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龍王1

 翌日、中天を少し過ぎた太陽が眼下の森を明るく照らし出していた。

 背後には東西に長く延びる風龍山脈が壁のように聳え、そこから足元にはずっと森の緑の絨毯が一面に広がっており、そのさらに先の北西には火龍山脈、北東には氷龍山脈が隙間無く連なっている。

 どうやらここは全方位を山に囲まれた盆地のような地形になっているようだ。


 昨日はあれから首尾良く地底湖の場所から洞窟内の上部へと至る道を見つけることが出来、地底湖の畔で野営後の翌朝早くに残りの行程を踏破したのだ。


 地底湖の奥に見えていた、かなり高さのある滝の上部から奥へと続く道を見つけ、そこから深部に入って狭い道を進んだ先に元の道程へと繋がる枝道へと出れたのだが、あの断崖のような滝を登るにはエルフ族の土の精霊魔法か、自分のように転移魔法が使えないと元の道に戻るのはかなり厳しかっただろう。

 地底湖のある場所に多く在った、発光水晶(ライトクリスタル)の光があって転移魔法の要である目視が通ったのも大きかった。


 今はその長く暗い洞窟を抜け、風龍山脈の中腹よりやや下部の山肌に開いた洞窟の前で、アリアンやチヨメ達と肩を並べて周囲の風景に目をやっていた。


「暗くなる前に洞窟を抜ける事が出来たわね」


 アリアンはそう言って、里で渡された地図を広げながら安堵の息を吐く。


「ついに風龍山脈を抜けたのですね。これで里にも良い知らせができます……」


「きゅ~ん」


 チヨメが目の前の風景に何やら感慨深げな声を上げているその上で、彼女の猫耳にじゃれてつくようにして戯れているポンタが鳴き声を上げる。

 いつも澄ましたようなその表情を僅かに紅潮させているのは、ポンタのじゃれつきがくすぐったいという理由などではないのだろう。


「アリアン殿、目的地の泉はどの辺りなのだ?」


 地図に目を落としていたアリアンに声を掛けると、彼女は徐に顔を上げて周囲の景色と地図とを両方に視線を交互に動かして、目の前の風景の一点を指し示した。


「あの山の頂上付近のようね」


 そう言って彼女の示した先は、眼下に広がる森の中から飛び出すようにしてあった、山頂付近が岩で構成されたような山だった。

 今いる風龍山脈から然程距離の離れていない位置にあり、ここから見ても標高はそれ程高くはないようだ。しかしその山頂付近で一本の巨大な木が岩山に根を張り、傘を広げるように枝葉を茂らせる(さま)に、そこだけ妙な存在感を放っているのが窺える。


「あの山頂に見える巨大な樹木が、例の龍冠樹(ロードクラウン)というやつか。ここから見る限りでは、近くに巨大な(ドラゴン)の姿は見えぬな」


 目を凝らすようにしながら、その山頂付近の大樹を眺める。


「まだここからじゃ分からないわよ。もし龍王(ドラゴンロード)と遭遇する事があっても迂闊な事はせずに、あたしの方に任せてよ?」


 アリアンは人差し指を此方に突き付けて胸甲を軽く突く。

 自分も迂闊に生物最強種であるドラゴンのその最上位種と敵対したくはないので、黙って頷いて返した。


 風龍山脈の山肌には整備された山道などは無く、比較的緩やかな傾斜地を探しながら木々の生い茂った中を麓へと降りて行く。

 ちょうど山脈に沿って東へと進みながら下って行くと、やがて少し高台に張り出した場所へと抜けて、巨樹の山頂を持つ山が目の前に見えた。

 洞窟前で見た時よりもかなり近づいていたらしく、先程までと違って見下ろしていた姿がやや見上げる形となり、それがより山頂の巨樹の姿を大きく見せていた。

 木々の生い茂る麓の森は、その山の裾野周辺で少し疎らとなって緑の草原が広がっており、そこに手前の木々の影に青みがかった大きな岩が横たわっている。


 そしてその草原と山の境目辺りに我が目を疑うような物が建っているのが見えた。


 ここからの距離では正確な大きさは判らないが、周辺の木々の高さを考慮するとそれはおよそ十メートル程の高さだろうか?

