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悪い予感がする

 早朝、まだ日の光が東の風龍山脈の影に隠れて、空が夜と朝の境目の色合いで(せめ)ぎ合っている頃、朝食を早々に済ませて大峡谷の龍の咢までやって来ていた。


 目の前には断崖絶壁にへばりつくように、人一人分程度の幅の道とも呼べない剥き出しの岩場の足掛かりが崖下へと続いている。

 森に掛かる朝霧が、まるで川の水の流れのように崖下へと流れ落ちていく中、昨日見た大峡谷の底に広がっていた森は一面の雲海によって姿を消し去っていた。文字通り雲で出来たその海は、まるで潮流によって脈動するように白い模様を刻々と変化させている。

 時折崖際にまで吹き付ける風の流れが、底から這い上がるようにして雲の飛沫を崖上の森にまで届けて一気に視界を遮る。


 崖下へと続く道は自分の肩幅のある鎧姿では真っ直ぐに歩く事が出来ず、崖にへばりつくようにカニ歩きで進んで行く。ポンタは風で飛ばされるといけないとの理由で、アリアンの胸の谷間に収まっていて、後ろを歩く自分にはその姿を見ることは出来ない。

 靡く『夜天の外套』に身体を持っていかれないようにしながら、慎重に崖下への道を降りて行くと、やがて断崖の途中にある洞窟の入り口前へと到着した。

 崖上からの高低差で言えば五十メートル程下った位置だろうか、まるで大きな口を開けて地底へと誘うかのようにぽっかりと深い暗がりが覗いている。


 足元が広くなった洞窟の手前で一息吐きながら、その洞窟を見上げた。

 洞窟の入り口はかなり大きく、高さは五メートル程、横幅もそれ以上あってかなり大きな入口が開いている。奥には苔生した岩棚が階段状になって洞窟の奥、大地の底へと続いているようだった。


「洞窟内には魔獣の類も住み着いているから、用心して進むわよ」


 アリアンはそう言って、背負っていた背嚢からランタン型の水晶発光灯(クリスタルランプ)を取り出すと、明かりを点けてそれを洞窟内の暗がりを払うように翳した。

 それに倣って自分とチヨメも各自の荷物の中から水晶発光灯(クリスタルランプ)を取り出して点灯させる。明かりが一層強くなり、洞窟内の奥が照らし出された。

 しかしそれでも洞窟内の奥深くは闇に閉ざされたまま、その先を見通す事は出来ない。

 これでは【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って距離を稼ぐ事も無理だ。


 水晶発光灯(クリスタルランプ)を片手に、アリアンが先頭に立って洞窟の奥へとその足を進めていき、その後ろに自分とチヨメが続く。

 地底の底から時折冷気のような風が吹き出し、洞窟内で反響しては不気味な音が響く以外、三人が歩く足音だけの静謐な空間が広がっている。

 洞窟の道は大きな下りの道以外にも、幾つかの脇に逸れる細い枝道などもあったが、アリアンはそちらには進まず、道なりに進んで行く。

 既に後ろを振り返っても洞窟の入口が見えない距離まで来ていた。


「魔獣が住み着いているという話だったが、それらしい姿は見ないな……」


 周囲の暗闇に目を凝らしながら、水晶発光灯(クリスタルランプ)を掲げる。

 すると先頭を行くアリアンの肩に乗っていたポンタが警戒するような声で鳴くと、それに反応するように彼女が腰の剣を抜き放った。


「きゅん!」

 

「ジャイアントバット!」


 アリアンが声を上げて見つめた先、洞窟内の天井に張り付いていたのは体長は一メートル、翼を広げると幅二メートルもある大型のコウモリだ。魚の(えら)に似た耳を持つその大型のコウモリは、長い牙を剥き出しにして奇怪な鳴き声を上げると、数十匹が一気に天井から飛び立ち襲い掛かってきた。

 不規則な軌道で飛び交うコウモリ達が一斉に牙を剥いたのは先頭のアリアンと、殿(しんがり)にいたチヨメの二人だった。

 間にいた此方には一切見向きもせず、数十匹の群体が二人の方へと押し寄せる。


「数ばっかり多くて鬱陶しいわね!」


「きゅきゅん!」


 アリアンは間合いに入ってきたコウモリ達をまさに鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で叩き伏せていく。肩に乗ったポンタは珍しくヤル気を見せており、アリアンの周囲に風を巻き起こして近づくコウモリ達の飛行を邪魔するという援護をしている。

