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王女の帰還2

 それより二日後。ユリアーナ王女率いる一行は、セクト王子が平定したホーバン領内へと入り、今はかつての領主城の別館にて両者は対面を果たしていた。


 長い黄色味の強い金髪は毛先が緩くうねり、白く整った顔立ちに愛くるしい茶色の瞳は今は澄ました色で目の前にいるセクト王子へと向けられている。

 ドレスの端を少し摘み、丁寧に腰を折って挨拶をするその所作は十六歳の少女というよりも、立派な王侯貴族のそれであった。

 その流麗な所作からは、彼女が襲撃の際に如何程の手傷も負わなかった事を端的に示しており、セクト王子は僅かに眉尻をひくつかせた。


「お久しぶりです、セクトお兄様」


 彼女こそがセクト王子の妹、ユリアーナ・メロル・メリッサ・ローデン・オーラヴ第二王女その人であった。


 そしてその彼女の後ろに控える二人の人物──、一人は茶色い髪を丁寧に()き、少し角ばった顎を持つ若い男で、名はレンドル・ドゥ・フリヴトラン。

 七公爵家の一つ、王軍三軍の一つを率いるカルトン将軍の嫡男で、ユリアーナ王女のリンブルト訪問の際に護衛隊を任された人物でもあった。


 暗殺部隊に襲われて真っ先に負傷する筈であろう彼も、見た目には何処にも怪我を負った様子も無く、むしろ本当に襲撃が行われたのかどうかが怪しく思える程だった。


 その彼の傍らに立つのは、身長二メートル近くもある壮年の巨躯の男。

 薄紫色の肌にやや尖った耳と短く刈り込んだ白い髪、全身は鍛え抜かれた筋肉を独特な衣装で包み、顔には古傷であろう大きな傷跡を残す厳めしい顔つきのその者は、人族の暮らす領域ではもう殆ど見る事が無くなったダークエルフ族の男だ。


 警備の都合上、手には武器の類を一切持ち合わせてはいないが、その男が放つ気配は素手でも充分に周囲の人間を圧倒出来るだけのものを持ち合わせている事が分かる程だ。


 セクト王子は首筋に流れる冷や汗を努めて無視すると、満面の笑みで妹を迎えた。


「やぁ、ユリアーナ。君が生きていると聞いて、とても喜ばしいよ。王都で君の訃報を伝えた時の父といったら……、見ていられなかったからね」


 そのセクト王子の返しに、ユリアーナ王女も微かに笑みを湛える。


「私もリンブルトへの道中で襲われた時は、もう駄目かと思われました。けれども天の神々からの手助けもあって、こうして無事ここに立つ事が出来ています」

 

「まさか弟のダカレスが今回のような凶行を及ぶとは、露程にも思わなかったよ」


 そう言ってセクト王子は眉根を寄せて大きく溜め息を吐いて見せた。


「その際にお兄様も負傷なされたと聞き及んでいますが?」


「腕を少しね……。私の剣の腕ではダカレスに敵うべくもなかったのだけどね。これも天の計らい──、私も神々からの救いがあったという事なのかな?」


 セクト王子は少しばかり冗談めかしてユリアーナ王女の質問に答える。

 その返しに彼女は少し眉の端を上げて反応するも、すぐに笑顔で兄に向き直った。


「王都ではセクトお兄様が一連の凶行はダカレスお兄様に因るものと発表なされた際に、私に関しても死去したとの知らせを発布したとか。何故です?」


 ユリアーナ王女の物言いこそは静かなものだったが、その瞳はセクト王子へと一心に注がれており、相手の表情の機微を捉えようとするのがその瞳から垣間見えた。

 しかし相手もさるもので、小さく鼻を鳴らしただけで眦を下げ、その顔に苦渋の色を滲ませると深い溜め息を吐いて見せた。


「ダカレスが、君がいつも大事に身に着けていた母上殿の形見の首飾りを所持していたからね……。これはもう、そういう事なのだろうと思ってね」


「ですが、私の遺体は見つからなかったのでしょう?」


「確かに。君が襲われたと思わしき場所には少数の護衛兵の者達や、多くの盗賊らしき連中の亡骸だけで君を見つける事は出来なかった。けど、周囲を魔獣が食い荒らした跡があったと聞いてもいたのでね」


