21:安全のために
あの晩以降、クレアは危険にさらされることなく過ごすことが出来た。
侵入者は見つからず正体も判明していていないが、警備はより強化され、夜間であっても離れの近くまで見回りがきてくれる。日中も同様だ。
そのうえユーリは以前よりも頻繁に顔を出してくれるようになり、クレアの生活は再び安寧を取り戻した。
……そう、クレアは思っていた。
「リズベール国に戻るの?」
そうクレアが呟くように問えば、向かいに座るユーリが僅かに言葉を詰まらせ、それでもゆっくりと頷いた。
眉尻を下げた苦しそうな表情。言い難い話をようやく絞り出したのだろう。事実、話をし始めるまでユーリは言葉を選ぶような素振りを何度も見せ、ようやく話し始めたかと思えばそれもたどたどしいものだった。
それでも彼はクレアにリズベール国に戻るように告げてきたのだ。
「もしかして、私なにか失礼な事をしてしまったの?」
「いや、違う。クレアは悪くない。ただ君がここに居ることで、もしまた危ない目にあったらと思うと……。それなら、正式に結婚を進められる来年の春までリズベール国で過ごす方が安全だと思ったんだ」
「でも……」
「離れの鍵は元々二本あった。一本はクレアが管理しているもので、もう一本は王宮が厳重に保管していた。……はずだった。それがあの晩、無くなっていたんだ」
誰が持ち出したのか、どうやって持ち出したのか、それは未だに判明していない。
もちろん離れの鍵は翌朝一番に技師を呼んで付け替えており、今回は念のため鍵を一本しか作らず、クレア自身が管理を任されている。
だが持ち出した経路が判明していない以上『鍵を替えたからもう安心』と楽観視は出来ない。侵入者の目的が分からないから猶更だ。
クレアの安全のため一度母国に戻す。
仮に侵入者の悪意がフォーレスタ国に向けられていたのならクレアを逃がせるし、クレア自身を狙ったものだとしてもリズベール国の方が安全だ。リズベール国では国民と王族が家族同然に暮らしており、それゆえ常にクレアの側には人がいた。有事の際には国民が総出で守ろうとするはずだ。
なにより、深い森が侵入者の足を阻んでくれる。今回忍び込めたからと味を占めてリズベール国でも夜の闇に紛れ込もうものなら、慣れぬ者は歩く事すら出来ない。逆に森の中を彷徨う羽目になるだろう。
ユーリが一通り説明し「だから」と話を締めた。
彼の言う事はクレアとて理解出来る。仮にフォーレスタ国に来たばかりならば納得し、明日にでも母国に戻っただろう。一年延期を申し出た身で信頼を得るためにとこの地に来たのだ。他でもないユーリが提案してきたのだから従う以外にない。
……だけど。
「……私は、ユーリと一緒に居たい」
今は違う。
出来るならば来年の春をユーリと共に迎えたい。
そう願うも彼は小さく溜息を吐き「理解してくれ」と告げてきた。
形の良い眉が下がり、今にも泣きそうな表情に見える。それを見るとクレアの胸が締め付けられるように痛みを覚えた。
「すまないクレア……。俺も君と一緒に過ごして、共に来年の春を迎えたい。だが今は一度引いてくれ」
「ユーリ……」
「クレアが戻って来られるようになったら、また国境まで君を迎えに行く。君が望むなら森を抜けてリズベール国まで迎えに行ってもいい。約束するよ」
そっとユーリがクレアの手を掴む。彼に強く手を握られ、クレアは目を伏せることで了承を示した。