 風に煽られたコウモリ達は動きが一瞬固まった所をアリアンの剣で斬り裂かれていく。ポンタが奮迅しているという事は、コウモリの個体としての脅威はあまり高くないのかも知れない。


『水遁、水手裏剣!!』


 後方のチヨメは見事な体捌きで向かってくるコウモリ達を叩き伏せ、その間合いから逃れたコウモリ達には、水で作り出した手裏剣を投げつけて撃ち落としていく。


 自分はと言えば完全に無視された状態で、二人を襲い掛かる事に必死なコウモリ達を背後から大剣を振り回しながら襲ったりして何匹かを叩き斬っていた。

 こうも不規則な飛び方をされては、自分の魔法では命中させる自信がない。高い動体視力に物を言わせて、力ずくでコウモリ達を屍に変えていく。

 しかしいくら大剣と言えども、空中にいるコウモリ達には剣が届かない。

 周囲を飛び回るコウモリ達を睨みながら、以前盗賊の一人を仕留めた戦技を思い出す。


「【飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)】!」


 空中を飛び交うコウモリ達めがけて、不可視の斬撃を飛ばす戦技スキルを放つと、軌道上にいたコウモリ達が両断されて地に落ちる。

 中距離の攻撃手段としてはかなり優秀な戦技だが、不可視の攻撃というのは味方にも見えないので使い処が難しくもある。間違っても仲間の援護に使う技ではない。

 とりあえずは空中にいるコウモリに向かって【飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)】を連続で放ち数を減らすと、やがてコウモリ達は散り散りになって去っていく。


「ふ~、あれも魔獣の類なのか? 何故か我は眼中に無かったようだが……」


 剣を鞘に仕舞って、放り出してあった荷物を担ぎ直しながら周囲を見渡す。その周囲の地面には十数匹のコウモリの死骸が山となっていた。


「あれは魔獣じゃなくて普通の動物よ。獲物の体液を啜って生きる吸血生物だから、アークはあまり美味しそうには見えなかったんでしょ」


 剣に付いた血を拭いながら、アリアンは先程のジャイアントバットの生態を口にして少し可笑しなものを見る目で此方に視線を向ける。

 確かに外側は金属製の全身鎧、中身は一切水気の無い骸骨、彼らにとっては捕食する対象にはなりえないのは納得のいく話だ。

 超音波で中身が無い事を察知したのだろうか。

 後方にいたチヨメの方へと振り返ると、チヨメは落ちたジャイアントバットを摘み上げてコウモリの翼を伸ばしたりしてためつすがめつしていた。


「チヨメ殿の方も大丈夫そうであるな」


「はい、問題ありません。ところでこれは食べる事が出来るのでしょうか? これより小型のものは食べる事があるのですが……」


 チヨメは頭を斬り落としたジャイアントバットを此方に見せながら、小首を傾げてそんな質問をしてくる。

 たしか地球でもコウモリを食べる地域は意外に多かった気がするが、彼女は小型のコウモリなら食べたりするのか。

 迫害されて一方的に奴隷狩りにあう種族である山野の民なら、大規模な農業、牧畜などは出来ないだろうから、食べられる物は何でも食べる主義なのかも知れない。

 長い牙に豚と鼠の間の様な顔、魚の(えら)に似た耳を持つジャイアントバットは見た目だけで言えばあまり美味しそうには見えないが。

 視線を前にいるアリアンへと向けると、その意図を察してか首を横に振って答えた。


「あたし達も食べた事ないわ。あまり美味しそうじゃないし……」


 アリアンも自分と同意見のようだ。


「それより先を急がないと、今日中に洞窟を抜けれないわよ」


 アリアンはそれよりも先を促すように、手に持った水晶発光灯(クリスタルランプ)を奥へと続く道を差し示す。


「そうですね、すみません」


 それにチヨメも頷いて返し、少し名残惜しそうな顔で手に持っていたジャイアントバットをその場にそっと戻して小走りになってアリアンの後を追う。

 それからも洞窟の壁面をうぞうぞと這う体長一メートルはあるお化けヤスデやら、地面の窪みに溜まって獲物を待ち構えるゲームの雑魚でお馴染みのスライムなど、暗がりで見ると背筋が寒くなるようなモンスター達を退けながら奥へと進んで行った。