「ですが、私の乗った馬車も見つからなかったのでしょう?」


 ユリアーナ王女のその追及に、セクト王子は人差し指を立てて間をとるようにすると、残念そうな表情となって首を振った。


「そうだとも。もしかしたら君は生きているかも知れないとも考えたさ。だけど、実際君は行方が知れず、無事を知らせる報もなかった。加えて王族の恥を晒したままでは貴族達に付け入る隙を与えかねない上に、ここホーバンで民衆による蜂起が起こって領主が討たれてしまった……。王家の威光の回復を見せる為には、これを迅速且つ早急に片付ける必要があり、それにはまず誰かが先頭に立つ必要性があった」


 そこまで一気に話し終えると、王子は僅かに眉を持ち上げて薄く笑みを浮かべた。


「もし君が生きているかもしれないとなれば、君を次期王位に就く事を望む者がホーバン平定の派兵に待ったを掛ける可能性もあった。そうなれば、ホーバンの平定は遅れるだろうし、ここは交易路の重要な中継地だ。空になった領主の座を、周囲の貴族連中がいつまでも黙って見ている訳がない。そうだろ?」


 その問い掛けに、ユリアーナ王女は口を引き結んでややあってから首肯して応えた。


「そう、ですね……。私がお兄様の立場でもそうした、かもしれません……」


 その彼女の答えに、セクト王子は満足そうに頷いて手を打ち合わせた。


「理解してくれて嬉しいよ。次は私から君への質問なのだが、今回の表にいるリンブルト大公国の護衛兵と、そこにいるダークエルフ族の彼はどういった経緯なのかな?」


 そのセクト王子の問いに、ユリアーナ王女は軽く咳払いをして気持ちを切り替える。


「此度のリンブルト大公国軍には、セリアーナ姉様の取り計らいで王都までの護衛を受け持って頂いています。あとこちらのダークエルフ族の殿方は、カナダ大森林で大長老を務めておられる、ファンガス・フラン・メープル様です」


 その答えにセクト王子の目が僅かに見開かれて、太い笑みを浮かべて立つ筋骨隆々の戦士にしか見えないダークエルフ族の男へと注がれた。

 大長老と言えば、あの広大なカナダ大森林を治める族長の元に集う、最高意思決定機関の重要人物の一人だという事だ。

 交易を持つリンブルト大公国ならいざ知らず、このローデン王国でその姿を見るなど今迄に無かった事だった。


 そして同時に、セクト王子は彼が何故ユリアーナに同道して王都まで足を運びにやって来たかを何とはなしに理解した。


「──まさか、交易……か」


 そのセクト王子の呟きに、ユリアーナ王女は首肯して肯定の意を表した。


「はい。此度はカナダ大森林のエルフ族の方々と、我がローデン王国との間で交易を持つというお話を進めさせて頂く運びとなりまして、ここにいる大長老ファンガス様には王国との約定を交わすためにご足労頂いております」


 今迄エルフ族が人族の国と交易を持っていたのは隣国のリンブルト大公国のみ──、彼らの生み出す高品質且つ高性能な魔道具の数々を他の人族国家に対して仲介する形で販売していたリンブルトはこれまでに大きな富を手にしてきた。


 それがローデン王国もこの交易相手国に入る事になれば、今まで独占してきた利益が損なわれるのは自明の理だ。しかし、ユリアーナの護衛としてリンブルト大公国軍がここまで同道してきたという事は、その話は既に通っているという事になる。

 