 二本の支柱が立ち、その支柱の上部の間に水平に渡されるように上下に置かれた棒状の構造体が二本──その独特の門構えのような構造物が何もない平原の中に忽然と建っている姿を見て思わず息を呑む。


「あれは、まさか──!?」


「どうしたの、アーク──!?」


 自分の口から僅かに擦れた声が上がり、無意識の間に転移魔法の【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させて、その灰色の石で出来た構造体の前に立っていた。

 転移する間際にアリアンから掛けられた声も、転移魔法の発動によって途中で遮られてしまい最後まで聞く事は出来なかったが、それも今は些細な事だ。


 自分の目の前に建っていたのは”鳥居”だった。


 二本の支柱の足元は緑の苔に覆われ、特に目立った装飾も無く、石柱を組み合わせただけの簡素な形ではあったが、それは紛れもなく鳥居だ。

 こちらの世界へ来てから、こういった形の物を街で見掛けた事は無かった。

 そう言えば今回同道する事を望んだチヨメは、彼女達刃心(ジンシン)の一族を興した初代半蔵の隠れ家が風龍山脈を越えたこの地にあると言っていた。


 初代半蔵が日本人や、日本に関する知識を持っている者だとすれば、この鳥居は恐らく彼の隠れ家を示す物で間違いない。

 その証拠に鳥居の奥に見えるそこには、人の手によって造られたと思われる石階段が山肌を登るように築かれているのが見える。

 この森の中に一つだけ突き出るようにして立つ山こそがチヨメの探していた隠れ家の場所だろうと思い、この事を早速戻って彼女に知らせてやろうとしたその時──、急に足元の岩が揺れて思わず膝を突いてしまった。


「!?」


《この儂の背中を足蹴にするとは、いい度胸だな小僧!!》


 頭の中に直接響くような声が流れ込んできて、思わず周囲に視線を巡らそうとしたその刹那、足元の岩が跳ねるように持ち上がり自分の身体が空中に放り出された。

 かなりの高さに跳ね上げられた身体は、身に纏った全身鎧の重さもあってすぐに重力に引かれるようにして落下を始める。

 しかしその落下する中で自分の目が捉えたのは、足元にあった青みがかった岩と思っていた物体から四枚の翼が生えた姿だった。

 そしてその物体から長い首が持ち上がり、首の先にあった巨大な角を有する頭部が大きく口を開き、ゾロリ並ぶ牙を見せたかと思うと、周囲一帯に轟くような咆哮を上げた。


 まるで音の壁が迫って来るような空気の震撼が周囲に走り、周辺の森の木々から一斉に鳥達が空に舞い上がる。

 なんとか空中に放り出された身体を捻り、受け身を取って地面に転がって衝撃を逃す。


 目の前にいたのは巨大なドラゴンだった。


 全体的に青みがかった鱗に覆われ、背中から大きな四枚の翼が広がっている。頭部には黒く長い角が左右に二本ずつ、首筋には縞のような文様があり、強靭な四肢と長い尻尾を持つその巨大ドラゴンの全長は頭から尻尾まで二十~三十メートル程。

 しかしそんな巨体にも拘わらず動きは驚くほど俊敏で、身軽そうに捻った身体が周囲の木々を薙ぎ払って草原を拡張させてしまう威力はかなりの脅威だ。

 ──これがアリアンの言っていた龍王(ドラゴンロード)という奴か!?


 その巨大ドラゴンの瞳が縦に割れた瞳孔を細くして此方を睨むと、再び大きな口を開けて咆哮を放った。

 物理的な衝撃波を伴うような咆哮に僅かに身体が後ろに下がるが、それに耐えて頭を軽く振って耳に残響する咆哮を振り払う。


《ほぉ!? 儂の威圧を喰らってその程度で済むとは──、まがりなりにもこの儂に挑みに来ただけの事はあるようだな、小僧!!!》


 再びあの脳内に直接響く男のような声が届き、目の前の青いドラゴンが口元を歪めるようにして口内の牙を剥きだしにする。

 笑っているようだ。

 どうやらこの声は目の前の龍王(ドラゴンロード)から発せられているらしい。直接頭に響くようなこれは、所謂精神感応(テレパシー)のようなものだろう。


 相手が知的生命体であるならば、普通は挨拶から交流(コミュニケーション)を始めるものだが、自分はいつの間にか龍王(ドラゴンロード)に挑む勇者のような立場に立たされていた。


 鳥居に気を取られてよく確認もせずに転移した先の岩だと思っていた物が、まさか龍王(ドラゴンロード)だとは思いもよらなかったのだ。

 目の前の龍王(ドラゴンロード)にして見れば、自分を踏みつけて挑発したようにも取れるのだろうが、自分としては竜種の最上位種と正面切って戦いたいとは思わない。


「待ってくれ! 我には戦う意思など──!!?」


 慌てて目の前の龍王(ドラゴンロード)に釈明をしようと声を上げたが、それは相手の強烈な返礼でもって叩き返された。


《問答無用!! 己の浅はかさを知るがいい!!》


 龍王(ドラゴンロード)の思念が脳内に響き、目の前のドラゴンの巨体が躍動する。その身を捩るようにして繰り出されたのは長い尻尾による薙ぎ払いだった。

 ──本当に問答無用と言って襲い掛かって来る相手に初めて会ったと、呑気な事を考えながらも自身に襲い掛かってきた脅威を見据える。

 迫りくるドラゴンの尻尾の薙ぎ払いは、周辺の地形を平らに変えながら此方へと正確に狙い澄ましてきていた。

 一呼吸の半分にも満たない中で、背中に担いでいた『テウタテスの天盾』を左手に持って構えを取った瞬間、ドラゴンの尻尾の一撃が盾に衝突して激しい衝撃が襲う。

 衝撃で左手が痺れて腕にかなりダメージを負った感触があったが、今はそんな些事に構っている余裕は無かった。


 尻尾の薙ぎ払いが弾かれた態勢を翻し、龍王(ドラゴンロード)が今度は後ろに首を反るような態勢をとる。下から見上げている位置からは正確な把握は出来なかったが、口元に薄緑色の光が収束していくのが見え、背筋に嫌な悪寒が走った。

