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龍王(笑)

《成程……、では其処な鎧の男がここに湧く泉の力を求めて、汝が案内役として同行していたというわけか》


「はい」


 その尋ねにアリアンは首肯して答えると、龍王(ドラゴンロード)はその爬虫類のような長い瞳孔をさらに細めて此方を見やる。

 ポンタはと言えば今はいつも通りに自分の鎧兜の上に乗って、何故かクルクルと回りながら機嫌良く尻尾を振っていた。

 変な所で肝が据わっているなと思いつつ、その首筋を撫でてやると気持ちよさげに喉を鳴らして鼻面を擦り付けてくる。

 その様子を目の前の巨体を持つ龍王(ドラゴンロード)のウィリアースフィムが目を細めるようにして見つめていた。


《ふむ。儂もいつもの樹の上ではなく、草叢で寝転がっていた落ち度もあり、少し早合点した事もあって申し訳ない事をしたと謝っておこう》


 ウィリアースフィムは喉を鳴らしながら、静かに瞳を閉じて謝意を示す。

 どうやらこの龍王(ドラゴンロード)様は草原でお昼寝の真っ最中だったようだ。そこを足蹴にされれば誰でも怒るのは必定──ここは素直に頭を下げるのが人としての道理だろう。


「我も建物に気を取られ、周りをよく見ずに転移した事を謝ろう。申し訳ない」


 今回の騒動の原因となった自分の軽率な行動を反省して、素直に頭を下げる。


「それで、ウィリアースフィム様。ここにあるという龍冠樹(ロードクラウン)の傍の泉の力をお借りしたいのですが、御許可頂けるでしょうか?」


 アリアンはウィリアースフィムを見上げるようにして、今回の目的である泉に関する許可を龍王(ドラゴンロード)自身に尋ねる。


《儂の(ねぐら)である樹に余計な手出しをする気でないのなら、わざわざ儂に許可を求める必要もないがな》


 そのウィリアースフィムの返事に、アリアンは喜色を浮かべて顔を上げる。


「ありがとうございます、それでは──」


《い、いや、暫し待て!》


 アリアンが礼を言って立ち上がろうとすると、ウィリアースフィムは何を思ったのか彼女を引き留めるように声を上げた。


《いや、その……儂も少し迂闊だったとはいえ、其方にも非があったのなら、少しぐらいは、その……謝意があってもだな──》


 先程までは威厳たっぷりの龍王(ドラゴンロード)だったが、急に前言を翻すようにして何やら口ごもりながらチラチラとアリアンの方へと視線を投げ掛ける。

 龍王(ドラゴンロード)の後ろで長く垂れた尻尾が、何やら落ち着きを無くしたように忙しなく左右に振られている姿は何処か小動物のようにも見える。


 そんな龍王(ドラゴンロード)のウィリアースフィムの態度に、アリアンも何やら戸惑ったような顔を浮かべたが、再び膝を突いて相手の意向を確かめるべく声を掛けた。


「ウィリアースフィム様、では私達は何を以て謝意を示せば宜しいのでしょうか?」


《う、うむ。その──なんだ、あれだ。汝の暮らす森を塒にしているフェルフィヴィスロッテという者がいる──いや、いらっしゃると思うが、その方との目通りをお願いしたいのだが、それは……可能だろうか?》


 大きな両の前脚に生えた黒光りする爪を、器用に合わせるような仕草で何やらモジモジとしだす龍王(ドラゴンロード)を前に、アリアンに疑問に感じた事をそっと耳打ちした。


「アリアン殿、その”フェルフィヴィスロッテ”というのは何処の御仁なのだ?」


 彼女は此方の質問に一瞬戸惑うような視線をウィリアースフィムに向けたが、大人しくしている彼を横目に相手の素性を小声で明かしてくれた。


「フェルフィヴィスロッテ様はカナダ大森林の中央部に聳えるコロンビア山脈に住まわれている、あたし達の守護龍の御一人よ。初代族長のエヴァンジェリン様と友誼を結んで、一番最初に守護龍として大森林に住まわれた龍王(ドラゴンロード)なの」