「交易品の内容は?」


「まずは”豊穣の魔結石”を融通してもらう手筈になっています」


 そのユリアーナの答えにセクト王子は唾を飲みこみ、自身の首筋に掻いた汗を相手に悟らせないよう明るい声を上げた。


「それは素晴らしい! あれがあれば我が国は今よりますます発展する事が出来る」


 ”豊穣の魔結石”は砕いて粉状にした物を大地に振り撒く事によって、その土地の作物の実りをより豊かにする力を持っている。

 魔獣が跋扈するこの世で、何とか人の領域として切り取った狭い土地の中の実りが増える──それは直接的にその土地の繁栄を左右する程のものだった。

 それが今後リンブルト大公国を通さず直接交易で手に入れる事が出来る、となれば王国の貴族連中達は手の平を返したようにこの話を持って来たユリアーナに近付く筈だ。

 そうなれば今代の王位は彼女のものとなる可能性が非常に高くなる。


 セクト王子はその事に思いを巡らせると、大きく肩を竦ませて天井を仰ぎ見た。

 その様子をユリアーナはやや訝しむような表情で覗き込む。


「それで? ここには長く居るつもりはないのだろう? 早々に王都へと発つのかな?」


 再びユリアーナに向き直ったセクト王子は朗らかに笑って妹を見やる。


「今日はここで休息し、明日早くには王都へと向けて出発するつもりです」


「そうか、ならば空いてる他の別館をすぐに手配させるよ。今日はゆっくり休むといい」


 そのセクト王子の労いの言葉にユリアーナは若干の戸惑いの色を浮かべたが、すぐにその表情を戻して礼を述べると、別れの挨拶をして部屋を後にした。

 ユリアーナが部屋を退出するその後ろ姿が見えなくなると、セクト王子の後ろに控えていたセトリオン将軍が明かりの元へと一歩踏み出して王子に小さく声を掛けた。


「宜しいのですか?」


 その彼の端的な質問には、言外に彼女をこのままにしておけば確実に次期王位が彼女へと移るのではという懸念が含まれていた。

 それにセクト王子は椅子に深く腰掛けて、両の(てのひら)を天に向けて肩を竦めて見せて笑いを溢した。


「交易の話がこのまま纏まれば、彼女に王位が傾くのは八割といった所かな」


「では?」


 セトリオン将軍のその短い尋ねに、セクト王子は首を横に振る。


「今回は流石にお手上げだよ。ユリアーナに手を出せばこの交易の話も流れてしまうだろうしね。王国の、王家の基盤を盤石にする為には、この交易は是非とも成功して貰わないといけない──数の増えやすい人族が安定的に食料を確保する技術を数の増え難いエルフ族に頼るとは、何とも皮肉な話だが」


 そう言って如何にも愉快そうな顔で笑うと、セクト王子はさらに言葉を続けた。


「あとはリンブルトとの交易の中継地であるティオセラとホーバンは私が押さえている、妹ばかりに美味しい所を持っていかれる事もないさ。一応、ティオセラの領主にはこれを機に改めてこちらに付くように釘を刺しておかないとならないかな」


 その答えにセトリオン将軍は無言で頷いて了承の意を示した。


「ユリアーナの性格を考えれば、豊穣の魔結石も土地の痩せた領地を優先させる筈だ。そうなれば他の豊かな土地を持つ領主が不満を募らせる。その辺は彼女も弁えてはいるだろうが、取引できる豊穣の魔結石にも限りがある。そうなればそれら不満を抱えた領主を引き込むのもそう難しいものでもない。一時は勢力が彼女に傾くが、その針はまた反対へと確実に振れて均衡を保つ──ユリアーナの独壇場にはならないよ」


 王子からは不敵な笑みが零れる。


「なにより王位を狙うのに別に今に拘る必要もないさ……、焦りで事を構えればダカレスのような馬鹿をやらかす。王位の座は我が息子にでも託す事にするよ、その為にはまずは伴侶を選ぶ事から始めないとね」


 そう言ってセクト王子は口の端に薄く笑みを浮かべて瞼を閉じた。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

次話は7日を予定しております。

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