 この予備動作を見ればゲームでドラゴンと対峙した事のある者なら察しはつく。


 次の瞬間、口元を大きく開けたドラゴンの口が此方に向いて振り下ろされるように向けられると、その口元に形成されていた光の玉が閃き、咆哮と共に光の奔流が発射された。


「ぬぅおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!?」


 周囲の空気を震撼させながら龍王(ドラゴンロード)から発された光線は、その直線上にあった森を一瞬にして消し飛ばし、地形を大きく抉り取った。

 寸での所で光線の射程範囲から横跳びに躱しはしたが、その破壊の光線に伴って襲い掛かって来た衝撃波が周囲の大地を吹き飛ばすと同時に、此方もその余波に煽られるようにして捲り上げられて吹き飛ばされる。


 目に映る風景が天地を激しく入れ替えながら、己の身体が大地の上をまるで水切り石のように跳ねるように転がっていく。

 ようやく何処かに打ち付けられるような衝撃と共に身体が止まると、慌ててその場で身を起こして周囲の様子を探ろうとする。

 しかし自身の目の前は真っ暗で、辺りの様子がまるで見えない。


「ぬぅ!? あのドラゴンのブレスには暗闇の状態異常(バッドステータス)付与効果まであるのか!?」


 少し慌てながら自身の状態を確認しようとして、空いている手で自分の顔に触れる。


「おっ、兜が前後逆になっておる……」


 どうやら先程の激しい錐揉み状態の時に兜の前後が動いたようだ。兜を正しい位置に戻して、一度頭を振って具合を確かめる。

 ずれがない事を確かめた後、徐に立ち上がって周囲の景色に目を向けた。


 龍王(ドラゴンロード)の初手からのドラゴンブレスという大技によって、周囲の地形は大きく様変わりをしており、その破壊の名残が土煙となって立ち込めていた。

 どうやら鳥居のあった山の方角から大きく吹き飛ばされたようだ。

 周辺の森の木々は無残に吹き飛び、森の中に直線を引いたように土が剥き出しになった箇所が長く伸びているのが見える。


 あの攻撃をまともに喰らえば、流石に自分のこの身体でもただでは済まないだろう。ブレスの余波だけでもかなりのダメージを負った感じがある。

 さすが龍王(ドラゴンロード)といった所か、その名は伊達ではない。


「これは単身で挑むような相手ではないな……。【大治癒(オーバーヒール)】」


 中身が骨で構成された身体では何処に傷があるかは不明だが、自身の身体に負ったダメージを回復させる為の司教職の回復魔法を掛ける。

 暖かな光が周囲に溢れ、それらの光が煌めきながら自身の身体に吸い込まれるようにして消えると、身体の痛みが引いて動きが軽くなったのが分かった。


《ほぉ、貴様……、最初の一撃を弾いた上に掠っただけとはいえ、あの攻撃を喰らって生きているとは大したものだな。この儂に挑みにかかるだけの事はある》


 土煙が風で流れ、龍王(ドラゴンロード)の巨体が少し小さく見える程度に離れた距離であったにも拘わらず、脳内に木霊する声ははっきりと此方の頭に響いてきた。

 ここからでもよく分かる程に龍王(ドラゴンロード)の闘志が漲り、その大きな四枚の翼を広げて羽ばたかせると、その巨体が宙に浮かび、首を巡らせて再び咆哮を上げる。


 ここから弁明の声を上げても届かないだろうし、相手は既に臨戦態勢となって、どうあっても戦闘を回避する方法はないようだ。

 【転移門(ゲート)】で一気に逃げる事も出来るが、アリアンとチヨメを後ろに残してきたままだ。【次元歩法(ディメンションムーヴ)】では周囲の視界の悪い森では移動できる範囲が限られ、正面の奥の開けた場所には龍王(ドラゴンロード)と逃げる場所があまりない。

 そもそも短距離転移で攻撃を躱す事は出来るだろうが、空を駆ける龍の追跡を振り切るのは難しいと思われる。

 話をするにしても、今のこの状況ではそれも叶うべくも無い。


 ──腹を括るしかない、という事か。


「【聖雷の剣(カラドボルグ)】!!」


 蒼く怜悧な剣身が光りだし紫電が走ると、蒼い(いかずち)を纏うように閃光に輝く剣身が現れて、普段の剣の長さの倍以上に伸びていく。


 出し惜しみは無しだ。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

次話は18日を予定しております。

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