 その彼女に説明に相槌を打ちながら目の前で緊張した様子を見せる龍王(ドラゴンロード)を見やる。

 これ程の龍王(ドラゴンロード)が何とかして目通りを願い出る相手というのだから、龍王(ドラゴンロード)の中でもかなり力のある者なのだろう。

 コロンビア山脈とはコーヒー豆が美味しそうなイメージだが、”カナダ”、”メープル”ときてその筋で考えれば、名前の出所はカナダにあるコロンビア山が由来か。

 この分だとロッキー山脈も何処かにありそうだなと、益体もない考えが頭を過る。


 それと守護龍という存在は、以前にもアリアンから話を聞いた事があった。

 目の前に居るウィリアースフィムのような存在が複数守護に当たっているとなれば、人族もそうそうあの大森林に手出し出来る筈もない。

 少数民族であるエルフ族達が森に隠れ住んでいるといっても、数の多い人族に対抗して今迄その命脈を保っているにはそういった事情もあったのかと納得して頷いた。


 周囲の様子に目を向ければ、先程の戦闘で周囲一帯の木々が薙ぎ払われて、まるで災害のような様相を呈してる。

 多少魔法の力が使えたからと言って、このような力を持つ存在に挑むのは自殺行為に等しい。現代の感覚で言うならば、拳銃で爆撃機を撃ち落とすに等しい行為だ。

 勝てる道理など何処にもない。


「で、ウィリアースフィム殿の願いは聞き届けられそうなのか?」


「きゅん?」


 カナダ大森林の中でそれ程の重要な地位にいる者に、いくら里の長老の娘であると言っても、一介の戦士の一人であるアリアンに約束できるような事ではないように思えてその事を彼女に尋ねた。

 何故か同じようにポンタも首を傾げてアリアンの方へと視線を向ける。


 アリアンは暫く顎に手を当てて思案していたが、やがて一つ頷くと今か今かと返事を待って落ち着きなく待機していたウィリアースフィムに向き直った。


「私がここで目通りの確約は出来かねますが、姉のイビンが個人的な知り合いでもあると聞き及んでいますので、其方に話を通す事ぐらいは出来ます。それで如何でしょうか?」


 その彼女の答えにウィリアースフィムは巨大な爬虫類のような顔ながら、しっかりと分かる程の喜色を浮かべると大きく尻尾と長い首を振って頷いた。


《おおぉ、そうか! それはありがたい!! ここで彼の森との伝手が出来たと思えば儂にとっては僥倖、相手方のフェルフィヴィスロッテ殿には会いたい旨をそれとなく伝えてくれればそれで良い。あまりしつこくしては心象が良くないからな! うむ!》


 大きな巨体でありながら、まるで子犬のように喜び浮かれる様は、もはや先程までここら周囲一帯を灰塵と化す程の力を示した龍王(ドラゴンロード)の面影はそこには無かった。


「それでは私達はこれより龍冠樹(ロードクラウン)の傍の泉へとお邪魔させて頂きます」


 龍王(ドラゴンロード)ウィリアースフィムと約束事を交わしたアリアンは、その場に立って礼をすると、奥に見える山の頂の方へと視線をやった。


《うむ、儂は大抵この周囲にいつもおるので、返事はいつでも構わぬぞ》


 そう言って折り畳んだ四枚の大きな翼を広げて飛び上がろうとすると、それを今迄事の成り行きを静かに見守っていたチヨメが前に出るようにして引き留めた。


「お待ちください、龍王(ドラゴンロード)様! ボクも一つお聞きしたい事が!」


 その呼び掛けに、ウィリアースフィムは広げかけた翼を再び閉じて長い首をチヨメの方へと巡らせた。


《ハンゾウの一族の者か。何だ? 儂に答えられる事なら構わんぞ》


龍王(ドラゴンロード)様は初代ハンゾウ様と面識があったとの事、彼がこの地で過ごした隠れ家が何処かご存知ありませんか?」


《あぁ、あれか。それならば汝らが探しに来た山頂にある泉のすぐ傍にあるぞ。元々儂がこの地を訪れた時には、既に奴はこの地を塒にしておったのだ》


 ウィリアースフィムの答えにチヨメは鳥居の先の聳える山の山頂を振り仰ぐ。

 どうやら彼女の目的も同じ場所にあるようだ。探す手間が省けたと言っていいだろう。


「ありがとうございます」


 チヨメが礼を言って頭を下げるのをウィリアースフィムが鷹揚に頷くと、翼を広げてその場から一気に飛び立つと、上空を旋回した後に山頂付近に見えている巨大な龍冠樹(ロードクラウン)に向かって飛び去っていった。