 明かりの届かない暗がりから不意に現れるそれらは、普通ならばかなり声を上げてしまうような光景だ。冷静でいられるのは、ひとえにこの骸骨の身体のお蔭かも知れない。


 今も目の前には得体の知れない魔獣が、洞窟内を漂っている。


「あれは魔獣なのか、アリアン殿?」


 まるで風船のように空中を漂い、ぶよぶよとした軟体性の球体をした身体には幾つもの目のような器官が覗き、その身体からは幾本もの触手のような物がぶら下がっている。

 その漂う姿は、空飛ぶクラゲの化物だ。

 それが行く先の洞窟内のいたる所で浮遊しているのが見える。不気味な姿も相俟って剣の柄に手を掛けて斬り払おうとすると、前にいたアリアンがそれを手で制した。


「あれはスポイル、手出ししなければただ浮いてるだけの魔獣よ。むしろ攻撃すると毒を撒き散らすから手を出したりしないでね」


 ただ浮いているだけの魔獣と言うが、時折そのスポイルの周辺を飛んでいる羽虫などを幾本もの触手が絡め捕える場面を見るに、虫が餌なのだろう。

 幾つもある目玉がギョロギョロと周囲を見回し、触手で昆虫を捕食するその姿はファンタジーな光景だが、なかなかに背筋の寒くなる場面だ。

 それら漂うスポイルを避けながら洞窟の奥へと進んで行くと、後方にいたチヨメから警戒するような声が上がった。


「アリアン殿、先から嫌な臭いがします。恐らく不死者(アンデッド)系です」


 その声に、先頭を歩いていたアリアンが足を止め、奥を覗くように手に持った水晶発光灯(クリスタルランプ)を高く掲げた。

 光の届かない洞窟の奥、そこから吹き抜けてくる風の音に混じって、何かを引きずるような音が届く。やがて奥から何体もの人の形をしたモノが闇の中から這い出してきた。


「ゾンビ……か?」


 暗褐色に変色した肌の手足をもぞもぞと動かしながら這い寄って来る人の形をしたそれらの瞳は虚ろで何者も映しておらず、胴体や四肢からは奇妙なミミズのような触手が突き出して不気味に蠢動(しゅんどう)している。

 そして徐にその腐り爛れた身体を起こすと、その中央付近から粘つくように身体が縦に左右に割れ、中から大量の触手が這い出してきた。その様子はまるで捕食対象を見つけたイソギンチャクのような動きだ。


「あれはっ!? ゾンビじゃない、グールワームよ!!」


 アリアンの緊張した声が洞窟内に響くと、それを合図とするかのように他のグールワーム達も一斉に起き上がり、大地を蹴って文字通り飛び掛かって来た。


「跳ぶのかっ!?」


 水晶発光灯(クリスタルランプ)で確保された明かりの外側へと大きく跳躍して姿を闇に晦ませたかと思うと、その勢いのまま此方の間合いにまで一気に飛び降りてくる。

 それを後ろに飛びながら躱し、手に持っていた水晶発光灯(クリスタルランプ)をその場の足元に置いて、剣を引き抜く。

 暗闇での戦闘は、光源のある周囲でしか戦えない自分にとって必然的に動ける範囲が限定されてくる。アリアンやチヨメのように夜目が利くならば多少光源から遠くても大丈夫のようだが、光源の近くで留まっている自分は敵にすれば格好の的に見えるらしい。

 何匹ものグールワームが暗闇から飛び跳ねて襲ってくるのを躱し、剣を振って叩き切ろうとするが、近くにスポイルが漂っていて慌てて剣を引き戻す。

 長大なリーチを有する大剣は複数を相手取って戦うには有利だが、それは狭い空間でない事などが前提条件だ。近くに巻き込んではならない物などがあれば、たちどころに不利な武器となる。

 アリアンのように長剣を振るいながらも、流れるような軌跡でスポイルを避けてグールワームを斬り裂くような芸当は出来ない。


「【審判の剣(ジャッジメント)】!」


 かつてジャイアントバジリスクを一撃で仕留めた聖騎士の戦技スキル、それを着地したグールワームの一匹の足元に叩きこむ。

 剣に光が集まって輝き、それを振り下ろした事を合図に、グールワームの足元に魔法陣が展開されて、そこから光の剣が洞窟の天井に向かって聳立(しょうりつ)する。しかしグールワームはその前に再び飛び上がってしまい、光の剣の刃を掠めただけに終わる。

