隠れ里2
背中のウンブラティグリスを担ぎ直し、二人に声を掛けると彼女達も同意するように頷き、里へと向かう僅かに踏み均された道を下り始める。
やがて里の入り口近くまでやってくると、両脇に建てられた櫓の上で見張りをしている人物が此方に気付き、吊るされていた木版を木槌で叩き始めた。
木版を小気味よく打ち鳴らす音が里の中に響き、塀の外からでも中が少しざわつくような雰囲気が伝わってくる。
そうして暫くすると、跳ね上げ式の里の入り口がゆっくりと下り始め、やがて重い地響きをさせて門が下ろされた。
下ろされた跳ね上げ式の扉は丸太が二重に接合された物で、大きさから見てもかなりの重量があるのが見て取れる。
それに目を奪われて眺めていると、チヨメが先頭に立って先を促してきた。
「もう日暮れ間近です、早く里の中に入りましょう。いつまた魔獣が姿を見せるか分かりませんから」
「了解した」「ええ」
それにアリアンと同時に返事をして、開いた入り口に向かって足早に進む。
里の中に入ると同時に門が再び上がり始め、今度はその先の二番目の外壁の扉が先程と同じように下り始めた。
背中に扉が閉まる気配を感じながら、里の中央である一番の高台へと向かうチヨメの後を追い、周囲に建てられた建物に視線をやる。
周囲には此方を少し遠巻きにしながら物珍し気な顔を向けてくる多数の住人達の姿があり、その中には沢山の子供達の姿もあった。
それぞれ種族が違うのか、頭頂部にある色々な形をした耳をピコピコと動かし、背中に背負ったウンブラティグリスの姿を指差すなどして感嘆の声を上げたりしている。
そんな住人達の視線を中をチヨメは構える事無く先へと進み、里の中央近くにある一つの建物の前で足を止めて此方に示した。
「あれが刃心一族を取り纏める二十二代目ハンゾウ様の御在所です」
チヨメがそう言って示した建物は、以前彼女が話していたとおりあの温泉近くに建てられていたお社に似た建物だった。
流石にこちらの方が規模も小さく、こぢんまりとした佇まいだが、二階建てであちこちに建物を飾る細工などが施されている所を見るに、きちんとした大工などが手掛けただろう事が一目で分かった。
周辺の里の建物もそうだが、割としっかりとした木造建築が建っている事から、山野の民達の生活水準自体はそれ程低いものではない事が窺える。
チヨメの案内でその建物の中へと入ると、正面の少し広めにとられた玄関口の中心に一人の猫耳の老人が立っていた。
身長は高く百八十くらい、真っ直ぐに背を伸ばした白髪の男は、長い眉と顎髭のせいでどこか仙人を思わせるような容貌をしている。
後ろに手を回した姿勢で、此方の顔を順に確かめるように視線を動かすと、片眉を僅かに上げて目の前にまで歩み寄っていたチヨメに声を掛けた。
「ご苦労であったな、チヨメ。その後ろにおるのが件の初代様の同郷の者か?」
「はい。こちらの鎧姿の方がアーク殿で、その隣にいるのがエルフ族のアリアン殿です」
「きゅん!」
チヨメの紹介により自分とアリアンがそれぞれ頭を下げると、アリアンに抱かれていたポンタも自己紹介するように一声鳴いて自分の存在を主張する。
その様子に、目の前の老人は破顔するように口角を上げて姿勢を正した。
「お初にお目に掛かる。儂は刃心一族を預かる、二十二代目ハンゾウ。此度はアーク殿、アリアン殿の両名には、我ら山野の民が多大なる世話になったと聞いておる──我ら一同、感謝の意を持ってお二方を歓迎致そう。またこの地で見えたという事は、再び我らにご助成頂けると考えて相違御座いませんかな?」
そのハンゾウの名乗りと此方への問いに、自分も背中に担いだ魔獣を床に置いて姿勢を正すと、ハンゾウに顔を向けて挨拶を返した。
「同じく、お初にお目に掛かる。我が名はアーク、今はしがない流浪の身。チヨメ殿には我らも何かと世話になった。此度は彼女の要請により貴殿らの窮状を知り馳せ参じた迄。出来る事は微力だが、我が力、貴殿らの役に立てられるよう尽力致そう」
ハンゾウの問い掛けが堅苦しかったからだろうか、自分も少し堅めに返そうとして、何やら時代劇風になってしまったのは致し方なかったのかもしれない。
「あたしはアリアン・グレニス・メープル。カナダ大森林、メープルの戦士。チヨメちゃんの友達として、あとはアークの付き添いでお邪魔させて貰っています」
アリアンも名乗りを上げると、軽く頭を下げて目の前のハンゾウと横に控えて少し頬を赤くしたチヨメに笑い掛けた。
一瞬、“付き添い”の所で若干半眼で此方を見たのは見間違いだろうか。
そんな彼女の視線の意味を思案していると、ハンゾウが傍らに置いた魔獣のウンブラティグリスを示して声を掛けてきた。
「ところでアーク殿、その傍らに置かれた魔獣ですが……」
その彼の言葉に我に返り、傍らの魔獣に視線を移す。