「どうやら我とチヨメ殿の目的地は同じのようだな」


「そのようですね。まさかここまで順調に事が進むとは思いませんでしたが」


 ウィリアースフィムの飛び去った方角を仰ぎ見ていたチヨメが、そう言って此方に向き直ったその顔には笑みが浮かんでいた。


「では龍王(ドラゴンロード)の承諾も得た事でもあるし、早速山頂へ赴くとするか」


「きゅん!」


 少し離れた場所に見える山の麓に佇む灰色の鳥居を見やりながらそう言うと、ポンタも気合いを入れるように一声鳴いて尻尾を振る。

 そこへアリアンが無言の笑顔で此方へ歩み寄って来たが、その笑顔とは裏腹に彼女からは朗らかな雰囲気が一切感じられなかった。


「アーク……、今度からあたし達を置いて勝手に単独行動したら、酷いわよ?」


 額の隅に青筋が浮かぶアリアンの笑顔に気圧されて、その場で一も二も無く頷いて二歩、三歩と後ろに下がった。

 彼女の背後からはまるでオーラが立ち昇る様が幻視出来る程、濃密なそれは此方を圧迫するかのように迫ってくる。


「す、すまぬ、アリアン殿。我も人工物を見て少し気分が逸ったのだ」


 今回の事に関しては弁解の余地はない。

 鳥居に気を取られて思わずとった行動だったが、見知らぬ土地で先走って行動する事は周囲に迷惑を掛けるのは言わずもがな──それにそういった行動をとる者は、得てして先に死ぬのが映画でもお約束なのだ。

 一応の自己反省をする此方を、アリアンはやや呆れたような視線を向けて肩を竦める。


「アークって普段は落ち着いているように見えて、偶に子供っぽいわよね……」


 そう言って彼女は軽い溜め息を吐いた。

 どうやら今回は見逃して貰えたようだ。やはり彼女もあのグレニスの娘という事だろう──本気になった時の目が怖い……。


「それにしてもアーク殿はすごいですね。あの龍王(ドラゴンロード)様を相手に互角で渡り合っていたのには驚きでした」


 そんなアリアンの感想の横から声を挟んだのは、いつもと違って少し興奮したように頬を紅潮させたチヨメだった。

 此方を見上げる彼女の瞳には、純粋に感心したような色が見て取れる。


「う、うむ。まぁ我も結構余裕は無かったのだがな……」


 チヨメのそんな視線にやや面映ゆい感情を抱きながら言葉を濁した。

 実際、龍王(ドラゴンロード)との戦闘には余裕は無かった。

 自分で言うのも何だが、この身体で操る事の出来るスキルの類などは殆ど戦略兵器並の潜在能力を秘めていると言ってもいいだろう。

 しかしそれらを持っている自分と互角以上に相対出来る存在がいるというのは、改めてこの地に住む者の非常識さを思い知った格好だ。

 あまり力に溺れて調子に乗るような事があれば、一気に足元を掬われる可能性がある。

 それに──、


「あの龍王(ドラゴンロード)であるウィリアースフィム殿が、アリアン殿に頭を下げてまで目通りを願い出る龍王(ドラゴンロード)とは相当な力の持ち主なのだろうな」


 そう、あのウィリアースフィムですら畏まる程の者の存在があるという純然たる事実は、その思いをより一層高める結果となっていた。

 しかしアリアンは、自分の言葉にやや難しい表情を作って眉根を寄せて唸った.


「確かにコロンビア山脈に住んでいるフェルフィヴィスロッテ様は龍王(ドラゴンロード)の中でもかなり実力者だとは聞いた事があるけど、あのウィリアースフィム様の目的は別の所にある気がするのよね……」


「別のところ? 何か策謀を巡らせているとかなのか?」


 そのアリアンの言葉にその場で適当な推測を口にするが、先程のウィリアースフィムの嬉しそうな態度からして、こちらに害を為すような事を考えているとは思えない。

 アリアンもその辺りは承知しているのか、首を横に振ってその考えを否定した。

 そして彼女の次の一言で、先程までのウィリアースフィムの態度の理由を推し量る事に充分な発言が為された。


「フェルフィヴィスロッテ様は、その……女性なのよね……」


 その言葉に自分とアリアンの視線が絡み合う。

 力ある者がより力ある者を敬重し憧憬の念を抱くのは分かり易く、またその者に相見(あいまみ)えたいと思うのは道理だろう。

 だが、これが男女となると事情が少し変わってくる。


「アリアン殿、そのフェルフィヴィスロッテ殿との目通りを姉上殿に願い出ると言っていたが、大丈夫なのか?」


 男性が好意を寄せる女性に会うために第三者の仲立ちを介するのはよくある話だが、女性にとっては興味の無い男性との会合など迷惑でしかない事が多々ある。


 アリアンは一瞬難しい顔をしたものの、頭を振って口を開いた。


「一応確約はしていないから大丈夫でしょ。フェルフィヴィスロッテ様には姉さんから何とか良いように口を利いて貰うようにするわ」


 そう言って大きく肩を竦めて溜め息を吐く。

 見た目は威厳たっぷりといった感じの龍王(ドラゴンロード)だったが、先程の嬉々とした感情の発露を思い返せば、ただの片思いの男性にしか見えなくなってしまった。


「それじゃ早速、山頂にある泉に向かうとしましょうか」


 アリアンの仕切り直しの声に自分とチヨメが同意するように頷き、目の前に聳える山に視線を移して空を仰ぐ。


 ──目的地ももうすぐ其処だ。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

次話は26日を予定しております。

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