 人型の大きさでぴょんぴょんと飛び回る様は、まるで大きなバッタかノミのようで、なかなかに的を絞らせない。ジャイアントバジリスクのように的が大きくない上に、動きも素早いとあって【審判の剣(ジャッジメント)】では一瞬の溜めの時点で躱されてしまう。

 剣などでの迎撃を早々に諦め、剣を腰の鞘に戻すと、地面に置きっぱなしだった水晶発光灯(クリスタルランプ)を手に持ってアリアンより前に出る。


「まずは邪魔な連中を固める!【旋風招来(ブリングウォーウィンド)】!! 」


「え、アーク!?」


 一瞬の驚きの声を上げるアリアンを他所に、魔導師職業(ジョブ)の風属性の範囲魔法スキルを前方へと発動させた。

 自分を中心とした地点から旋風が巻き起こり、翳した手の先へと向かって洞窟内に強風が吹きつける。

 空中を漂っていたスポイルは、その強風によって洞窟の奥へと吹き飛んでいく。だが飛び跳ねるグールワームは多少風に煽られてバランスを崩す程度で此方へと向かって来る。

 そこへ今度は間髪入れず別の魔法スキルを発動させる。


「【岩石鋭牙(ロックファング)】!!」


 発動と同時に固い岩盤上の地面を鋭角な牙状の岩が突き破り、それらが幾つも地面を覆うように生え、飛び上がって動き回っていたグールワームを突き刺すように林立する。

 牙状の岩に身体を穿たれたグールワーム達は明らかに動きが鈍くなり、何とかしてその突き刺さった岩から抜け出そうともがき始めた。

 この状態なら止めを刺すのは造作もない、そう思って後ろにいたアリアンやチヨメに声を掛けようとしたが、それより先に声を上げたのはまたしてもアリアンの方だった。


「ちょっと、アーク! こんな洞窟内で地系魔法を発動させたりすると──!!」


 やや焦燥したような声を上げたアリアンだったが、その後半の言葉は突如として起こった地響きによって掻き消された。

 今迄立っていた足元が急に崩れ、大きな穴が形成されると、そこへ飲み込まれるように崩れていく砕けた足場と共に自分の身体が転げ落ちていく。


「ぬうっぉおおぉおぉおおぉ!?」


 視界が激しく回転し、転げ落ちる速度が上がっていく。なんとか転がる身体を落ちつけて態勢を立て直すが、狭い穴の中をまるでジェットコースターに乗ったように洞窟の壁面を滑り落ちていく事は止められそうにない。

 気分は罠に嵌ったインディー・ジョーンズの気分だ。


「地系統の魔法は地盤に影響を与えるから、洞窟や閉所では普通使わないのよ!」


 後ろからのその声に滑り落ちる身体を傾けて振り返ると、そこには自分と同じく壁面を滑り落ちているアリアンとチヨメの姿が目に入った。

 どうやら二人も先程の崩落に一緒に巻き込まれたらしい。ポンタもアリアンの胸元にしがみ付いて無事のようだ。

 まさか地属性の魔法にこのような地形効果があるとは思いもよらなかったと、自分の落ち度を素直に謝罪する。


「すまぬ! とりあえず立てる場所を見つけて、そこから転移魔法で戻ろう!」


 転げ落ちる際にもしっかりと握っていた水晶発光灯(クリスタルランプ)は、先程の衝撃にも負けず明かりを確保出来ており、滑り落ちる先の闇を払いのけている。

 時折頭に出っ張った岩が当たりはするが、岩の方が砕けて止まる事なく奥へ奥へと滑り落ちて行く。

 やがて周囲の闇が急に晴れて、見渡す限りの大空間に飛び出した。

 転がり落ちるようだった急激な坂も、ゆるやかな傾斜に変わって滑り落ちる速度が弱まり、さらに周囲に目を向ける余裕が生まれる。

 地底の底に現れたその大空間は、洞窟内であるにも関わらず、ぼんやりと青みがかった光によってその全域が浮かび上がり、幻想的な風景を瞳に映し出していた。


「見て下さい、地底に湖があります。それにあれは……!?」


 後方にいたチヨメから声が上がり、彼女の示す先に目を向けると、地底の底の大半を透き通るような水が覆っているのが見えた。その巨大な地底湖の底にはまるで照明を入れたかのように、青白い灯りが随所に灯り、摩訶不思議な風景を演出している。

 そして信じられない事に丁度滑り落ちている壁面のすぐ傍の湖岸には、地底の湖だというのに、巨大な船舶が停泊していた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願いします。

次話9日を予定しております。


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