「道中襲って来たのでな、チヨメ殿の話では里では色々と重宝するモノが取れるとの事。であればと思い、これは里への手土産として納めて頂ければと」
その自分の答えにハンゾウは顔の皺を深くして破顔した。
「おお、それはありがたい。ではご厚意に甘えて」
そう言ってハンゾウが右手をそっと挙げると、両脇からチヨメと同じような忍者装束に身を包んだ幾人もの忍者達が音も無く姿を現して、巨体を持つウンブラティグリスを取り囲んで静かに外へと運び出して行った。
ほぼ気配無く姿を現す様は流石は忍者といったところか。
いきなり現れた時、あのアリアンでさえ一瞬身構えるようにして身体が動いたのを目の端に捉えていた。
その此方の反応に満足そうな顔をしたハンゾウは、此方を建物の奥へと促してきた。
「今日はさぞお疲れだろう。今宵はここにお二方の部屋を用意させる故、ゆるりと寛がれると良い。此度のご助成に関しては、後ほど夕餉の際にお話させて頂きたく」
ハンゾウの申し出に頷きで応えると、奥から猫耳の二人の女性が音も無く姿を現す。
「この二人が部屋まで案内致します、夕餉の支度が整えばお呼びさせて頂きましょう」
それだけ言ってハンゾウが奥へと消えようと背を向けると、そこにチヨメが小走りになってその背を追い掛けた。
「ハンゾウ様、サスケの行方は分かりましたか?」
やや小声で尋ねるチヨメのその言葉が、聞くでもなしに耳に入ってきた。
初めて聞く名前だが、その名前からしてチヨメと同じ六忍の一人なのだろう。
真剣な表情で尋ねるチヨメにハンゾウは静かに首を振って応えていた。
そんな二人のやりとりを眺めていると、不意に先程現れた女性の一人が横から声を掛けてきて、視線をそちらへと戻した。
「アーク様、お部屋に案内致します」
「うむ、世話になる」
女性の案内で二階へと上がる階段に通され、その先にある奥の二部屋が自分とアリアンに宛がわれた。
中はいたって簡素な造りで、光りを取り入れる鎧戸が一つに、畳二畳程の大きさの段差の付いた小上がりの上に毛皮で作られた敷物が敷かれていた。
恐らくは寝台なのだろう。
その傍には立派な細工模様がされた木製の文机のような物と、荷物をしまう為らしき蓋つきの横長の箱が置かれている。
そんな部屋の中は、入口の扉近くに吊るされた油ランプに灯る明かりだけで薄暗く、部屋の隅に蟠る影がランプの炎の揺れでまるで蠢いているような錯覚さえ覚える。
「お化けが出そうな部屋だな……」
そんな感想を一人呟いていると、聞き慣れた声がその独り言に返事をしてきた。
「アーク自身がお化けみたいな様なのに、何言ってるのよ……」
「おうっ!?」
不意に声を掛けられたので思わず変な声が口から衝いて出て、慌てて声がした方へと振り返ると、そこへ草色の毛玉が勢いよく顔に貼り付いて目の前を真っ暗闇にした。
「きゅん!」
「ぶっ、前が見えんぞ、ポンタ」
首根っこを掴んで引き剥がすと、ポンタは何やら機嫌良さげに尻尾を振っていた。
夕餉と聞いて、何か美味しい物でも想像しているのかもしれない。
「チヨメちゃんの里、思っていたよりちゃんとした里よね……。あの人達、ここを捨てて移住するって事なのかしらね?」
そんなポンタとのやりとりを眺めながら、アリアンが里を見た感想を話題に上げる。
確かに里の中の建物などはきちんとした家屋が建てられ、この山深い中でありながらも魔獣を避ける為の堅固な防壁も築かれていた。
作物を獲る為の整備された段々畑などは、ここに長年住み続けた証だろう。
「今晩の食事時にそこの辺りの話を聞く事になるだろう。移住に関して我の転移魔法が役立つなら喜んで手を貸すが、里の在り方については我が意見する事でもあるまい」
「そうよね……。そう言えばだけど、アーク、あなた食事の時どうするの?」
自分の返答にアリアンも僅かに肩を竦めて同意すると、思い出したように話題を変えて此方の姿を指差した。
自分の姿はと言えば、里に着いてからハンゾウに挨拶するまでずっと全身鎧のままだ。
以前ララトイアの里でチヨメには骸骨の姿を晒したが、まだ他の者達には中身の姿は晒していない。彼女は食事時の対応をどうするか聞いているのだろう。
しかし今回はその辺りに抜かりはない──。
「大丈夫だ、今回はこれを持って来たのでな」
そう言って背負っていた背嚢の中から革製の水筒を引っ張り出して見せると、彼女は何を言うでもなく察して一人頷いた。
「あぁ、そういう事ね」
そう──この水筒の中にはあの解呪の温泉水を入れてきてあるのだ。これを飲んで食事の席に着けば、不用意に人を驚かせる事もないだろう。
二時間も効果が持続すれば大丈夫の筈だ。
誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。
次話は28日を予定しております。




