同行し、序列の高い他の王族達も離れた場所に居る。この事態を知った彼等がどれだけ急ごうとも戻るには最速でも半日は掛かるだろう。


 そんな中でのこの騒動だ。

 権威者の不在がより混乱を招き、おかげで争い事とは無縁と言われている夢見がちな第七王子まで駆り出されている。


「なぜこんな日に……。というか、こんな日だからこそだろうな」

「情報は筒抜けだったんでしょう。どこから漏れたかは考えるまでもありませんね」

「レイヴンだろうな。居たか?」

「部屋はもぬけの殻、捜索はしていますが見つかったという報告はありません」

「重ね重ねやられたな……」


 どうしたものかとユーリが呻く。

 そんな中、背後からざわつきがあがり、次いで足音が聞こえてきた。

 振り返れば一人の男がこちらに向かって歩いてくる。数人に周囲を守らせたその姿は、男の正体を知らぬ者だって一目で重鎮と分かるだろう。

 ユーリが背筋を正す。先程まで当然のようにユーリの隣に立っていたフリーデルがさっと一歩引いて主従の姿勢を見せ、そのうえで更に深々と頭を下げた。


「動きはあったか」

「いえなにも。父上、この度のことはもしかしたら……」

「レイヴンだろう。言われずとも分かる。野心のある者だと思っていたが、まったくしてやられたものだ」


 淡々と話す声に、息子に裏切られた悲観の色は感じられない。動揺もせず、何故こんな事をと嘆き疑問を口にする事もしないのだ。

 彼にとってはただ手駒の一つが予期せぬ動きをしただけで、考えるべきはその対処法と今後についてだけなのだろう。


 もしもレイヴンではなく、他の息子達、……いや、『息子』ではなく、次期後継者と認めた者とその右腕として育てた者だったならどうだろうか。少しは驚き、疑問を抱き、嘆くか苛立ちを覚えただろうか。

 そんな事を考え、そして心のどこかで『自分だったなら気にもかけなかったかもしれない』と考え、それら全てを雑念と決めつけて深く息を吐くことで掻き消した。


「三時間経ちますが目立った動きは見られません。我が国への牽制と、リズベール国を譲れという脅しと考えて間違いないかと」

「リズベール国か……。あの国を取られると背後を押さえられることになる。確か王女と婚約を結んだのは……」

「婚約を結んだのは俺です」

「そうだったな」


 今の今まで忘れていたのを隠しもしない返事。

 重要なのは『息子がリズベール国との婚約を結んでいる』という事実だけで、それが誰かまでは把握するに値しないのだろう。正式に結婚すればさすがに名前と顔ぐらいは覚えはするだろうが。

 今更なことだとユーリはさして気にもせず、必要な情報を幾つか伝えた後にその場から離れた。




 少し離れた場所では父である国王と国の重鎮達が深刻な話をしている。

 彼等が来たら自分の出番は終わりだ。後はただ事態が収束するまで第七王子らしくこの場にいるだけ。

 テラスの端、柵に背を預けながらユーリがそんな事を考えていると、部下に指示を出し終えたフリーデルが隣に立った。まだ国王達の目が有るので背筋を正している。


「思うんですが、いっそリズベール国に攻め込ませるのも手では?」

「ミルリス国をリズベール国に? 冗談だろ」

「いえ、本気です。仮にミルリス国が攻め込んでも、火柱と雷撃が出迎え、騎士隊が全て吹っ飛んで終わりですよ」


 一晩ともたないだろう。……ミルリス国が。

 そう話すフリーデルに、ユーリはゆっくりと息を吐き、はっきりと「駄目だ」と断言した。


「リズベール国のことが周知になるからですか?」

「いや、そうじゃない。あの国は今まで争い事とは無縁だったんだ。そこに攻め込ませるとなれば、クレアが、彼女が愛する国民達が恐ろしい思いをするだろう」


 話しつつ、ユーリは草原の先へと視線をやった。

 広い草原にミルリス国の騎士隊が構え、その先には森がある。……そして森の奥には自然に囲まれたリズベール国があるのだ。

 長い歴史の中、彼等は争いとは無縁でいた。それどころか他国と争った記録は一つとして無い。静かに、ひそかに、国民全員が互いを家族のように思い合い寄り添って平穏に暮らしていたのだ。

 たとえ実際には一日で大陸を支配できるほどの戦力や魔法を持っていようとも、争いとは無縁だった彼等がミルリス国の侵略を恐れないわけがない。自分達は無力だと考えているから猶更だ。


 恐怖し、逃げ、そして抗う。

 結果的に勝利したとしても彼等の心に刻まれた恐怖は癒えないだろう。

 たとえどれだけ強くても、もしもその強さを知ったとしても、平和を愛する者達が次の瞬間に力を振るえるとは思えない。


「離れで火柱があがったと聞いた時、俺は最初はリズベール国の事が周囲にバレると危惧していたんだ。だから急いで駆け付けた。……だけど」


 あの時、しゃがみ込んで震えるクレアを見て自分の間違いに気付いた。

 強さと恐怖心は別物だ。たとえ森を七時間歩き続けて平然としていても、南京錠を壊せても、魔法が使えても、真っ暗な部屋で居るはずのない人物に腕を掴まれれば恐怖する。

 その事実に気付き、居ても立っても居られず衝動のままに彼女に駆け寄ったのだ。あの時の焦燥感は今でも思い出せる。


「だからリズベール国の平穏は守らなければならない」

「……ユーリ様、そこまでクレア王女のことを」

「あぁ、そうだな。目を閉じると彼女の姿を思い出せるぐらいには想っているよ」


 クレアへの気持ちを素直に認め、ユーリはゆっくりと目を閉じた。



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