19:真夜中の物音
夜、カタンと物音を聞いてクレアは目を覚ました。
壁に掛かっている時計を見上げれば深夜二時。今夜は月も星も雲で覆われているのか窓からの光は無く、風も無いため木々の葉擦れの音も聞こえてこない。鳥も鳴いておらず、耳が痛くなりかねないほどの沈黙が真暗な離れの中に広がっている。
「なにかしら……」
先程聞こえてきた物音が妙に気になり、クレアはそっとベッドから降りた。
普段であれば小さな物音一つならば聞き逃していただろう。小動物が近くを通って何かを落としたか、それとも家屋の軋みか、それぐらいだろうと考えて再び眠りに着いていたはずだ。
だが不思議と今夜は物音が耳に纏わりついて離れず、焦燥感すら駆り立てる。こんな気分では寝直すのは無理だ。
近場に掛けていた室内用の上着を羽織り、足元に置いていた灯りを手に取り灯す。自分一人しか居ないと分かっていても無意識に足音を潜ませて寝室を後にした。
(ヴィンスを呼ぼうかしら。でも、寝てるところを起こして何も無かったら申し訳ないわね)
離れと小屋との距離は僅かだ。元々ここは第三王子の別荘であり、小屋は警備の詰め所として建てられている。ゆえに何かあれば直ぐに逃げ込み、かつ駆け付けられる距離である。離れに通じる扉を開ければ小屋の出入り口が目の前にある。
呼びに行くのは手間ではない。外に出なくとも窓から声を掛ければきっとヴィンスならば聞きつけて直ぐに来てくれるだろう。
だけど、先程の物音は彼を呼ぶほどのものだったろうか?
そんな考えが浮かび、まずは物音のした部屋を確認してみようと家屋の中へと足を進めた。
暗い屋内を足音を潜ませて進む。月明かりのない今夜は手元の明かりだけでは心もとなく、妙な緊張感が心臓を締め付け、それでいて鼓動は暴れるくらいに速い。
なぜこれほど緊張をしているのか。
離れの扉には南京錠こそしていないが、一般家屋程度の施錠はしてある。鍵はクレアが一本所持し、そしてもう一本は王宮内で厳重に管理されていると以前にユーリが教えてくれた。
なによりここは王宮の敷地内だ。常に警備が巡回しているのだから侵入者などあるわけがない。
そうクレアは自分に言い聞かせながら屋内を進み、そして一室で足を止めた。
一番広く、そして窓辺の風が心地良い部屋。ユーリ達が来た時もこの部屋でお茶をしている。
テーブルの上には猫の銅像が……と、手元の明かりを滑るように移動させてテーブルの上を見れば、親猫の足元に置かれた子猫の銅像の一つが倒れていた。
「あら、貴方が倒れた音だったのね」
元より不安定に置かれていたものが窓からの隙間風を受けて倒れたか。
そう考え、クレアはほっと安堵しテーブルへと近付き、子猫のオブジェへと手を伸ばし……、
暗がりから伸びた別の手に腕を強く掴まれた。
次の瞬間、離れにクレアの高い悲鳴が響き……、
そして離れの窓を破って人が勢いよく吹っ飛び、地面に転がるとその周りを囲むように火柱が高々とあがった。
◆◆◆
離れの近くで火柱があがった。
報告を受けた瞬間、ユーリは寝起きであってもすぐさま飛び起き、上着を羽織って離れへと向かった。
「恐れていたことがついに!!」
そんなユーリの悲鳴じみた声が響く。
並走するのは同じく報告を受けたフリーデル。彼もまた寝起きであってもこの事態に寝ぼけている余裕も無いようで、青ざめながら「いったい何がどうして!」と声をあげている。
そうして主従二人が離れへと辿り着けば、そこには十人程度の人だかりが出来ていた。
集まっているのは殆どが夜警を務めていた騎士達だ。それと、騒ぎを聞いて駆け付けたのかメイドが二人。後から人は増えるだろうが、それでも夜だけあり日中に騒動が起こるより人数は少ない。
不幸中の幸い、この時間帯で良かったか……。
そうユーリが心の中で呟いた瞬間、人だかりの合間から地面に座り込むクレアの姿が見えた。
その姿のなんと弱々しい事か。
目にした瞬間にユーリの頭の中に浮かんでいた物事が全て消え去り、焦燥感が一気に湧き上がる。
「クレア……!」
堪らず彼女に駆け寄った。




